3 お仕え天使

 凛花達はお仕え天使のいる場所へ移動した。そこは小さな教会のような場所で、周りは見た事ない花で囲まれていた。有奏は勢い良く扉を開け、大きな声で呼びかけた。

「セブン! ナイン! いるー?」

 その呼びかけに、奥にいた二つの人影が動じることなく返事をした。

「有奏。大きな声で呼ばなくても、私達は常にここにいます」

「来る度に忠告しているはずなのですが」

 二人は灰色の髪とピンクと水色の混じった瞳で真っ直ぐにこちらを見ていた。白を基調としたデザインの衣装を纏っていて、天使と呼ばれるだけあって、それらしい雰囲気を醸し出している。しかし、一般的な天使と違い、後ろに羽や頭に輪っか等はなかった。そして、どっちがどっちなのか分からないくらいそっくりな顔をしていた。

「てへっ、つい☆ でも今回はちゃんと用事があって来たんだよー? 今時間はある?」

「はい。一時間程で宜しければ」

「一時間を超えると忙しくなります」

「全然大丈夫! ありがとう!」

 中に入って周りを見ると、どこにでもありそうな教会の光景が広がっていた。両サイドには五列程の長椅子が、一定の感覚を空けて並べられていた。窓はステンドグラスのようで、光が入るときらきらと床が色んな色に染まっている。奥まで進むと、白い布がかかった横長の机の傍に二人が立っていた。机の奥には誰かを象った小さな白い像があり、机の前には魔法陣のようなものが描かれていた。

「そちらの方は……私達が導いた記憶はありませんね」

「うん。橘凛花って子で、例外だよ!」

「でしたら、僕達の事やここを知らなくて当然でしょう」

 二人は凛花の前に立って軽く会釈をした。

「私はセブン。過去や秘められた願望を見つけ出す役割を与えられています」

「僕はナイン。セブンが導き出した過去や願望から能力を授ける役割を与えられています」

「見分け方ですが、前髪が右に多く流れているのが私、左がナインと覚えておくと良いでしょう」

「分からなければ、貴方から見て左にいるのがセブン、右にいるのが僕と覚えておくと良いです。この位置だけは絶対に変わりませんので」

 セブンとナインは話し終えると、再び会釈をした。凛花もつられてお辞儀をすると、有奏が補足説明を始める。

「ここは白羽しろはね教会きょうかいって場所で、さっき言ってたお仕え天使っていうのがこの二人の事ね。死者は最初、必ずここに呼び出されるんだよ。ほら、下に魔法陣があるでしょ? あそこから来るの」

 なるほど、魔法陣がある理由はそういうことか。

「でも、ここに来られるのは六から十八歳の人だけ。一番未練が残りやすいからっていうのはさっきも言ったけど、詳しくはよく分からないんだよね」

 有奏の話に凛花が感心していると、有奏は続いてお仕え天使達の方を向いて話を進める。

「それで話に戻るけど、ここに来た理由は、凛花に何かを授けてあげられないかなって思ったからなんだけど」

 有奏がそう言うと、二人は予想通りだとでもいうような表情をした。

「大方見当はついていました。スキルだけでしょうが、試してはみましょう」

「こういった事例は、過去にもありましたからね」

 セブンが凛花の方を向くと、右手をかざして目を閉じる。瞬間、何かが凛花の中で流れてきたような感覚に襲われ、思わず目を瞑る。今まで体験してきた事がダイジェストのように流れ、そして不意に途切れた。

 先程までの感覚がなくなり、ゆっくり目を開ける。すると、セブンはビー玉サイズの何かを右手に持っていた。

「こちらには、凛花が現世で体験した全ての出来事が詰まっています。これを元に、ナインが能力を授けるのです」

 セブンはそれをナインに渡すと、今度はナインが左手にそれを持ち、握ったまま凛花の前に手を差し出した。しばらくそのままにしていると、再び凛花の中で何かが流れる感覚がする。しかし、さっき程ではなかった。

「……これは……」

 ナインが何かを呟いたような気がしたが、凛花はうまく聞き取れなかった。ナインは既に手を元の位置に戻している。いつの間にか、ビー玉のような何かはナインの手元からなくなっていた。

「信じ難い事実が発覚しました」

 ナインは凛花の方を見ると、「少しお時間を頂けますか?」と聞いてくる。有奏達の方を見て目で確認すると、有奏は大丈夫だと言わんばかりに頷いた。何を話すのだろう、と思っていると、有奏が不意に「えぇ!?」と声を出す。

「え、急に何?」

「ああごめん。なんか、アジトの方で不審者が出たみたいで。凛花はここに居ていいよ! 後で連絡するから!」

 そう言うと、有奏は高速で教会を出て行った。その様子を見たお仕え天使達が呆れていると、代わりに詳しい事を説明してくれた。

「連絡というのは、『テレパス』という脳内で会話できるスキルの事です」

「持っている側が持っていない側に連絡をすれば、テレパスを持っていなくても話が出来るようになります」

 そういうスキルがあるんだ、と凛花は感心する。現世でいう所のスマホとかの類で、その脳内版みたいな感じかな?

「きっと後で、有奏から脳内にメッセージが送られてくると思います。その時はお知らせください」

 セブンとナインはそう言うと、「ではお話させて頂きます」と何事も無かったように話を始めた。

「信じ難い事実というのは、凛花は既にスキルを所持していたという事です」

「既にスキルを所持……?」

「はい。それもかなり強力なもので、『ハンゲン』と『スキルケシ』です」

 『ハンゲン』と『スキルケシ』。後者の方は何となく分かる気がするが、前者はどういう事なのかよく分からない。

「スキルの詳細については、私から説明しましょう」

 セブンがそう言うので、凛花もセブンの方を向く。

「まず『ハンゲン』についてですが、こちらは自身が受ける悪い効果を“半減”するものです。まだ何かしらの攻撃を受けた事がないでしょうから実感が湧かないかもしれませんが、これからこのスキルに助けられる場面が多々あると思われます」

 さすが異世界と言った所か。やっぱり争いとかあるんだ、なんて思ったが、有奏とアネスが敵同士だった事を思い出した。

「そして『スキルケシ』。こちらは文字通り、“スキルの効果を打ち消す”ものです。種類にもよりますが、殆どのスキルに効果があります。もちろん、打ち消せないものも存在します」

 どうやら凛花は、かなり良さそうなスキルを持っていたらしい。どうして最初からあったのかは不明だが、異世界で死んで二度と帰れなくなるよりはマシだと考えたら、そんな事はどうでも良かった。

「そしてこれは、有奏や他の人にも言わないで欲しい事なのですが……」

 ナインがそう言うと、少し辺りを気にしながら口を開いた。

「凛花は、アビリティともスキルとも違う、特殊な能力があります」

 その後、すこし間を空けてから凛花に尋ねるように話した。

「その前に一つ聞きたいのですが、凛花はここに来る前、神と名乗る人に会いましたか?」

「え?」

 神と名乗る人。心当たりはあるが、言うなと言われているから不用意にはいとは言えない。

(でも、どうしてその事を……?)

 そのまま黙っていると、神に会ったと見なされたのか、それとも例外だから会っているだろうと確信したのか、ナインは話を続けた。

「言わないで欲しい、と言われたのでしょう? だから何も言わない。それが正解です。ご安心下さい、僕達は神の知り合いのようなものです」

 ここまで話してから、セブンが少し驚いた表情でナインを見ていることに気づく。

「ナイン、どうして凛花に神の事を……」

「セブン、凛花ならきっと……」

「……なるほど」

 セブンとナインは顔を見合わせ、何やら話をしている。二人は話し終えると、凛花の方に向き直った。

「恐らく、スキルは神が付けてくれたものでしょう。しかし、もう一つの特殊な能力については私達には分かりません」

「結論から話しますと、凛花は『過去を見据える目』という力を持っています」

「『過去を見据える目』……?」

 ナインから聞かされた能力の詳細は、名前から分かるようで分からなかった。

「こちらの能力ですが、残念ながら例がなく、詳細が私達にも分かりません。ですが、恐らくこの世界の人達の過去……現世で体験した事、前世の記憶に関する事だと思われます」

「前世の記憶……でも、どうして……」

「ここに来る前の過去や境遇を知る事で、解決できる困難があるのかもしれません。いずれにしても、僕達には何も……」

 セブンとナインですら分からないのだから、この力は未知数なのだろう。どういった場面で使えるのか、目的が何かすらも分からないが、何も無いよりはマシだと思えばなんてことは無い。そのうち使い方も分かるはず。

 と、不意に脳内で何かが響き渡る。

『凛花、聞こえる?』

 有奏が、凛花の脳内に語りかけてきた。これがテレパスか、と驚いていると、お仕え天使は話してどうぞと言わんばかりに頷いた。

『有奏? どうしたの?』

『さっきの件だけどね、特に不審者っぽい人は見当たらなかったから大丈夫だよ! 今そっちに向かってるから待ってて!』

『分かった、中で待ってるね』

 テレパスが途切れると、二人に有奏が今から向かって来ると報告した。凛花に伝える事は全て伝え終えたようで、いつ来ても問題は無いとの事だった。

「もし何かありましたら、いつでもお越し下さい」

「できる限りの協力は致しますので」

「ありがとう、セブン、ナイン」

 丁度教会の扉が開き、有奏が姿を現した。凛花達はセブンとナインに改めてお礼を述べると、「それじゃあ戻ろっか!」と教会を出た。

「不審者なんて言うから心配したんだけど、私が行っても誰もいなかったんだよね」

「でもちょっと心配かも。アネスの件もあるし」

「そうなんだよね〜……ちょくちょくこういう嫌がらせしてくるから、ホント困っちゃう」

 ここからアジトまではそう遠くないため、二人は少しだけ早歩きで帰る。帰りがけに狙われる可能性もあるためだ。

 ふと、どこかから視線を感じたような気がして、凛花は立ち止まり辺りを見回した。いきなり止まった凛花に有奏は驚き、振り返る。

「凛花、どうかした?」

「いや……なんか、誰かに見られてるような気がしたんだけど……」

 凛花は辺りの茂みや木々を見るが、それっぽい人影や気配は感じられなかった。

「うーん、考えすぎかも。ごめん、気のせいだったみたい」

「びっくりした〜、警戒するのはいい事だけどね!」

 安全を確認した後、二人は足早にその場を去った。

 その背後に、二人を見つめる人影がある事を知らずに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る