6 命令は必ず

「し、処分!? どういう事……?」

 星那は莉子の言葉に困惑して、じりじりと後退りする。

「現実星那。アネス様から言われた事を忘れたのですか。要らない駒は処分する。貴方は目的を達成する事が出来なかった。その上無様にも捕まるとは。無能にも程があります。よってアネス様より処分を下されたのです」

 莉子は今にも星那を仕留めようと、星那の姿を目で追いかけている。星那は後退りをしながら、必死に莉子をなだめようとする。

「ま、待ってよリコ、今回は失敗しちゃったけど、次こそは絶対……」

「ワタシ達に次なんてありません。最初に説明したはずですよね。命乞いをした所で貴方の運命は変わりません」

 莉子がいよいよ星那を追い詰め、レーザーソードで仕留めようとしたその時。莉子の右手を地面から生えてきた太めの蔦が絡め取り、動けなくした。その隙に星那は有奏の後ろに隠れ、有奏も庇うように両手を広げた。莉子が驚いて後ろに視線を向けると、右手を構えている未莉澄の姿があった。

「……貴方の仕業ですか」

「だとしたら? アネスに命じられてない俺らのお命も頂戴するわけ?」

「貴方がたが現実星那をこちらに渡せばいい話のはずです。何故敵であるはずの現実星那を庇うのですか」

 その言葉に対し、怒ったように有奏が前へ出る。

「目の前で殺されそうになってる人がいるのに、敵も味方も関係ないでしょ! このまま見殺しにしろっていうの?」

 未莉澄や有奏は、莉子に敵意を向ける。その姿勢を見た他の面々も、戦闘態勢に入った。星那を簡単に殺せないと判断した莉子は、やむを得ずホープスの人々にも攻撃を加える決意をした。

(アネス様。申し訳ありません。これも命令を確実に実現するため……!)

 莉子は大きく息を吐くと、レーザーソードを左に持ち替えて素早く蔦を切り、そしてものすごい速さで星那を庇っている有奏の方へと向かった。

 すると、るるがその前に行き、目の前でバリアのようなものを展開させた。レーザーソードとぶつかり、莉子は破壊を試みる。しかし、バリアはかなり頑丈のようで、一度体勢を整えるためにそのまま後方へ戻った。

「花風るるのアビリティ『守備』。バリアを張り中の人を守る力。聞いてはいました。しかし……かなり厄介です」

 打開策を見つけようと莉子が頭の中で模索していると、有奏が拳を前に突き上げた。

「よし、次はこっちから行くよ! 菫、やっちゃって!」

「任せて」

 菫が地面から天井に向けて腕を振り上げると、それに合わせて細い蔦が生えてくる。そのやり方は未莉澄と全く同じだったが、未莉澄が出現させたものよりもかなり細く、そして可動域も短めだった。細い蔦は莉子に当たったように見えたが、一瞬にして躱されていた。

「紫鏡菫のアビリティ『演技』。出会った生物の姿形からアビリティまでコピーする力。ですが所詮は劣化版。そこまで多くのレパートリーも威力も無いと見ました」

 再び莉子が動き出すものの、させるかと言わんばかりに未莉澄が用意していた蔦が足を捕えて動けなくした──はずだったが、何故かすぐに外されていた。否、時間が巻き戻されたかのように、莉子が地面から離れた瞬間に再び足元に蔦が現れた。

 しかし蔦が莉子を捉えられるはずもなく、そのまま星那へ一直線にレーザーソードを振り下ろした。星那は咄嗟の事で焦り、足がすくんで逃避を使う機会を逃してしまったが、有奏が瞬時に出した鉄の板により攻撃を何とか防ぐ事ができた。

「さっき確かに蔦が捕らえたのを見たのに、どうしてすぐに外れたんだろう……」

 凛花は確かに見たはずだった。莉子が一瞬だけ身動きが取れなかったのを。しかし、莉子はいつの間にか頭上に移動していたのだ。

 その後、何度も蔦での拘束や攻撃を仕掛けようとしても、一向に莉子の身体に触れられなかった。莉子の周りだけ、時間の感覚がおかしいようにも感じる。アビリティを解除できる葵でさえ、莉子に近づくことを許されなかった。

「やっぱりおかしい。莉子が何かのアビリティを使ってるとしか思えないよ」

「でも、何度見ても分かんないよ?」

「……ボクだって、何度か近くで見てるけど分からない」

 莉子の対処をしようとしても、莉子のアビリティが分からなければ対処のしようがなかった。しかし、その答えを知っていた人はすぐ近くにいた。

「……『巻き戻し』……」

「え?」

「リコのアビリティは、『巻き戻し』だよ。時間を数秒だけ巻き戻す事ができるの。だから、何度かは捕まえる事に成功してるけど、その成功パターンを把握して時間を巻き戻して、同じ結末にならないようにしているの」

 星那は莉子の目を真っ直ぐ見つめながら、そう呟いた。対する莉子は、自分のアビリティをバラされる事は想定内だったようで、特に動揺すること無く星那を睨んでいた。

「つまり、私達には為す術がないって事!?」

 有奏はどうしたら莉子に勝てるのか、作戦が全く思い付かずに戸惑いの声を上げる。そうしている間にも、莉子は星那を狙って攻撃を繰り返している。葵もアビリティの解除を試みようと、フライ返しを片手に何度も近づいてはいるが、そもそも葵が近寄れないように時間を巻き戻されているため、完全に詰んでいる状況だった。

 万事休す。そう思っていた、その時。

「……待って。僕にいい考えがある。葵と星那も協力してくれる?」

 菫に突然指名されて戸惑っていた二人だったが、状況が状況なので、急いで菫の元へと走って行く。

「少しだけ注意を引きつけておいて、お願い」

 菫に言われるがまま、残りのメンバーで莉子を止めるために奮闘した。しかし、アビリティがあまりにも強すぎるために、指一本も触れられない。

「この程度ですか。ワタシに逆らわずすぐに差し出してくれたら良かったものを」

 莉子は今すぐにでも星那を処分したいのだが、るるによって完全に守られているため近寄れない。対して、メンバー達は突破口が見つからず、体力も限界が来そうで肩で息をしている。

「どうすんの。ホントにピンチだけど」

「そうは言っても、私達じゃこのくらいが限界だよ〜……!」

 戦いが得意ではないため、遠くで見守っていたろろでさえも、突破口を見つける事はできなかった。有奏もできる範囲でアビリティを使い、上からタライを落としたり後ろから鉄の板で殴りかかったりしたが、全て躱されてしまった。

「……」

「……?」

 その一方で、未莉澄はずっと一点を見つめ、そして時折睨んでいた。その行動の意図が分からないるるは、横目で見ながらも疑問を浮かべた。

「ワタシの目的は現実星那を処分する事。貴方がたに構っている暇などないのですが」

「でも、星那は絶対に私達が守ってみせるから!」

 有奏はそう言って、莉子を睨みつけた。対する莉子は相手にすらしていない様子で、軽くため息をついた。

「……無駄な事を」

 莉子はレーザーソードを構え、あろう事か凛花目掛けて突進してきた。まずい、と逃げようとした瞬間、莉子と一瞬だけ目が合った。すると、ほんの少しだけ時間が止まり、その間に凛花の脳内に何かが流れてきた。

『ワタシが約束を、時間を守らなかったから……』

(……え?)

 しかし考えている暇もなく、いつの間にか莉子が目の前まで迫ってきていた。逃げ遅れた。そう思った瞬間、大きな蔦が凛花と莉子の間に割って入り、逃げるように二人は後ずさった。間一髪、未莉澄に助けられたのだ。

「ありがとう、未莉澄」

 凛花はお礼を言うが、未莉澄からの返答はなかった。少し不審に思いながらも、莉子の攻撃が止まるわけではないためすぐにそちらへ意識を向けた。

 そろそろ限界だと思った時、菫達の作戦会議が終わったようで、凛花達の前に立ちふさがった。すると、星那が思いっきり莉子の前へ近づき、そしてすぐに離れた。莉子にはその意図が分からなかったが、星那が周りから離れた今がチャンスだと考え、すぐにレーザーソードを構えながら追いかけた。

 莉子が斬りかかっても、星那は逃避を使い上手く避けている。今のうちはそのままでもいいかもしれないが、莉子に巻き戻しされたら逃避すらも無かったことにされてしまう。

 しかし、恐れた事がやって来てしまい、星那はすぐに追い詰められた。今度こそダメだ、と思ったその時。

「ど〜したのリコ、“スミレを必死に追いかけて”」

 なんとその背後に、“もう一人の星那”がいた。莉子が驚き、追い詰めた方の星那を見るが、そこにいたのは紛れもなく菫の姿だった。

「なっ……どうなって……!? 確かにワタシは……!」

 状況が呑み込めず、動揺する莉子だったが、すぐに立て直して本物の星那の方へ急ぐ。しかし、既に菫が出した細い蔦が莉子の足を何重にも絡めていて、身動きが取れない状況になっていた。

「……!? 巻き戻しができない……どうして……っ……まさか……!」

「そのまさかだよ」

 先程まで後方に待機していた葵が、莉子の目の前で右手を翳していた。即ち、莉子のアビリティを『解除』していた。

「ふふっ。僕のアビリティが、出会った生物の“姿形からアビリティまで”コピーする力だって、さっきちゃんと分かっていたのにね」

 菫は莉子を遠目で見ながら、にやりと不敵に微笑んだ。莉子は悔しそうに唇を噛み、菫を睨みつけた。

「不覚でした……易々と追い詰められたり煽るような事をしたりしていた時点で疑うべきでした」

 菫は『演技』を使って星那そっくりに姿を変え、莉子の前へ立ちはだかった。注意がそちらに行った隙に、葵と星那は莉子の視界にギリギリ入らない所を、上手く行き来していた。菫はアビリティの力で逃避が使えたため、それが莉子にバレる事がなかった。そうして星那に扮した菫と莉子が追いかけっこを始め、菫が追い詰められる所までも想定内だった。そして莉子の背後に本物の星那を立たせ、そちらへ振り向いた瞬間に菫は姿を戻し、莉子が動揺した隙に菫が蔦を、葵が『解除』を使ったのだ。

「……っ……しかしアネス様に命じられた事を実行しなければ……ワタシは……!」

 莉子はアビリティを封じられても尚、アネスの命令を実行すべく抵抗を続けていた。

「さて、有奏。莉子はどうするの?」

 今回の出来事は、アンハピネスの身内同士の争いではあった。しかし、だからと言って星那の命を狙うなどと誰が思っただろうか。結果的にホープスも巻き込まれ、被害こそ無かったものの、皆かなり体力を使い果たしていた。それなりの罰は必要だろう。

「莉子に対しては……」

 有奏が判断を下そうとしたその時。

「おい逃げろ! 今すぐに!」

「!?」

 るるの声が聞こえた瞬間、莉子目掛けて何かが飛び出してきた。間一髪の所で菫が莉子の足元の蔦を外したため、それが当たる事はなかった。

 凛花が確認してみると、飛び出してきていたのはかなり大きな蔦だった。

「なんで急に、こんなもの……が……」

 伸びた蔦を目で辿った先の中心にいたのは、両目を緑色に光らせ、敵意を剥き出しにした未莉澄の姿だった。

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