7 敵意と暴走

 突然こちらに敵意を向ける未莉澄に、一同は戸惑いを隠せなかった。一体、何が起きているのか……。

「おい、なんで誰も止めなかったんだ」

「そうは言っても、莉子に夢中になってたから……」

「う、うちだって、菫ちゃんの作戦会議に参加してたし……」

 るるを始めとしたホープスのメンバーは、何かを知っているようだった。分かっていない凛花と星那は、この状況にただ戸惑うばかりだ。

 未莉澄の鋭い視線は、莉子しか捉えていなかった。光を宿していないその目は、今にもこちらに襲いかかって来そうだった。

(あの感じからすると標的はワタシ……そしてこの状態は恐らく……)

 莉子がどうするべきかを考えていると、脳内にアネスの声が響き渡った。

『莉子、今の状況は非常に危険だ。撤退しろ』

『……! しかし命令が……』

『やめておけ。今のあいつに巻き込まれれば、死は確実だ。今脱出口を作り出す。そこからすぐに帰って来い』

 莉子が振り向くと、空中に小さな裂け目があった。避難するなら、周りが混乱している今しかない。莉子は裂け目の前に立つと、後ろを振り返りながら星那を見た。

「命令が変わりました。現実星那。貴方の命は見逃します。五輪莉子……撤退します」

 裂け目が大きくなったのを確認し、莉子はその中に入っていった。裂け目は莉子を飲み込むと、瞬時に消えていった。

 星那は殺されなかった事に一度は安堵するも、目の前の状況を見た瞬間に正気に戻る。いつもならすぐにでも逃げ出していたが、自分のために戦ってくれていた未莉澄を放って逃げられまい、と自分を奮い立たせた。

 莉子が居なくなっても尚、未莉澄は元に戻る様子がなかった。標的を失った未莉澄は、目に映る全ての者へ攻撃を始める。凛花も皆も必死に避けてはいるが、このまま続けていれば全滅も有り得る話だった。だからといって、味方に攻撃を加える訳にもいかない。

「ね、ねえっ、これどうなってるの!」

「あ、そうだった、凛花はこれ知らないんだった! えっと、これは──」

 有奏が話そうとした時、凛花と有奏の間をかなり大きめの蔦が横切った。当たっていれば、間違いなく死んでいた程の勢いだった。

「ひいぃっ!? こっわ!」

 尻もちをついた有奏に、凛花は慌てて声をかける。

「有奏っ、大丈夫!?」

「私は平気! 凛花こそ怪我してない?」

「うん、大丈夫だよ」

 どうやら、ゆっくり話している暇すらも与えられないようだ。どうするべきかと思っていると、いつの間にか標的が凛花になっていたようで、気づいた時には頭上に蔦が迫って来ていた。逃げ遅れた、と思った瞬間、咄嗟にるるがバリアを張って守ってくれた。

「あ、ありがとう……!」

「……余所見するな」

 バリアを張られていても、未莉澄からの攻撃は続いていた。るるはずっと無言だったが、その心の内では凛花に指一本触れさせまいと思いながら、必死に守っていた。

 バリアの外では、菫を始めとした人達が未莉澄をどうするべきか考えている様子だった。しかし、凛花を狙っているにも関わらず、別の方向から近づこうとすると別の蔦が邪魔をする。暴走状態のはずなのに、かなり周りを見ているようだった。

 そして、今まで無言だったるるが不意に口を開いた。

「……この状態になったアイツを止められるのは、『解除』のアビリティを持つ葵か、『演技』で同じ力を使える菫くらいだ。……いや、ここまで暴走してたら、菫だと難しいかもしれないな。もしくは、首に手刀を入れるか頭を殴るかして気絶させるか……」

「う、うわぁ……」

 手刀の辺りから、るるの目は真剣そのものになっていた。……が、恐らく普段の仕返しも兼ねているからだろう。

「つまり、死なせなければ手段は何でもいいって事だ。……まあ、葵が解除するのが一番だろうが」

 そうは言っても、暴走状態の未莉澄はかなりの強敵と化している。有奏達も対処するために動いてはいるが、中々上手くいかない様子だった。

 と、不意にパキッと嫌な音がした。るるがハッとしてバリアを見ると、蔦の猛攻撃を食らったせいか、真ん中辺りにヒビが入っていた。バリアを解除して新たなものを張ろうとしたが、蔦が伸びてくるのが先だった。凛花は逃げないと、と頭の中では考えていたが、足がすくんで動けない。

「……! 危ない!」

 死んでしまう、と思っていた。このまま身体を貫かれるんじゃないか、とも。

 しかし、いつまで経っても痛みは出てこなかった。恐る恐る目を開けると、るるの顔が目の前にあった。その顔は、不自然に歪んでいるような気がした。

「……平気か、お前」

「わ、私は、大丈夫だけど……」

「……なら、いい」

 るるは凛花の邪魔にならないように立ち上がる。凛花も一緒に起き上がろうとすると、るるの左腕に切り傷ができているのに気づいた。

(……まさか……)

 他の面々もるるの怪我に気づいているようで、特にろろは顔を青くしてるるに駆け寄った。

「るるちゃん! その腕……!」

「……こんなんどうって事ない。そのうちすぐ治る」

 るるは放っておいてくれ、とろろを突き放そうとする。しかし、ろろは納得いかない様子でるるに詰め寄っている。

「でも……」

「いいから。……今はアイツをどうにかするのが先だ……ん?」

 るるが未莉澄を見ると、何やら様子がおかしくなっていた。先程まで敵意しかなかった目に、動揺が見え隠れしている。これだけ無防備な状態なのに、一切攻撃を仕掛けてこなくなっていた。

「急に攻撃が止まった……? でも、どうして……」

 葵が不思議に思っていると、菫は即座に指示を出した。

「考えるのは後にしよう。今がチャンスだ。葵、すぐに未莉澄の能力を解除してあげて」

「あ……う、うん!」

 菫に促され、葵は急いで未莉澄の元へ行った。解除の範囲内に来ても尚、未莉澄はどこか放心状態となっていて、近づいた葵に気づく様子すらなかった。

 葵が解除を発動すると、周りにあった蔦は全て消え、未莉澄はそのまま力尽きたように倒れた。葵が様子を伺って、もう大丈夫だという事を表すために皆の方へ親指を立てた。菫は気絶した未莉澄を担ぎ、そのまま無言で小屋へ戻って行った。

 場の空気が重くなっていたが、葵が切り替えるように明るい声を出した。

「……だっ、大丈夫だよ! 今日はたまたまこうなっちゃったけど、休めばすぐいつも通りになっちゃうんだから!」

「……うん、そうだね。私達がこんなんじゃいけないよね!」

 有奏も皆に笑いかけ、緊張や不安を解いた。全員が落ち着いてから小屋に入ろうとすると、ろろとるるが何かやり取りをしていた。

「やっぱり、ワタクシはるるちゃんを放ってはおけません」

「だから、大丈夫だって言って……」

「待ってて下さい、すぐ治しますから」

 ろろがるるの左腕に手を翳すと、先程まであったはずの傷がみるみるうちに消えていった。凛花が目を疑っていると、有奏が小屋に入りながら説明してくれた。

「あれは、ろろのアビリティ『治療』の効果だよ。切り傷程度なら、ああやって一瞬で治しちゃうんだ」

 ろろはるるの傷が治ったのを確認して、「ふふ、これで大丈夫ですよ」とるるに笑いかけた。だが、るるはどこか不服そうに目を逸らすばかりだった。

 有奏の働きかけにより場の空気が変わり、葵も「疲れた〜」と言いながら小屋に戻って行った。凛花も葵に続いて、小屋へと入った。有奏は全員が入ったのを確認しようと辺りを見ると、るるがどこかへ行こうとしていた。

「るる、どこに行くの?」

「散歩。気分転換とでも言っといて」

「……分かった。行ってらっしゃい、気をつけてね!」

「……ああ」

 るるが見えなくなるまで見送ってから、有奏もアジトへと戻った。




 るるは当てもなくふらふらと歩いていた。ただ何も考えずに、直感に任せて。気がつくと足元は砂に変わっていて、ざあざあと波の音が聞こえてきた。顔を上げると、目の前には海が広がっていた。

「……海……」

 どこを見ても、果てしない青い海があった。急にどっと疲れが襲って来て、るるはその場に足を伸ばして座った。周りには誰もいないため、目を閉じると波以外の音は聞こえてこない。

 もうこのまま寝てしまおうか、と意識を飛ばしかけたその時。


『海たのしいね、■■■お姉ちゃん!』

『ふふっ、そうね。また行きたいね、■■ちゃん』

『うんっ! 絶対いこうね!』


 思わず飛び起きた。周りを見回しても、もちろん誰もいない。

「……!? 今の……っ、て……」

 焦点の合わない目で砂浜を見つめる。一瞬だけ聞こえた会話。るるはその全貌を知っていた。だって、だってあの会話は──

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