第3話 しっぽの生えた小悪魔

「えっ!ちょっと先輩、えっ!?」


 めっちゃ戸惑ってる。そりゃそうか。


「お前が悪い。手なんか握るから」


「いや、冷たいから暖めて上げようかなって」


「うん。寒い。暖めて」


「待って待って待って!違う!」


「待てない」


 キスしようとしたら、顔を背けて思いっきり拒否られた。悲しい。


「も、もう~!先輩ったら、冗談やめてってば」


「冗談じゃないし。責任、取るから」


 けれど、太ももに手を触れた次の瞬間、思いっきりひっぱたかれた。


「……最低」


 俺が思わず固まった隙に、ドアを開けて出ていく優奈。


「帰る……」


 一瞬真っ白になったけど、慌てて追いかける。


「待て!待って、ごめん。ほんっとごめん。もう絶対何にもしないから車に戻って。危ないから。お願いだから送らせて。こんな時間に女の子一人で歩かせるとかできない」


 必死の懇願が効いたのか、


「……もう、絶対に何にもしない?」


「しない。誓うから」


 そういうと警戒しつつ車に戻ってきた。焦った。危うく前科一犯になるところだった。


「でも、お前も悪い。普通飲んでるから迎えにこいとか言われたら男は期待するから。俺だって期待するから。あと、スカートが短すぎる。太ももがめっちゃ柔らかそうだし、なんかいい匂いするし。おまけに手とか握ってくるし。そりゃ俺の理性も切れるよね?」


 ぶつぶつ言う俺の傍でつーんっと横を向く優奈。なんだこいつ、可愛いな。


「先輩がそんなに理性のない男だなんて思いませんでした。先輩は落ち着いた大人の男性だと思ってたのに。がっかりです」


 ぐふっ。無駄に深すぎる信頼に胸が痛い。


「男はみんな狼なんだよ。もう誰も信頼するな」


「分かりました。もう誰も信頼しません」


 さようなら。俺の恋。次に生まれ変わってきたときは、俺にも可愛い恋人ができますように。


「だいたい……なんですか。責任取るって。最低」


 ん?


「理性をなくして襲い掛かったからその後は仕方なく責任取るなんて、馬鹿にしてます」


「あ、いや、それは別に大した意味じゃなくて」


「はあ?大した意味じゃない?じゃあその場限りの勢いで、やり逃げするってこと?……やっぱり最低……」


「いや、違う。違います。むしろ喜んで責任を取らせてほしいっていうか、いや、その、これを機会に結婚を前提に付き合ってほしいというか……」


「はあ?結婚を前提にって……え!?先輩、もしかして私のこと好きなの!?」


 本気でびっくりする優奈にこっちがびっくりする。


「いや、好きに決まってんじゃん。誰が好きでもない女深夜に迎えに行くかよ」


「そ、そうなんだ……え、先輩優しいから、てっきり誰にでも優しいのかと思ってた」


「お前にだけ優しいんだよ」


 車内に気まずい沈黙が落ちる。


 そうこうしてるうちに優奈のアパートの前についた。


「……ありがとうございます」


「おう」


 ドアを開けようとした優奈に、


「先輩」


 と呼びかけられ、振り向いたらキスされた。


 唇すれすれのほっぺに。


「期待した?」


 くうううううううううう。こいつ!!!


「ん?する?お返しに唇にキスしちゃう?」


「しません。何もしないってさっき約束したから」


 悔しそうに睨みつける俺をみて、ふふんっと優奈が笑う。それはもうとびきり可愛い顔で。


「先輩の意気地なし。今だったら怒らなかったのに。じゃあまた月曜日に」


 この、小悪魔がっ!!!そのとき俺は見えた気がした。優奈のお尻に可愛いハート形のしっぽと黒い羽根が生えるのを。


 ───とりあえず、どっちにしろ今夜は眠れそうにない。送り狼になり損ねた俺は、月に向かってむなしく吠えるのだった。


 おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深夜にめちゃくちゃ片想い中の後輩から「終電逃したから迎えに来て」って電話が来たから迎えに行ったらビンタされた件について しましまにゃんこ @manekinekoxxx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ