041:ポッコ村で


 声をかけた2人は、確かにユーリカさんの夫と娘さんだった。ひとまず会えたことに喜びつつ。


「ユーリカの夫、レイノルドと言います。最近ようやく足の骨折した部分の固定が外せたのだけど、まだ杖が必要でね……いやはや歳をとると治りが遅くてかなわんよ」


 そういって椅子に腰掛けたレイノルドさんは、膝をポンポンと叩きながら笑っていた。


 ユーリカさんが言っていた通り、ここらへんの村々を往診して回っている時に、雪に隠れていた岩につまずいて骨折してしまったらしい。

 そしてそれが本格的に雪が降る前だったので、移動は諦めて治るまでここの街に逗留することになったそうだ。



 ユーリカさんの様子を伝えるのに、ここではなんだからと2人に紹介してもらった宿屋へと移動した。

 一階でやってる酒場兼食事どころで、雑談がてら俺たちも少し早い夕食を食べることにして、席につく。夕食には早い時間だが、食事はもう出してくれるらしい。


 2割くらいの客入りの店内は、そこまで大きくない音量の会話が、途切れ途切れに聞こえて来る。



「ここはごはんが美味しいしお風呂もあるからオススメなのよ。あなたたちチックエリからきたんでしょう?お風呂あるとこがいいんじゃないかと思って」

「正直ありがたいです!久々に野営続きでもう風呂に入りたくて入りたくて……」

「あはは、だろうねえ。私も往診の護衛のたびに思うからね。チックエリの温泉ですっかり風呂好きになってしまって」


 ポロミアさんが笑いながら言う。ですよね、冷えた身体を温泉で温めてぽっかぽかになる心地よさときたら……!

 本当にこの村に宿屋があって、そして風呂がついててよかった……!


 ちなみにここポッコ村はリッツェルと交流があるらしく、その関係で移住してきた人も多いようで、風呂が充実しているらしい。

 みんな風呂はやっぱ必須なんだな……。



 8人くらい座れそうなテーブルに、俺たち4人とレイノルドさんたち3人(娘さん夫婦が揃った)で向かい合わせに座る。


 ユーリカさんの娘さんはユールさん、その夫はポロミアさん。

 どちらも冒険者で、今はレイノルドさんの往診に護衛でついて来ているそうだ。


 ユールさん夫妻には双子の娘と息子がいるけど、今は寮のある王都の学校に通っているので、両親2人は基本冒険者として飛び回っている感じらしい。


「母は元気でした?いや、多分元気なんだろうけどひとり残してきてるからちょっと心配で」


 ユールさんがちょっと心配そうにユーリカさんのことを尋ねてくる。それに関しては、3人を安心させることができるくらいには元気だったので、そのまま伝えることにする。


「すごいお元気でしたよ!というか俺たちが色々お世話になりっぱなしだったんですよね……」

「冬越えのこともいちからほぼ教えてもらいました。市場やら港やら色々案内してもらったり、保存食のことも」

「彼女は基本的に面倒見がいいからねえ。暇を持て余すよりも、面倒みたい人がいればシャキっとするんだ。この冬、君たちが来てくれてよかったよ、本当に」


 にこにこと笑顔を絶やさないレイノルドさんは、事故で骨折してからユーリカさんを1人で残していることにとても心配していたらしい。


「ユーリカさんはお酒増えてないか、俺はちょっと心配だよ。ひとりだと誰もとめないだろうしさ」


 ポロミアさんが嘆いてたが、一応諌めてはきましたよ……。


 雪が降っている間は怪我してなくても移動も難しいので、様子を聞くこともなかなかできないから、こうして会えて連絡できたよかった。


 話しているうちに、ここの名物の煮込み料理が出てきた。骨付きの牛肉を根菜と煮込んだスープ多めのやつだ。これと黒パン、ビールを俺たちはそれぞれ頼んでいる。

 レイノルドさんたちは帰宅してから食べるということで、お茶、ビール、ビールみたいな感じだ。


 熱々の煮込みは、肉が骨からすぐ外れるくらいにほろほろで、根菜もほくほくして美味しい。思ったより冷えていた身体が温まっていく。

 黒パンも外側はしっかり堅めで、中は意外にももっちりしている。スープに浸して食べるとこれまた美味しい。ここの食堂、当たりだな〜。


「そろそろ雪も落ち着いてきたし、帰る方向で支度はしてるんだけどねえ。まだ北の方は雪が残っているだろう?」

「そうですね、俺たちは途中まで犬ソリに乗ってきたんですけど、ソリが動けるくらいには雪が積もってますねえ」

「あ〜、犬ソリか〜途中までならそれでもいいなあ。アチの街まで行けば乗れるよね?」


 ポロミアさんは犬ソリに乗ったことがあるらしく、そういえば!という感じで身を乗り出してきた。


「はい、オレたちが乗ったソリのおっちゃんもアチまで行くって言ってましたよ!」

「どうする?お父さん」

「そうだなあ、ユーリカさんをあまり待たせるのもだし。犬ソリなら、交渉したらチックエリの近くまで乗せてくれるかもしれないし、いいかもね」


 ふむふむとレイノルドさんとユールさんが相談している。


「君たちはこのあとどうするんだい?」

「一晩ゆっくり休んでセイールに向かいます」


 ビールをグビッと飲んだポロミアさんが聞いてくる。泡がひげになってますよ。


「ほう!セイールか、いいねえ」

「行ったことあるんですか?」


 お、こんなところで現地に行った人が。

 これは情報を仕入れねば。


「ああ、私たち夫婦も行ったことがあるよ。洞窟の中にできた温泉だろう?」

「そうらしいです。俺も行ったことがなくて、楽しみなんですけど、どうでした?」


 ワクワクを抑えきれず、ついずいっと乗り出して聞いてしまうが、ほろ酔いのポロミアさんは気にしたふうでもなく思い出しながら答えてくれた。


「私たちが行ったのは春だったんだが、洞窟は涼しくて温泉は温かくて、最高だったね……」

「夜は温泉の周りに灯りを灯してくれるんだけど、紙の灯籠が幾つも置いてあって、それも幻想的でよかったわねえ……」


 ユールさんがその光景を思い出したのか、うっとりとしたため息をつく。


 夜にそんな演出してくれてるのか。見てみたいな……!まだやってるといいんだが。

 おかわりしたお茶を飲みながら、そういえばレイノルドさんも話に参戦してきた。


「魔物が出てこなくなってからは、あそこは新婚旅行に行く人が多いそうだよ。王都から旅をするなら、あまり雪が積もらなくて行きやすいからね」


「へ、へえ……」

「新婚さんがいっぱい……?」

「ほー、新婚旅行……なるほどね」



 3人とも結婚適齢期である。ちなみに、お相手は全員いない。



「次は洞窟の温泉かの。楽しみじゃのう」


 ひとり余裕のカルラがうっそりと笑った。


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