9 縁の街と異世界の住民達

 寝て起きたら元の世界に帰ってたりしてないかな、と少しは思っていたが、残念ながら普通に目が覚めた。寝癖や服装を整えてから広間へ行くと葵がいて、もう既に朝ご飯が机の上に用意されていた。

「おはよう凛花ちゃん! 朝早いね」

「おはよう、葵。私はいつもこんな感じで起きてたから。学校もあったし」

「ああそっか、学校かぁ」

 洗面台がどこか聞くと、階段近くの扉にあると教えられたのでそこへ向かって顔を洗う。そこには一緒に風呂場もあるようだった。

 顔を洗い終えてから再び広間へ戻ると、葵以外の人達も顔を出していた。皆へ向けて挨拶をすると、朝食の時間になった。るるは朝に弱いようで、食事中に寝る事もしょっちゅうらしい。

「ほら、るる起きて。朝ご飯が冷めちゃうよ」

「……眠い……」

「ダメだねこれ。叩き起こす?」

「有奏、流石に可哀想だからやめてあげなよ」

 冗談だよ、と笑う有奏に、菫は苦笑した。食べながらも雑談を交わす葵とろろ、もう既に食べ終わっている未莉澄など、朝から結構カオスだった。状況がよく分からなくなってきたので、凛花は黙々とご飯を食べている。

 朝ご飯が終わると各々自由な時間になるようで、そのまま部屋に戻る人も出かける人もいた。凛花は特にやる事もないため、広間のソファに座っていた。この暇な時間で何をしようか考えていると、有奏が「ねえねえ!」と声をかけてくる。

「どうしたの、有奏」

「暇だったらどこかに出かけない? ここにいてもやる事ないからさ!」

「私は全然いいけど……」

「よし、じゃあ決まりだね! 菫と葵も誘っちゃお〜っと」

 凛花が何をせずとも有奏が勝手に決めていったため、どんどん事が進んでいく。アジト内にいた人を誘えるだけ誘い、出かける準備をして、外へ出て……。

 そして、気づいたら凛花は有奏、菫、葵と共に街っぽい雰囲気のある、賑わった場所に着いていた。

「……ここどこ?」

「縁(えにし)の街! ここは、この世界の住民達がお互いに助け合いながら発展していった街なの。急にここに来て戸惑っている人達を快く受け入れて、自分が持つアビリティを駆使してお店を開いたり、電気や水を供給したりしてるんだ!」

 なるほど。組織に入っていない人達が、普段何をして過ごしているのか不思議に思っていたのだが、ここで住民達の為になる事をしてくれていたのか。

「ちなみに、ここにはお金の概念がないから、売ってる人の承認さえ得られたら勝手に持ってっちゃっていいんだよ。不思議な感覚だけどね」

「へぇ……ちょっと慣れないかも……」

 凛花は改めて、街の様子を見渡してみる。そもそもここの住民達が六から十八歳の人しかいない事もあってか、街といっても現世のように発達している訳ではなかった。看板が木で出来ていたり、文字が手書きだったりしている。お店の雰囲気も、例えるなら文化祭のバザーのような感じだった。それでも、皆が助け合いながら日々生きているんだという事を感じさせられた。

 重そうな荷物を持っている少女を、青年が気づいて代わってあげている。必死にお店の宣伝をするために、大声を上げて呼びかけている人もいる。

(最初はあんまり乗り気じゃなかったけど、知らない場所に来させられても、こんなに頑張って生きている人達を見たら……ここで暮らすのも、何だかいいなって思える気がする)

 そう思いながら、街の中をゆっくりと進み始める。有奏達は街の人々と顔なじみのようで、挨拶をしながら笑顔で手を振っている。同時に、凛花が新入りだという事に気付き、街の人々は歓迎するように「よろしくね〜!」と次々に声をかけてくれた。とても、温かかった。

 不意に、葵が街の人に呼びかけられる。チラシを一枚渡され、葵がそれを見ると「お!」と声を上げる。

「夕方から卵! お一人様一パックまで! 卵ってこの世界じゃ貴重だから、夕方は戦争になっちゃうかもな〜。ありがとうございます、絶対来ます!」

 その様子を見て、凛花は目をぱちぱちとさせながら呟いた。

「……主婦?」

 それを聞いて、菫が苦笑する。

「葵はホープスの料理係だからね。さっきの人は食材を仕入れてくれる人なんだけど、よく来るからって葵の事を名前で覚えてくれてるんだ。おかげで、僕達は美味しいご飯が食べられるからいいんだけどね」

 葵は、貰ったチラシを穴が空くんじゃないかというくらい、青い瞳でじーっと見ている。それを菫は微笑ましそうに見ている。他には何があるんだろう、と辺りを見回すと、ギターを片手に機械を弄っている、黄色の髪の人を見かけた。凛花に気づいたその女性は、振り向くとギターを抱えながらにこりと笑った。

「おっ、初めましてですね!」

「は、初めまして。橘凛花です」

「うちは音速おんそく詩乃うたのと言います。この世界に電気を供給しつつ、趣味でギターも弾いてるんです!」

 ジャーン、とギターをかき鳴らした音が、縁の街に響く。それを聴いた有奏達もこちらへやって来て、それぞれ挨拶を交わした。

「なるほど、皆さんお仲間なのですね。葵ちゃんに関してはよく来られるので、顔馴染みなんですよ」

「そうそう! だいたい一緒の時間帯にいるから、いつも演奏聴いてってるんだ!」

 ねー、と顔を見合せ、二人は笑っている。

「電気を供給……って、発電所もあるの? ここ」

 凛花の純粋な疑問に、詩乃は「少し違います」と答え、ギターを地面に置くと両手からバチバチと電気を出した。

「うちのアビリティが『電気』なんです。うちが来る前から電気の概念はあったみたいなんですが、直接電気を出せるうちの方が効率良いので、こうして貢献させて貰ってるんですよ」

 そう言った詩乃の背後には、何やら機械のようなものが沢山ある。どうやら、あの機械を通して世界に電気を送っているらしい。仕組みは分からないが、現世のような大きい世界ではないから、あまり大きな機械や装置が必要ないのかもしれない。

「今日はまだ準備中なので演奏出来ないのですが、いつか必ず皆さんの前で演奏しますので!」

「ありがとう。私も楽しみにしてるね」

「はい! ご期待下さい!」

 詩乃は凛花に向けて、ニカッと笑った。葵はもう少し詩乃と話している様子で、色々盛り上がっている。菫はその様子を見ながら、遠くで微笑んでいた。

 他には何があるだろう、と辺りを見回していると、さっきまでいたはずの有奏の姿がない。どこだろうと探してみると、ある店の前で目を輝かせている有奏の姿が。

「……有奏?」

「あ、凛花! ここのりんご飴美味しいんだよ! 凛花も食べる?」

「え、りんご飴?」

 有奏はこちらの方を向き、手招きしている。そのお店はお祭りの時にある屋台のようで、りんご飴がこれでもかという程ずらりと並んでいる。

「ほら食べて食べて! はい、これオススメ!」

 有奏に促されるまま、りんご飴を食べてみる。お祭りで見かけるりんご飴と味は変わらないのだが、何となくこちらの方が美味しい気がした。

「……確かに美味しい」

「でしょ!」

 ふふん、と何故か有奏が誇らしげだ。作ったの有奏じゃないでしょ。

「有奏はりんご飴が好きなの?」

「りんご飴っていうより、りんごが好きなんだよね。でも、りんごが美味しくなかったら、こんなに美味しいりんご飴ができる訳ないじゃん?」

「ま、まあ、そうだね?」

 その後もしばらく、有奏によるりんごの話は止まらなかった。どうしてかは分からないけど、相当りんごが好きらしい。休憩スペースでりんご飴を食べ終えた頃に、葵達と合流した。

「そういえば、こういう食べ物とか服って、この世界だとどうやって支給されてるの? 年齢層低いし、一から作るとなると大変じゃない?」

 現世なら、大人が全て作っているのだから気にする事でもない。だがここは違う。一体、どうやって普通の生活をしているというのだろう?

「うちもそれ最初は気になってたんだけど、何と縁の街の人達は、そういう“衣食住に関するアビリティ持ち”な事が多いんだよ!」

「アビリティ……」

 ここでそれが活きてくるのか。ホープスやアンハピネスの人達のアビリティが攻撃的なものばかりだったから、神がどうしてこんな事をしたのか疑問に思っていたが、この街ではそれこそアビリティが肝になってくるのだろう。

「例えば、さっきチラシを渡してくれた人は、現世で売れない食べ物を集めて、売れる状態にして提供するアビリティを持ってるんだって!」

 ちらりと葵が視線を別の方へ向ける。その先には先程の人がいて、葵に気づくとにこりと微笑んでいた。葵も微笑み返してから、再び凛花へ視線を戻す。

「他にも、一から野菜を作る人とか、他の人が作ってくれた食材から料理を作る人とかもいるんだって。服も同じように、布を作る人、布から衣服を作る人、みたいに役割が分かれてるらしいよ」

「他にも建造物を生み出す人もいて、大きな家を年齢層が近い人同士でシェアハウスして暮らしたり、小さな家で一人で暮らす人がいたりもするんだ」

 葵や菫から聞いた話を纏めると、この世界の衣食住はしっかりしているようだ。アビリティなんてものを作った理由が分からなかったが、当初はこうやって皆で助け合う事を元にしていたのだろうから、本来はこの使い方が正しいのだろう。もしかしたら、アネスのような人が増えたせいで、攻撃主体のアビリティが増え始めたのかもしれない。

「じゃあ、アジトも誰かに作ってもらったって事?」

「もちろん! 地下に部屋を作りたいって言った時は驚かれたけどね」

 あはは、と有奏が苦笑する。地下に主な部屋がある家なんて、現世でも中々ないからね。そりゃ驚かれるよ。

 次は噴水広場に行こう、と有奏に提案されたため、名前の通り真ん中に噴水のある、広々とした場所へとやって来た。他の人達も使っているようで、運動してる人や遊んでいる人がちらほらと見える。縁の街にもあったお店も少しあるようで、広場の端に数店並んでいる。準備中なのか、広場のお店は全て無人だった。四人は他の人達の邪魔をしないように、と噴水の縁に腰をかける。

「今日は結構人が少ない方だね」

「そうだね。多い時はもっといるからね」

「ひゅみちゃんに時々誘われて、一緒に遊ぶ事があるんだ!」

「へぇ、確かに広いし遊びやすそう」

 有奏は噴水の水を掬ったり弄ったりして遊んでいる。菫は他の人達が遊ぶ様子を眺めながら笑う。葵は噴水から離れ、近くを歩きながら周りの景色を楽しんでいる。そして凛花は、雲ひとつない青空を見上げている。

 そういえば、この異世界についての事をほとんど何も知らない気がする。今このタイミングで聞くのが一番だろう、と有奏に話しかけようとすると、有奏の方から先に話しかけてきた。

「ねぇ、凛花にあんまり色んな事話せてないから、話してもいいかな?」

「もちろん。私も聞こうと思ってたんだ。こんなにいい場所なのに、どうしてアネスが世界を壊そうとしているのか、とか」

 有奏は凛花の方を見て、「それはね」と話を始める。菫も様子を伺いながら、有奏の話を聞いている。

「アネスが世界の崩壊を企む理由。それは、“未練や後悔を持ってまで異世界で生きる意味が分からない”から、だよ」

 それを聞き、凛花は目を見開く。つまり、この世界の住民達は、前世の記憶を引き継いだまま転生しているという事になる。

 初めてここに来た時、アネスも言ってた気がする。『嫌な記憶を持ったまま平然と暮らしている』と。

「この世界が存在する理由は、前世の未練や後悔を晴らして欲しいから。六から十八歳の人しかいないのは、その短すぎた人生を、ここで気持ちを新たに過ごして欲しいから」

「気持ちを新たにって言っても、嫌な記憶を持ったままじゃ、辛いだけなんじゃ……」

「……そうだね。私も、それは感じてる」

 有奏はそう言って、空を見上げる。きっと、有奏にもそういった記憶があるのだろう。もちろん、菫や葵、そして他のメンバー達にも。

 神は、どうしてこんな残酷な世界を創ったのだろう。神に会えないので確かめようがないが、あの呑気であっけらかんとしている神でも、何も考えずに異世界を創り上げたとは思えない。もしかしたら、神にも何か事情があったのかもしれない。

「でも、凛花も見たでしょ? 縁の街の人達を」

 あの街の人々だって、前世の記憶を持っているはずだ。でも、それを感じさせないほど活き活きしていて、むしろ生きる気力に溢れている。個々に自分の過去とはけりを付けて、その上でこうして生きているのかもしれない。

「僕も最初は戸惑ったよ。こんな事して、何になるんだろうって」

 不意に、ずっと黙って話を聞いていた菫が声を出す。そちらを見ると、少し目を伏せながら話している。

「でも、あの街の人々の生きようっていう活気を見たらさ、そんなのどうでも良くなっちゃって。むしろ、短い人生を補うために、そして、今を楽しむために生きたいって思ったんだ」

 こちらを見てにこりと微笑む菫の顔に、嘘は感じられなかった。本当に、純粋に今を楽しんでいるといった感じだ。それにつられるように、いつの間にかこちらに来ていた葵が、菫の隣に座りながら口を開く。

「うちだってそうだよ! 過去なんて気にしたってしょうがないじゃん! だからこそ、アネスくんの考えには同意出来ないし、それを阻止しようとする有奏ちゃん達ホープスに興味を持って入ったんだ!」

 葵は両手でガッツポーズをしながら、「ねー!」と有奏とアイコンタクトをとる。有奏もそれに応じるように、ニコリと笑った。

「それに、嫌なら嫌で『昇天制度』を使えばいいだけだし、わざわざ世界を壊そうとしなくても良くない?」

 有奏が聞き慣れない言葉を話す。『昇天制度』というのは何だろう?

「有奏、その『昇天制度』って何?」

「あれ? お仕え天使から聞いてないの? いや例外だし、現世では生きてるんだから説明される訳ないよね」

 有奏は人差し指を立てながら、昇天制度について話し始めた。

「昇天制度っていうのはね、前世の未練や後悔を晴らした人や、ここで生きるのが困難になったり飽きたりした人が使える制度なの。簡単に言うと、それを使うと死にます!」

「死ぬ!?」

「有奏ちゃん簡単に言い過ぎだよ〜!?」

 あまりにも適当すぎる説明に、それらの制度を知っている葵と菫がズッコケた。当の本人は「てへ☆」と言いながら舌を出している。全くもう、と言いながら、代わりに菫が説明し始めた。

「昇天制度は、その名の通り魂を天界に送る事。本来、死んだ人は天界に送られた後、天国や地獄といった場所に送られたり、第二の人生を歩むための準備をしたりするらしいんだ」

 それは何となく聞いた事がある。凛花は天国や地獄といった場所を信じてはいないが、もしかしたら本当にあるのかもしれない。

「僕達、六から十八歳の人達は、それを経ずにここへ“一時的に”送られているに過ぎないんだ。だから、その魂を本来送られるべき場所に戻す。そのための制度だよ」

「なるほど、そういう事ね。いきなり死ぬとか言われたから、びっくりした」

「あはは、それはごめんって」

 ここで散々楽しんで飽きたら、その後の事もしっかり考えられているようだ。それなら尚更、アネスがやろうとしている事には賛同出来ない。

 ……そういえば、アネスの仲間である莉子は、星那を処分するって言ってたっけ。つまり、もしかしてここにも“殺人”の概念があるって事だろうか。それを聞いてみると、有奏の回答は「ある」だった。ただ、たとえ殺されてしまったとしても、昇天制度と同じく魂は天界へ送られるようだ。

「それから、これは私にとっても不思議なんだけど、この世界は絶対に死体が残らないの。死ぬと同時に身体も消えてなくなっちゃうんだ」

「跡形も無い……って事?」

「そうそう。謎が多いよね、名も無き世界」

 そう言った有奏に賛同するように、葵と菫も頷いた。長くここにいるであろう三人でさえ、やはり分からない事だらけなのか。……いずれ神の口から、世界の謎が明かされる事があるのだろうか。

 今日だけで、この世界──名も無き世界に関する事を、結構知る事が出来た。神が言っていた問題事の解決も、簡単な事ではないだろう。でも、凛花には心強い味方、ホープスの仲間達がいる。どんな事があっても乗り越えて行こう。改めてそう思う凛花だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る