043:洞窟の温泉
洞窟の奥にあるとういう幻想的な温泉が、セイールの街の目玉だ。
街から屋根付きの通路に従って歩いていくと、わりとすぐに洞窟に突き当たった。
洞窟の入口に脱衣所も設置してあるが、どうも天然の横穴を少し加工して作ってあるもののようで、いくつか並んだ横穴の前に目隠し用の衝立が置いてあった。衝立はなかなか大きくしっかりしていて、外からは足元が見えるくらいで、使うのに支障はなさそうだ。むしろ誰か入ってるのがすぐわかるので便利かも。
脱衣所の横と温泉の入り口には管理の人が何人かいて、大きめのストーブの周りで椅子に座って本を読んだり雑談をしたりしている。
「すいませーん、温泉入っていいですか?」
「おう、いらっしゃい。今の時間はすいてるよ〜着替えたらそこで軽く汚れを落として軽く入ってくれな!湯着がなけりゃ貸し出しもあるぜ」
管理の人に入湯料を払い、着替えを預ける代わりに鍵をもらう。大きめの鍵付きの行李にまとめて入れておく方式らしい。宿屋にあらかた荷物を置いて来て正解だった。
俺たちはそれぞれ湯着に着替えて洗い場に行くと、ホワッと温かい空気が流れてきた。
うおー!温泉だ!!!
ちなみに、久しぶりにカルラが女性になっている。
この街に入る前に性別を変えたらしいが、防寒用に着膨れてて、さらにフードマントをしっかりかぶっていたので気づかなかった。
宿屋で皆が軽装になって初めて気づいたくらいだ。
「混浴じゃと聞いたぞ。たまにはこっちもよかろう」
「そんな軽く……そういえば湯着持ってるのか?」
「持っておる。これじゃろ」
深めの臙脂色の湯着を取り出し、自慢げに見せてきたので、ひとまず問題ないか、と温泉に向かったのだが。
4人ともそれぞれ湯着に着替えて洗い場で湯をかぶったり、足の汚れや顔、出来るだけ汚れを落とす。かけ流しで、お湯自体が結構流れがあると言う話なので、洗い場も最低限らしいが気になるし。
ふと横のカルラを見ると、女性らしく華奢になっているなと思う。が、思わず俺の口から出たのはもっと身も蓋もない言葉だった。
「相変わらずつるぺただな……」
「ん?なんじゃ、ラッシュは胸がでかい方が好みか?増やせるぞ?」
「は?」
増やす???
しまった失言だったと思って謝ろうとしたら、カルラがおかしなことを言い出した。
「ふん!」
カルラがめずらしく気合を入れて小さく力を込めると、ぼん!と胸が膨らんだ。
イームルもクレッグも目を丸くしている。そりゃあびっくりするよな、皮袋に空気入れて膨らましたみたいに胸が膨らんだら……。
「……カルラ……そういうのは……なんていうか……」
両手で顔を覆い、うつむく俺。ドヤるカルラ。
夢も色気もねえよ!!と思わず心の中で叫んでしまった。
気を取り直して、温泉に浸かる。
今はまだ日があるので、洞窟のどこかから光が差し込んでおり、そこまで暗くない。天井は高く、3階建てくらいの建物が入りそうな広さだ。
お湯が溜まっているところはわりと狭くて、10人くらい入ればいっぱいかな?くらいだ。洞窟の奥の方から流れてきて、また別の方向に流れている途中にある流れのやや緩やかなところ、らしい。
すいてるのは本当で、ほかに温泉に入っている客はおらず俺たちの貸切だったので、遠慮なく適当に入る。立つと太ももあたりまでしか深さがないので、ゆっくり座って肩まで浸かる。
「あっ……あー…………。これだよこれ…………!」
冷えた身体が、やや熱めのお湯に触れてビリビリする。流れがあるという言葉通り、座っていると水の流れを感じる。
身体がお湯に馴染んできて、全身がゆっくりほどけてゆく。はー……最高……。
「あー……やっぱいいねえ……気持ちいいなあ……」
「だいぶ冷えてたなあ、湯がビリビリくる」
「…………」
イームルとクレッグも肩までお湯に浸かって堪能している。寒がりのカルラなんか、鼻の先までお湯の中だ。あ、顔面も浸けた。
その後しばらくみんな無言でお湯を堪能していたが、全身温もったらのぼせる前に一旦お湯から出たり、半身だけ浸かったりと各々調整中だ。
ちょっと気分も緩んで、そういえば聞こうと思ってた話を振ってみる。
「正直、おまえはアイリスと結婚して道場を継ぐのかと思ってたんだけど、こっち着いてきたからびっくりした」
いきなりの話題にクレッグが目をぱちくりさせている。いや、ほらここ新婚旅行客も来るっていうからさ、思い出しちゃって。それに、この街を出たらすぐ故郷に戻る旅程になるのだ。聞くのは今のうちかと思って。
「あー、オレも思ってた。年頃もまあ合うしさ。アイリスはしっかりしてるし性格も基本は悪くないから、あのイキナリバチ切れまで持ってく導火線の短さがなければ、一緒に暮らしてくのは悪くないんじゃないかって」
「いや、その導火線の短さがヤバいんじゃないか……。おまえら、実際にアイリスと結婚とかして暮らしていけると思ってんのか?」
「え、俺はアリですが」
「俺も〜。なんだかんだいってアイリス優しいし」
クレッグから驚愕を込めた目で見られた。そんなにびっくりするか?
俺はたまに抜けてるところがあるから、しっかりしててそういうの言ってくれる人は結構好きだ。
「その従姉というのはおぬしらの故郷におるのか?」
「そうそう、グレッグの従姉でね。クレッグとアイリスの家族は一緒の家に住んでるんだよねー」
「なるほど。おぬしはその従姉とやらは好かんのか?」
「好かんわけじゃない……。家族として嫌ってはいない」
すまんすまん、カルラは会ったことない人の話を振ってしまった。
だけど、こんなのなかなか聞けないしなー。タイミングが合ったからつい。
俺もイームルもカルラも気になるという目でじっとクレッグを見つめると、目を泳がせたクレッグが、はぁー……と大きくため息をついて、肩までお湯に浸かり直す。
じゃぼん、とお湯が揺れた。
「……俺は、正直剣をぶつけ合うライバルとしてしか見たことがない……。あいつとの関係に、従姉である以外に恋愛の機微が入り込む隙間などなかったぞ」
「えー、そうなんだ。そういう好きじゃなかったの?」
「好きか嫌いかで言えば嫌いじゃないが、好きでもなかった。従姉であり、それ以外ではない」
クレッグの主張は一貫している。
試合でやりあって拗れる前は普通に仲良かった気がするんだが、兄弟みたいなものだったか。
「じゃあアイリスが誰かとくっついても祝福できるのか?」
「……そうだな、幸せにはなってほしいと思う。その隣が俺とか想像したことない。ピンとこない」
「そんなもんか……」
「そんなもんだ。だいいち、ずっと一緒に暮らしてたんだぞ?マジで怒らせると怖い姉としてしか見れん」
「あー、そりゃそうか。近すぎて無理だなー」
兄弟のいる俺はなんとなく納得した。恋愛の対象にはならんのだなあ。
「そういうものなのか?」
「まあねー、クレッグとアイリスはそうみたい」
「ヒトの機微は難しいのう」
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