11 求めた理由

 これはどういう事なんだろう。さっきまで、殺されかけてたはずなのに。

 ふと、凛花はセブンとナインからアビリティやスキルの話を聞いた時の事を思い出す。

『凛花は『過去を見据える目』という力を持っています』

『こちらの能力ですが、残念ながら例がなく詳細が私達にも分かりません。ですが、恐らくこの世界の人達の過去……現世で体験した事、前世の記憶に関する事だと思われます』

 過去を見据える目。これが今発動しているのならば、もしかするとこれは空の前世の記憶なのかもしれない。

 凛花が状況整理をしている間にも、目の前で行われている光景は止まってはくれない。転校してきた少年──貴之は、転校生恒例イベントである質問攻めに遭っている。

「どこから来たの?」

「仙台からだ! べごタンが美味しいんだ! ……あ、こっちだど牛タンって言うんだっけ?」

「それって方言ってやつ? ホントに使う人いるんだ〜!」

「何でこっちに来たの?」

「お父さんの仕事の都合で東京さ来る事になったんだ」

 たくさんの質問がされながらも、出だしは順調のようだった。貴之は一時間目が始まるまで色んな事を話していた。少し後ろから、鋭い目つきを向ける人達には気づかぬまま。

 一時間目の始まりと共に、時間が一瞬で進み出す。どうやら、印象的な部分だけを抽出して見せているようだ。

 次に見せられたのは、その日の放課後の様子だった。貴之は三人の人達に囲まれていて、何やら険悪な空気が流れていた。

「ねェ、自分が空気悪くしてンの、分かってる?」

「え?」

「しらばっくれるのもいい加減にしてよね〜。アンタが来るまで、クラスの頂点は大樹だいきサンだったのにさ〜あ」

「ただオラは、皆ど友達になりだがっただげだ」

「へぇ、トモダチか。ならオレがなってやってもいいぞ」

「だっ、大樹サン!? 何言って……」

 大樹の言葉に、取り巻きの女の人達も驚きの表情を見せる。しかし、大樹は取り巻きの二人へちらりと視線を向けると、ニヤリと笑いながら小声で話す。

「オレがなんの考えもなくこんな事を言うと思ったのか?」

「……そ、そうッスよね」

「大樹サンがそう言うなら……」

 取り巻きの二人はそう言うと一歩引き、後ろで大樹の様子を見る。貴之は嬉しそうに笑い、大樹に向けて手を差し伸べた。

「やったー! これからよろすく!」

「ああ、よろしく」

 大樹が何かを企んでいるような笑みを浮かべていた事に、貴之は気づいていない様子だった。

(あの人、一体何を考えて……)

 凛花が考えている間もなく、再び次の場面へ移動する。今度は、次の日の朝だと思われる場面に飛ばされた。何も変わりなさそうにクラスメイトと話す貴之の前に、大樹が割り込むように立ち入る。すると、話していたクラスメイトは怯えるように立ち去って行ってしまった。

「あ、大樹、おはよう! 今日もいい天気だ!」

 貴之は臆する事なく、大樹に話しかけて挨拶をする。相変わらず何を企んでいるのかは定かではないが、「おはよう」と挨拶は返していた。その様子を見るクラスメイト達はひそひそと何かを話していたが、やはり大樹に怯えているようだ。取り巻きの二人も、大樹の後ろで貴之の様子をじっと見ている。

「大樹は昨日の夜、何食ったの? オラはハンバーグだったんだ!」

「え?」

「東京さ来てがら分からない事だらげだがら、色々教えで欲しいんだ! いいよね?」

「……あ、ああ」

「あ、でもその前に、方言どうにがしなきゃだ。こっちの言葉も教えて! 会話の中で分からない言葉出できだら、言ってぐれでいいがら!」

 しばらく教室は殺気立っていたが、貴之が何でもないように大樹にグイグイと話しかけていく様を見て、徐々に教室に賑やかさが戻っていく。大樹は自分に全く怯える様子のない貴之に、若干引き気味だったが。

(あれ? 意外と何もして来ない? それとも、貴之の勢いに押されただけ?)

 結局先生が教室に入って来るまで、大樹が貴之に対して何かを仕掛ける事はなかった。計算通りなのか、はたまた誤算なのか。

 ここからは一気に場面が飛び、それに伴って流れを掴むのに必要そうな場面が次々に凛花の脳内に浮かんで来る。

 大樹が嫌がらせをしているのに、全て前向きに捉える貴之。しばらくは色々とやっていたようだが、そのうち諦めた様子だった。意外だったのが、段々と貴之と大樹が本当に仲良くなっていっているという事だ。

 そして凛花が次に見たのは、とある日の放課後の教室内だった。貴之達は、何かのカードゲームをしているようだ。帰って行くクラスメイトを、貴之達が時々見送っていた。どうやら、貴之と仲良くしていく内に、大樹も丸くなってクラスメイトとやっていけるようになったみたいだった。

「……はい、オレの勝ち。これで三連勝」

「まだ負げだ! 大樹強すぎるって!」

「お前が弱すぎるだけだ。そろそろオレの攻撃パターンとか学べよ」

 そう言って二人で笑い合う。その様子から、険悪な空気は一切感じられない。そろそろ学校が閉まる時間のようで、二人はカードを片付けていた。

「……お前、前から思っていたが、オレが怖くなかったのか?」

「? なすて?」

「そこは『どうして』を使う所だ。お前は本当に学ばないな……」

「あ、そうだった!」

「まあいい。問題はそこじゃない。普通の奴は、クラスのリーダー格だったオレに怯えんだよ。昔みたいにな。今は無くなったが」

 うーん、としばらく考えた後、貴之は首を振った。

「やっぱり怖くはなかったよ。どっちかって言うと、嬉しかったんだ」

「……嬉しい?」

「ほら、オラは田舎者だから、クラスでいじめられると思ってたんだ。んでも、みーんな仲良くしてくれて、大樹みたいな友達もできて……今思うと嬉しいんだ!」

「……」

 貴之は嘘を言わない性格だ。それが分かっているのか、貴之から予想外の言葉が飛んできたため、大樹の片付ける手が止まった。

「……最初はそのつもりだったと聞いても、お前はオレと仲良くするつもりなのか?」

「え!? そうだったの!?」

「気づいてすらいなかったのかお前は!? 色々嫌がらせしてただろ!」

「……いつ?」

「お前、マジか。……はー、じゃあもういいや」

「だとしても、オラは大樹と友達はやめないよ!」

「……そうか」

 ニカッと笑う貴之に、大樹も少しだけ微笑んでいるように見えた。どうやら、大樹とは本当の友達関係になっていたようだ。

(良かった。何かあったのかと思ったけど、全然何も無さそうだね。……あれ、そういえば、大樹の傍にいた取り巻きは?)

 凛花がふと教室の外を見る。そこには、貴之を睨みつけている取り巻き二人の姿があった。

 しかし間もなく、次の日に飛ばされる。そこでは、屋上で取り巻きの二人に絡まれている貴之がいた。

「アンタはさぁ、ホントに大樹サンと友達になってると思ってるワケ?」

「? オラと大樹は友達だ!」

「ウケる。じゃあそンな田舎者に助言してやるよ」

 そう言うと、取り巻きのうちの一人が貴之の耳元で呟く。

「大樹さんはアンタの事、友達だなんて思ってないから」

「……え」

「じゃ、またね。呑気な田舎者さん」

 あははは、と笑いながら、取り巻き二人は屋上から去って行く。貴之は、しばらくその場で放心状態になっていた。

 ガチャ、と音がして、屋上の扉が開く音がする。大樹が首を傾げながら、貴之の方に近づいて行く。

「こんな所で何してる?」

「え? あ、大樹」

「もう授業始まるぞ」

「……うん! 今行く!」

 少し様子のおかしい貴之に疑問を持ちながらも、すぐいつもの貴之に戻った事から、さほど気にする素振りも見せずに屋上から出て行く。

 場面がまた早送りで、一部分だけ切り取られながら進められていく。明らかに、貴之から笑顔が減っているのが目に見えて分かった。大樹がやっていた嫌がらせは気づいていなかったのに、取り巻きからの嫌がらせに気づきかけていて、二人が視界に入るだけで目を逸らすようになっていた。

 それでも、大樹と一緒にいる時だけは笑顔を絶やさなかった。大樹と一緒にいる時が、貴之にとって一番幸せだったのだろう。

 しかし、幸せもそう長くは続かなかった。

 次の場面に止まった時、屋上で取り巻き二人が貴之に詰め寄っていた。

「だから、さっさと大樹サンから離れろって言ってんの」

「アンタみたいな弱いヤツ、大樹さんが友達だと思ってるワケないって何度言ったら分かるワケ?」

「権力も無ければ強くもないアンタが、いつまでも大樹サンと仲良しごっこしてんじゃないよ!」

 貴之は何も言わなかった。否、言い返せなかった。二人に圧倒されていたのもあるが、二人の言い分も分からないわけではなかった。

 しかし、三人だけの空間に、大樹が現れた。一瞬にして、場の空気が変わる。

「あっ、大樹サン……」

「……お前達、貴之に何を……」

 大樹が、取り巻き二人を睨むようにして見る。だが、貴之はそれを制止するように名前を呼んだ。

「大樹」

 名前を呼ばれ、大樹は取り巻き二人を睨んでいた目線を貴之に合わせる。

「もし大樹が、オラと友達だと思ってなかったらごめん。付き合わせていたのなら、ごめん。でも、たとえ嘘だったとしても、オラは大樹と一緒に過ごした日々、楽しかったよ」

「おい、お前何を考えて──」

「ごめん。ありがとう。……またね」

 貴之は顔を上げ、大樹に向けて笑った。寂しそうにも、笑っているようにも見えた。そして、貴之はそのままフェンスに手をかけると──

「待て、やめろ! おい!」

 落ちていった。

(……っ!?)

 限界だったのだろう。きっと、貴之の心はそこまで強くなかった。強くなかったからこそ、強さや権力と言った言葉が刺さった。二人の言葉が刺さった。

 その結果が、これだった。

「今誰か落ちなかったか!?」

「おい、グラウンドに人が──」

「お前達、何故こんな──」

「アタシ達は──」

「そうだよ──」

 視界が暗くなっていく。恐らく、ここで記憶が途切れているからだろう。という事は、つまり……。

(死んじゃったんだ、貴之は……)

 ぷつり、と音がして、一気に周りが真っ暗になった。しばらくすると、凛花の目の前に人影が現れた。

「……空?」

 緑色の髪をした、男の子。ゆっくり顔を上げると、光を無くした黒い瞳が凛花を見つめる。

「……なんでこんな所にいるんだぞ」

「なんでも何も、私も分からないんだけど……」

 凛花は少し考える仕草をした後、空に問いかけた。

「ねぇ空。空が強さにこだわるのって、強くないと友達が離れていくって思ってるから?」

「……え?」

 空が驚いた表情を見せる。凛花は、先程体験した内容はなるべく伏せ、そのまま続ける。

「いやその、何となくそう感じただけだけど……」

「……」

 空は黙り込み、凛花を真っ直ぐに見ている。何だか視線を感じるのが嫌で、凛花は目を逸らす。

「ま、間違ってたらごめん。でも私にはそう見えてさ」

 慌てて誤魔化そうとすると、空は顔を俯かせながら口を開く。

「……いや、合ってるんだぞ。というか……」

 空は何かを考えた後、はっとして顔を上げた。

「……ああ、思い出したんだぞ……」

「思い出した……?」

 空は目を伏せ、何かを懐かしむような顔をする。そして暫くした後、凛花の顔を見て、「ありがとう」と言った。その目に陰りはなかった。

「オラが強さを求めていた理由……それは、友達が……“本当の”友達が欲しかったからなんだぞ。強くならなければいけないって考えばっかりが先走って、アネスの言葉に乗せられていたんだぞ」

 あーあ、と空は笑った。それにつられ、凛花もくすっと微笑んだ。

 すると、どこからか一筋の光が凛花達を照らした。光の方向を見ると、どうやらそこに出口があるらしかった。

「もしかして、あっちの方に行けばここから出られる?」

「そうなんだぞ」

「じゃあ、空も早く……」

 凛花が手を取ろうとすると、空はそれを拒むように振り払った。

「それはできないんだぞ」

「……え?」

 どうして、と凛花が呟くと、空は悔しそうにする。

「アネスはオラに、『暴走』の力を使ったんだぞ。そのせいで、オラはオラ自身の身体から追い出されてしまったんだぞ。つまり、意識を取り戻したくても、弾き出されてしまうんだぞ」

「……で、でも、私達がどうにかするから!」

「……ありがとう、何とかしようとしてくれて」

 空が目を伏せる。でも、と呟いて、空は地面を睨んだ。

「でも、無理なんだぞ。アネスだって言っていたんだぞ。皆が死ぬか、オラが死ぬかの二択しかない……って」

 空は凛花に説明をしながら、ゆっくりと凛花の背後に回る。そして、凛花を光の射す方へと思い切り押し出した。

「ちょっ、空!」

「少しの間だけでも、こうして仲良くして貰えて嬉しかったんだぞ。……後は任せたんだぞ」

「空……っ!」

 凛花は必死に手を伸ばそうとする。しかし、どうしても空には届かない。どんどん空の姿が遠ざかっていく。

「無力かもしれないけど、出来ることはするんだぞ。だから……だから……!」

 早く止めて。

 その言葉と共に、凛花は光に包まれた。

 最後に見た空の顔は、見た事もないくらいに笑っていた。




 気づいた時、凛花は空に首を絞められかけていた。空は『暴走』によって操られ、全く理性を持っていない。

(そうだった! 私今殺されかけてたんだ!)

 相変わらず、凛花の首を絞める手が緩められる事は無い。徐々に意識がなくなっていく。圧縮された空気の壁を壊そうと、有奏達も懸命にあの手この手で壁を叩く。だが、何をやってもびくともしなかった。

「ねえ! このままじゃ凛花ちゃんが……!」

「分かってるよ。……でも解除が効かないとなると、何をやっても壁を壊せないかもしれない」

「だからって諦めるわけには……けど……」

 凛花の意識があやふやになり、皆も半ば諦めかけていたその時。不意に、凛花の首を絞める手が緩められた。そのまま凛花は解放され、空気の壁も一瞬にして消え去った。

 突然の出来事に、一同は少なからず驚きの表情を見せた。こっち、とすぐ菫に手を引かれ、凛花は空から離された。空は凛花に再び近づこうとするが、空は何かに止められているかのように、その場から動く事は無かった。

「……空、もしかして今……」

 凛花は空に言われた事を思い出す。

『無力かもしれないけど、出来ることはするんだぞ。だから……だから……!』

 空の想いを無駄にする事は出来ない。何もして来ない今が、最初で最後のチャンスだろう。

「……皆、お願いがあるんだけど」

「凛花、急にどうしたの?」

 一呼吸置いて、凛花は口を開いた。

「空を……楽にしてあげて。なるべく、早く」

「楽にって……まさか!? でも、どうして? 他に方法が……」

「無いんだ」

 無いの、ともう一度言い、目を伏せた。

「私、さっき一瞬だけ空に会えたの。その時に頼まれたの。早く止めて、って」

 凛花は、先程あった過去を見た事以外の出来事を、簡潔に話した。空に会えた事と、早く止めてと言われた事を。信じてくれないと思っていたが、その場にいる三人全員が凛花の言った事を信じてくれた。

「凛花が言うのなら、そうしてあげた方がいいのかもしれない」

「で、でも、どうするつもりなの?」

 葵の疑問に、有奏が答える。

「私に考えがあるの。私のアビリティでナイフを作る。それを、誰でもいいから上手く投げて貰うっていうのはどう?」

 言うだけなら簡単だが、実際にやるとなると少し躊躇ってしまう。しかし、空がずっとこのままでいるのも可哀想だ。

 凛花は覚悟を決めて、真っ直ぐに有奏を見た。

「私がやる。最初に言ったのも、私だから」

 その言葉に、葵は心配そうに顔を覗く。

「凛花ちゃん、いいの? 無理にやらなくても……」

「大丈夫。……むしろ、私がやってあげた方がいいと思うから」

 凛花は、有奏が生み出したナイフを手に持った。空は本能のまま凛花を襲おうとするも、中で上手く抑えてくれているのか、上手くいかない様子だ。そのまま空の正面まで行き、凛花はナイフを構えて真っ直ぐに空を見た。

「……ごめんね、救ってあげられなくて」

 凛花はそのまま、空の胸辺りを目掛けて突き刺した。空は目を見開き、しばらくして力を失っていった。空はそのまま、徐々に身体が透明になりながら仰向けに倒れていく。きっとこの世界では、死ぬと身体ごと消えてなくなってしまうのだろう。凛花と目を合わせると、目元をきらりと光らせながら、「……ありがとう」と消え行く中で絞り出すように呟いた。

 程なくして、空は凛花の目の前から完全にいなくなっていた。カラン、と乾いた金属の音が、広場にこだました。

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