044:帰り道の相談


◇◇◇



「あやつ……ラッシュに恋人なぞはおらんのか?故郷に残してきたとか」


 珍しくカルラが俺しかいないところで話しかけて来た。これは本当に珍しい。


 基本的にはラッシュに懐いている(まさに、懐いている、という感じなのだ)ので、ラッシュのいないところで話すのは本当に数回くらいしかない。街道じゃないところを歩いている時に、道の確認や周囲の警戒などで話すくらいだ。


「多分いないと思うぞ。他の街にいたらわからんが、そういう話よりもどこの街の温泉がとか、あそこの街に行きたいとかそういうのばっかりだった気がするが」

「ふうむ……」


 腕を組んで何かしら考えこんでいるが、これはあれか。ラッシュやイームルに、俺はそういう機微にはあまり詳しくない方だと言われるが、さすがに聞かれた内容から察することもある。


「なんだ、あいつと恋人同士になりたいとかそういうのか?」

「ううむ……恋人でもなんでもいいのじゃが……大事にしたいのじゃ」

「大事?」

「うむ」


 さらによくわからなくなった。恋人じゃなくてもいいから大事にしたい?家族みたいなものか?


 カルラもなんとなく中途半端な頷きを残して、宿の部屋へ戻っていく。

 俺は、元々外出して軽食を買ってくるつもりだったので、そのまま宿の外へと向かった。



◇◇◇



「なんでそんなにあいつのこと好きなの?ていうか、結局どこで知り合ったの?ラッシュには内緒にしとくからさ〜、教えてよ!」


 珍しく、カルラと2人だ。これはいっちょ幼馴染のためにも聞いてみるしかない!とずっと気になっていたことを聞いてみる。もちろん、ちゃんとラッシュには内緒にしておくつもりだ。だってそっちの方が面白いからね!


 カルラも目をパチクリさせていたが、わりとするすると教えてくれた。ちょっと話したかったやつだね?これ。


「それはの、ちょっと前のことじゃ。我が戯れに体を小さくしてそこらを飛ぶのを楽しんでおったら、運悪く森で練習しておった魔法使いの卵の魔法にかかってしまって、能力を一時的に封じられての」

「ほほう」


 合いの手を入れてみるけど、やっぱりなにかしらの人じゃないひとだったな!

 カルラの正体はともかく、今は話を一通り聞かなきゃな。


「ほうほうの体で森から出ようとしたら地元の悪ガキどもに見つかってしもうて。ぬかるみで追い詰められていたところを助けてくれたのがあやつじゃ」

「ははあ〜なるほど、そんなことが……」

「しかも持っていた美味しい旬の果物を我にくれての。頭を撫でて逃してくれたのじゃ。そこからあやつを探しておったが、なかなか見つからんでの」


 なるほどねえ、それは思い出せないと思うよ、だって多分姿が全然違うやつじゃんね?

 オレは真面目な顔で聞いているが、ちょっと笑いそうになってしまっている。

 カルラはとっても苦労しました、という顔で力説してくれたが、なんだかこちら側と認識がずれてる感じがするなあ。


「ようやく見つけたのじゃ、今度こそ恩を返さんとな」

「それ、もうぜんぶ言っちゃったらいいのに〜。ラッシュは記憶力はいいけどにぶちんなとこあるから」


 はっきり言わないと多分あいつはわかんないぞ?と思って忠告したんだけど、カルラは逆に照れてしまったらしく、モジモジし始めた。


「あやつに思いだしてもらいたいのじゃ……」

「アッソウデスカア」


 これ、あれじゃない?馬に蹴られるやつじゃない???



◇◇◇



「あ〜、この温泉の旅もこれで最後かあ……」


 風呂はないが清潔でお手頃価格の宿に連泊して、薬草も採取した。ギルドの人に頼んで、納品ついでに手紙を託したら、3日後くらいに返事が来てびっくりしたものだ。


 マルクルが代表で書いててくれたんだが、相変わらず研究にのめりこんでるみたいだ。薬草の採取を冒険者ギルドに一括依頼し始めたので、自分で森まで採りに行って遭難する回数も減ったらしい。よかった、ちょっと安心した。

 研究所全体で各地の薬草の種類を把握することにも手を広げているようで、今回みたいな依頼がいろんなところに出ているらしい。また依頼に出会ったらよろしくと書かれていた。



「長いようで短かったような……いやあっという間だったな?」

「そだねえ〜、一年って早いよねえ」

「統括し始めたけどまだ旅の途中だからな?」

「………………(ぶくぶくぶく)」


 温泉にも入ったし、ギルドでの突発依頼も終えたし、もうあとは山脈の間の比較的マシな道を通って帰るのみだ。

 ちなみに別の秘湯に寄り道するほどの蓄えはすでにないのだった。まっすぐ帰るならギリギリ消耗品買っていけるかな、くらいだ。


 しかもここからの帰り道は山脈の中を通るだけあって、あまり大きな街がなく、仕入れに苦労しそうなのだ。なるべく開けた道を通っていく予定だが、その道中も下手すると魔獣が出るかもしれない。


 元々魔獣は山や森の奥深くにいるものなのだ。

 魔王がいた頃はそこらじゅうにうじゃうじゃ沸いてたらしいが。


 自然に存在している魔素というものが溜まってそれが獣に作用して魔獣となる、と言われているが本当かどうかはわからない。


「まあ、ここからだとまっすぐ帰るだけになるけど……」


 と思っていたんだが、一応イームルとクレッグとカルラにも聞いてみた。


「俺は一応地元に帰る予定ですが……3人はどうする?」

「オレはね〜ちょっとやりたいことができたから、一回家に戻ってから、トレッサに行こうかなって」

「あー、俺も一度家に戻ってくる。騎士団に改めて修練に行こうと思ってるが、家の者と相談したい」


 おっ。イームルとクレッグはまた旅に出る感じか。でも一度はトレヴゼロに帰るんだな。とりあえず、詳しいことはまた帰りに問い詰めよう。

 ちらりとカルラの方を見ると、じっとこちらを見ていた。どうした?



「…………ドラゴンが住む山にある温泉の話を知っておるか?」



「えっなにそれ初めて聞いたくわしく!!」


 自分でもクワッ!と目が見開いたのが分かる。なんだそれすっごいままできいたことないんですけど!?

 思わず一歩前に出てしまったが、カルラは引かずに真っ向からこちらを見ながら話し始める。


「この大陸ほどの大きさのドラゴンはさすがにおらんが、小山ほどあるくらいのサイズのドラゴンはまだこの国に残っておる。知らなんだか?何百年かおきに入る休眠期で、ほとんどのものは眠っておるがの……。そして、火山に棲むドラゴンの寝床の近くにその温泉がある」


 今まで聞いたこともない話がぼんぼん出てくる。どちらかというとそれはおとぎ話の範疇に入るんじゃないか?と興奮した頭の隅で考えている自分がいるが、すぐに興奮に塗りつぶされた。


「……なんでそんな情報を……まさかカルラ……」


 ごくり、と唾を飲み込む。



「もしかしておまえ温泉マニアだったのか……?」



「「「どうしてそうなる???」」」


 総ツッコミをくらってしまった。

 イームル、クレッグ、カルラのそれぞれ呆れ顔が目に入るが、だってそれ以外考えられなくないか???


「何その結論、どうなったのそれ」


 額に手を当て、わざとらしくため息をつくイームルに、俺は至極真面目な態度で答える。


「だってカルラ、ウノにいたしクワートにもいただろ。トレッサだって温泉マニアじゃなければごくごく普通の街だぞ?温泉マニアじゃなければ行く先々で会うことないんじゃないか?」

「おまえみたいな温泉マニアはそうそういないから安心しろ」


 クレッグはがっくり肩を落としながらやはりため息をつく。

 なんでだよ、俺はちょっとだけ嬉しかったりもするんだぞ?だって温泉マニアは確かにそうそういないから……そういう話ができる友人っていいじゃないか……。


 それぞれため息をつく幼馴染2人に並んで、ややぽかんとしているカルラの顔を見て思い出す。


「それよりドラゴンの住む秘湯ってどこにあるんだ!?なあカルラ教えてくれ!!」

「…………ここから山脈を通ってトレヴゼロに戻るなら、途中にその温泉がある。と言ったら?」

「よし行こう、すぐ行こう!!!」


 俺が食いつくと、ニヤリと口の端を持ち上げ笑いながら言うカルラの提案に、一も二もなく俺はノった。


 あーもうみたいな顔しない、そこ2人!

 カルラに乗せられた感はあるが、帰り道にあるならちょっと寄ってくくらいいいだろう?なんせドラゴン温泉だぞ!!

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