4 ホープスと不審者の正体
アジトに戻り、梯子を降りようとすると、何故か凄く騒がしかった。凛花達が顔を見合わせ、恐る恐る広間に戻ると、中々カオスな状況になっていた。
「だから、市販の卵がちょっと割れてるのは、中にいるヒヨコが『今がその時だ!』って思って殻破ろうとしたけど、途中で飽きて『やっぱやーめた』ってなったからなんだよ」
「んなわけないだろ。嘘教えんじゃねえよ、クソ植物」
「はいはーい、料理できたから運んで〜! 歓迎会やるんだから、手伝って!」
「もちろんです。あ、ジュースも持っていかなくちゃですよね。ついでに持っていっちゃいますね」
知らない人達──恐らくホープスのメンバーなのだろう──が、騒がしくしながら何かの準備をしていた。一部、変な雑談(?)をしていたが。
「皆、何してるの?」
有奏がそう聞くと、青い瞳と髪をした女の人がキッチンから顔を出す。ライトグリーンのセーターを着ていて気軽そうだが、きっちり上までボタンがとまっている。
「歓迎会だよ! 実はこっそり話を聞いてたんだけど、新メンバーが増えるんでしょ?」
どうやら、凛花の事は既に行き渡っていたらしい。凛花の方をちらりと見ると、パッと勢いよく手を挙げる。
「そうだ! 自己紹介しなきゃだよね! 皆、集合〜!」
こうして、ホープスメンバーによる自己紹介タイムが始まった。明るく元気な印象を受ける女の人は、ぴょこんと青色のアホ毛を揺らしてハキハキと喋り出す。
「うちは
葵はにこりと笑うと、凛花の手を取って握手(半ば強制)した。葵に続いて、残りの五人も次々と喋る。
「んじゃ次俺。俺は
黒髪に灰色っぽいメッシュの入った女の人は、よろしく、と言いながら軽く手を上げた。青と緑のオッドアイが特徴的だったが、周りと比べると服装は平坦で、現世にありそうな黒パーカーを着用していて、チャックは完全に開いて中の白いTシャツが見えていた。片っぽの手は、ポケットにしまいっぱなしだった。
「それでは、次はワタクシ達が失礼しますね。
黄色の上着を羽織り、中のシャツは第一ボタンまでしっかりとめられている。動きに合わせて、ピンク色のフレアスカートがふわりと揺れた。水色の長い髪は、左に纏めて結んである。
「紹介するならちゃんとして。……はぁ。ボクは花風るる。……よろしく」
紺色の上着の中にはシャツとセーターを着ているが、ろろと違って第一ボタンは開いている。対照的に、黒いズボンはピシッと決まっていた。
双子の姉弟のろろとるるは、どちらも水色の髪をしている。ろろは右目、るるは左目が髪で隠れている状態だった。ろろの黄色い瞳は友好的だが、るるの茶色の瞳は敵対的で、あまり歓迎されていないように思われた。
二人の自己紹介で一周回ったが、凛花自身が自己紹介してない事を思い出し、改めて話をした。
「ホープスのメンバーって、ここにいる人達で全員なの? 意外と少ないね」
「ううん、他にも一人いるよ。見回り中で、今はいないんだ」
見回りという事は、恐らく不審者がいないか確認してくれているのだろう。有奏以外にも、しっかりとしたメンバーはいるようだ。
一通り終わった後、何事も無かったように歓迎会の準備が進められた。葵やろろはちゃんと準備をしているが、未莉澄は先程と同じように、るるに変な話を続けている。
「……というか、不審者がいるかもしれない状況で、よく平然としてられるね……?」
「最初は私も慌ててたんだけど、様子を見に来たら葵の勘違いっぽくて」
「むぅ、勘違いじゃないって。絶対誰かいた!」
「葵を信じていないわけじゃないけど、誰も被害受けてないんだし大丈夫だよ!」
葵は腑に落ちない様子でムッとしていて、ろろが機嫌を取ろうと宥めている。納得はしていないみたいだが、葵は料理の続きをするためにキッチンへ戻った。
しばらくするとだんだん騒がしくなっていて、声のする方をちらりと見ると、未莉澄が割と本気でるるに首を絞められかけていた。有奏達もその状況を見て、少なからず呆れてはいる様子だった。
「あー……これはもうダメかな。るるは未莉澄が苦手……というか、嫌いみたいで。どうしてかは分からないけどね。でもさすがにうるさすぎるから、止めるね!」
そう言うなり、有奏は金属の桶を未莉澄の頭上に出現させ、思いっきり落とした。
「ぎゃんっ!?」
桶が頭にダイレクトヒットした未莉澄は、そのまま気絶して動かなくなった。るるは暴れなくなった未莉澄を床に投げ捨て、何事も無かったように料理を運び始めた。
「……え、今何が起きたの?」
「びっくりした? 今のは私のアビリティだよ!」
有奏はえっへん、と誇らしげだ。
「私のアビリティ、その名も『
指さした先には、伸びている未莉澄の近くにある桶が転がっている。
「こんな所で使っていいのそれ……」
「大丈夫大丈夫! むしろこういう場面でしか使えないし。これ、想像力が豊かじゃないと色々生み出せないから」
こんな形でアビリティを見たくなかったが、そういえばさっきアネスと戦ってた時に色々出していた気がする。あれは有奏のアビリティが生み出したものだったのか。
唖然としていたらいつの間にか準備が進んでいて、机には豪華な料理がたくさん並んでいた。フライドポテトから野菜炒め、ケーキまで用意されているが、全て葵が作っているのだからかなりの技術だ。有奏はうんうんと頷き、周りに集まるよう呼びかけた。その声で、死んでいた未莉澄も生き返った。
「よーし、完璧だね! それじゃあ、歓迎会始めよっか!」
「え、でも不審者いるかもしれないんじゃ……」
「大丈夫だよ! 結局誰もいなかったんだし!」
呑気か。思わずそう突っ込みたくなったが、凛花はギリギリ抑えた。有奏に席に座るように促されたため、凛花はソファの方へ移動しようとした、その時。
凛花はどこからか気配を感じ、咄嗟に振り向いた。しかし、後ろを振り返っても誰もいない。疑問に思った凛花が、気配のする方へ近づいて行った。
「……? どうしたの? 凛花」
有奏が声をかけるも、凛花はどんどんソファから離れていく。他のメンバー達も、凛花の行動を不思議そうに見ている。そして梯子の近くまで行くと、凛花の目の前に人影が姿を現した。
「うわっ、誰!?」
「え!? なんで見えてるの!?」
緑の長い髪をした女の人は、ピンク色の目を丸くして凛花を見た。先程までいなかったとは思えない程、オレンジ色の特徴的なパーカーがその存在を主張している。
「わたしちゃんと『ステルス』スキルで見えなくしたはずなのに! どうして勝手に解除されたの!? あなたが近づいてきただけで、どうして!?」
「スキルって事は……もしかして、勝手にスキルケシが発動して……?」
「す、スキルケシ!? うぐ、敵うわけなかった……ホープスの人達、いつの間にこんな強い人を……」
その人はがくりと肩を落とすと、あからさまに落ち込んだ様子を見せた。
「不審者が姿を消してたら、そりゃあ誰も気づかないよね……でも、よく凛花は見つけられたね?」
「勝手にスキルが発動してたっぽくて。……そういえば詳細教えてなかった。後で教えるから、制御のやり方教えて」
凛花の言葉に、有奏は頷いた。そして、ちらりと不審者の正体であろう女の人を見た。
「それで……この子はどうするの?」
葵は、どうしていいか分からずに困惑している様子の女の人を指さして問いかける。有奏が即、「とりあえず捕獲!」と言ったので、総出で拘束を試みた。
しかしその瞬間、その人は凄い速さで身をかわし、いつの間にか梯子の上に移動していた。一同が驚いていると、凛花達に向けて堂々と宣言をした。
「わたしは
そう言うと、星那はアジトを飛び出して行った。逃げられてたまるか、と有奏がすぐに梯子を登って行き、それに続いて他のメンバー達も外に出て行った。凛花が呆然と見上げていると、「凛花も早く来て!」と有奏に呼ばれたため、慌てて梯子を登った。
外に出てからは、ホープスと星那の攻防戦(追いかけっことも言う)が始まった。追い詰めたと思っても、あと少しの所で必ず躱されてしまう。四方から囲んでも何故かすぐにいなくなっていて、気がつけば背後にいるなんて事もある。
「はぁ、はぁ……ど、どうなってるの、これ……」
「今度こそって思ったのに!」
ふふん、と堂々としながら、「何したって無駄だよ!」とドヤ顔を見せる。
「言ったでしょ? わたしはどんな状況からでも逃げられるんだから」
星那は息を切らしている凛花や有奏を見ながら余裕そうにしている。その様子やこれまでの状況を見て、有奏や未莉澄が何かに気づいたらしく、何も分かっていない葵を無理矢理隅の方に引っ張って、ひそひそと話し合いを始めた。
「星那の能力はもしかしたら……」
「なるほど、それならうちが……」
「んで、最終的に俺が……」
その間にも、凛花は星那を捕まえようと、あの手この手で追いかけてみる。もちろん、全て躱されてしまったが。
作戦会議を終えると、凛花と有奏が星那を追いかける。当然のように星那は身を翻して二人から逃げる。その先にろろとるるがいて、再び捕まえようとするもやはり躱される。
そして、星那の目の前に葵が現れた時、同じように躱そうとするも葵が両手を翳した瞬間、“逃避”に失敗した星那はその場に倒れ込んだ。すかさず未莉澄が地面から細長い蔦を伸ばし、星那を完全に拘束した。
「なんで、どうして!? スキル以外は消せないはずでしょ!」
「貴方、アネスから聞いてないの? 葵は『解除』のアビリティ持ちだって事」
「あ……」
葵のアビリティは『解除』。その効果は、葵の一定距離内にいる人のアビリティを文字通り解除し、使えなくする。星那がアビリティを使って回避している事を悟った有奏達が、葵のアビリティで無効化して捕まえるという作戦を取った結果、見事に成功した。
「それで、星那ちゃんのアビリティは何だったの?」
「そんなの言う訳ないでしょ!」
葵の問いかけに、星那はふんっと顔を背けた。だが、有奏は粗方見当が付いているようで、星那の前に来て指を指した。
「星那のアビリティは『逃避』でしょ? どんな状況からでも絶対に逃げられる、つまり回避出来るんじゃない?」
「なっ!」
有奏の推測は正解だったらしい。星那は分かりやすく動揺していた。
「なるほど。道理で捕まらない訳だよね……」
星那はさすがに観念したらしく、項垂れている。不審者事件は解決したが、凛花にはもう一つ聞きたいことがあった。
「……ところで、未莉澄のそれは何なの?」
「ん? ひゅみりすの? ああ、この蔦の事? 俺のアビリティ『植物』で出しただけだよ」
詳しく聞くと、未莉澄は『植物』のアビリティによって、蔦を地面から出したり操ったりできるらしい。わざわざそれで出した蔦で、星那を捕まえたようだ。
……あれ、そういえば、何かを忘れているような……?
そう思っていた矢先、葵が絶叫にも近い声で叫び出した。
「……あーーーーー!!」
「うるっさ……いきなり何」
「葵、急にどうしたの?」
「歓迎会!! 料理が冷めちゃうじゃん!!」
葵はそう言うなり、光の速さの如く小屋の中に戻って行った。一同が唖然としていると、小屋の中から「皆も早く来てよ!!」という声が聞こえてきた。
皆は顔を見合わせると、やれやれという顔をしつつも急いで小屋に戻る。星那の事情聴取も兼ねるため、蔦を解いて一緒に中に入った。
一連の出来事を見ると、アネスはホープスの様子を見ていた空間を消してため息をついた。しかし、アネスの中では星那が失敗する事は想定の範囲内だった。
ちらりと視線を向けた先には、黄緑色の目がギラりと光っている。
「お前に現実星那の“処分”を命じよう」
アネスの命令を受け、人影がゆらりと動く。
「お任せを。この
その言葉を聞き、アネスはニヤリと微笑んだ。
「要らない駒は処分する。僕は最初にそう言ったはずだ。どんな形でも構わない。必ず殺れ」
「分かりました」
莉子は頭を下げると、すぐに去っていった。アネスは再び空間を開き、星那の様子を伺っていた。
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