第六の湯 セイール
040:冬の移動手段
「ぶひゃーーー!!!!はっやい!!」
「うむ、これはなかなか楽しいの!!気に入ったぞ!!」
犬ソリに乗って絶賛移動中です。
まだまだ雪が残っている山沿いからのひらけた土地を、風を切り一直線に突っ切っていく犬とソリ。
8頭の立派な毛皮を持つ狼にも似た犬たちがソリを引っ張ってくれるのだが、今日はいい天気なせいもあり、犬たちのテンションが高い。
テンションが高いとどうなるか。それは。
ソリの速度めちゃくちゃ出る、のである。
「おっっお、っとおおお、こ、こんな早いのか犬ソリって!」
「おお〜、今日は久しぶりに晴れたし張り切っとるからのう」
「なんかいい鍛錬になりそうだ」
ドドドドと揺れながら御者のおっちゃんに問いかけると、そんな答えが返ってきた。やっぱりテンションが高いのか。あと、クレッグはこんなの鍛錬にしないでくれ。めちゃくちゃ振動がくるからわからんでもないが。
しかし、雪の上は隆起が少なめなので速度によっては馬車より揺れなくてけっこう快適なのである。昼を過ぎた頃、少し発散した犬たちがほどほどの速さで走り始めてそれを知った。
「なんか思ったよりも早く着きそうだなあ」
「そうだなあ、兄ちゃん達はポッコの村に行くんだっけか。この調子だと途中から歩いても日が暮れる前に着くぜ」
がはは、と笑いながら御者のおっちゃんが言うが、ほんとにそうなりそうだ。
チックエリから東南方向に向かっていくと、竜の背骨山脈の裾野の村々が点在している。
山脈付近では、降り積もった雪が5月くらいまで残っているらしく、そこでの移動は犬ソリが中心になるのだというのを聞いて、是非とも乗ってみたいと思って前々から調べていたのだ。
実際にチックエリにいる間に詳しい情報を集めて、その村出身だという市場のおっちゃんなどにツテを辿って、チックエリに一番近い村に辿り着き無事こうして犬ソリで移動しているのだった。
犬ソリは単に俺たちを乗せるだけではなく、村からの荷物も積んでいるので、ポッコの村より1つ2つ手前の町までの利用になる。
ポッコ村までは歩いても1時間くらいなので、吹雪く可能性の低い今の時期なら俺たちでも到達できるだろうということで、その町から歩く予定だ。
遠ざかっていく竜の背骨山脈を眺めながら、俺たちは竜のあばら骨山脈を目指す。こちらのルートはここ10年弱で開拓されたもので、途中で分岐して竜の背骨山脈へとつながっていくのだ。
そもそも、魔王が出現したのが竜の背骨山脈の向こうであり、国内で最も気温が低く、氷河が広がる地域なのだが、氷河のため今まで訪れるものがほとんどいなかったので、街道などもなかった。細々と住んでいた人たちが通る獣道のようなものだけだったらしい。
それが、魔王討伐のために街道が整備されたのをきっかけに、街が増えたのだ。
元から住んでいた少数の町や村と繋がり、竜の背骨から連なる山林開拓でだいぶ潤っていると聞くのだが、今回の旅では秘湯情報を得られなかったので残念ながら回らないのだ……っ!
いつか行ってみたいと胸に秘めつつも、ここに寄ると旅程が1年増えてしまうので、涙を飲んで断念した。
なので、今は竜のあばら骨山脈の手前にある、セイールという街を目指している。
セイールの街の奥にあるという洞窟内の温泉が今回の目的地だ。
ポッコ村からはさらに1週間ほど南に向かって歩きで行く予定だが、竜の背骨山脈より暖かいので、この時期にはもう雪が半分くらい溶け始めているらしい。多分山脈のどこかに火山があるのだろうと言われている。
なので温泉も期待できる。山の裾野の洞窟かあ……どんなのだろうなあ。
犬ソリは思ったよりも早く、行程の半分以上をもう踏破していた。
「ほれ、兄ちゃん達あの山見えるか?あれを回ったらもう町への街道が見えてくるぞ」
「えっ早い」
「わ〜!もう着いちゃうんだ……!すっご!!」
「お別れか〜さみしいな!ありがとうね、すっごい早かったよ〜!」
犬が好きなイームルは犬ソリをひいてくれた犬達をなでなでしては別れを惜しんでいる。
街の少し手前、魔道具で街道の道の雪が溶けている付近でソリを降りる。俺たちはこの先の町に寄る予定はなく、このままポッコ村に向けて歩いていくのでここで下ろしてもらったというわけだ。町から行くよりちょっとだけ近いらしい。
「この雪の溶けてる街道沿いにしばらく行くと、標識が埋まっとるはずだからちゃんと見落とさんようにな?」
「はい!」
「またこっち来たら乗ってけよ!兄ちゃん達も気ぃつけてな!」
「おじさんも犬達も!ありがとねー!!」
犬ソリを降りてからは、いつも通りひたすら歩いて野営をして進む。この時期は冬眠明けの獣もいたりするので、なるべく街道沿いに進んで行くぞ。雪が積もってるからって街道に施されてる獣除けの効果薄くなってない?大丈夫???
そんな俺の不安をよそに街道は獣避けが効いていたようで、道中はそこそこ安全に移動できた。
野営所も定期的に街道沿いにあったしな。
街道沿いの野営所は簡単な屋根がついた建物が立てられているところがあるのだが、若干雪の重みで潰れそうになってるのもあった。
ここいらの野営所は基本的に岩山の側にあったので、そういうのを選びつつ進んでいくと、予定通り1週間くらいでポッコ村に到着した。
「あ〜ようやく見えた!あれだよね?」
街よりも規模の小さい集落なので、街壁は低めというか全体的にこじんまりしている。しかしちゃんと門番はいるし、村というよりは町に近いんじゃなかろうか。
遠目に見えてきた街壁を見ながら、俺は僅かな希望を抱いていた。
もしかして、あの規模の集落ならあるんじゃないか?アレが。って風呂のことだよ!
「あ〜、宿屋あったら一泊したいな。そろそろ風呂に入りたい」
「あはは〜わかる〜〜冬はこれがつらいよね……結構汗もかくしさ……」
「身体拭こうにも脱ぐと一気に冷えるしな……」
「まったくじゃ、そこいらぼうぼうに燃やしても寒い」
「いや、そこいらはぼうぼうに燃やさないで」
冬越えの3ヶ月、チックエリに滞在したことですっかり雪の中を歩いたあとは即温泉、というルーチンに浸かってしまったのは俺だけじゃなかったようだ。
そうなんだよ、身体拭こうにも寒いんだよ。
野営の時、焚き火の横でちょっとずつ身体を拭いていたのだが、もう鬱憤がたまるたまる。
川なんかがあれば、カルラもいることだし石を熱して簡易の風呂も作れたんだが、残念なことにここら辺には川は流れていなかった……。もしかしたらあったのかもしれないが、雪に埋もれてみつかるどころの話ではなかった。のだ。
さて、無事入村手続きも終えた俺たちは、とにもかくにも宿屋を探そうということで村の中を散策していた。意外に広いので、市場なんかもありそうだし、あるなら場所だけは知っておきたいしな。
「あ、ユーリカさんぽい人いた」
「え?どこ?」
「あそこの建物。もしかして娘さんじゃない?」
「小柄ではないが、確かに目元や髪が似ている気がする」
「うむ、同じ匂いがするの。娘じゃろう」
何嗅いでんの、カルラ。
イームルの指す先には、杖をついた50代くらいの白髪混じりの金髪のひょろっとした男性と30代くらいの濃いめの金髪を編んでまとめている女性。
「どうする?一応声かけてみる?」
「そうだな、せっかくだし。すいませ〜ん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます