039:そろそろ旅の準備を
寝る前に小さめのノートを取り出す。これまでの旅の記録を少しずつ日記としてつけておいているものだ。毎日つけようと思いつつ、疲れ果てた日なんかはちょっとサボっている。
リッツェルで暮らし始めてからは、夜に余裕があるので毎日続いている感じだ。いつか読み返す日が来るだろうと思って、せっせと書いていて、今2冊めが終わろうとしているのだった。
夜、吹雪の圧が強すぎて寝付けない日なんかにちょっと読み返したりしていたが、結構面白かった。旅に出た最初の頃は、緊張してたのか文章が硬い。
「ははっそういやこんなのあったな〜」
ぺらりぺらりと日記をめくる。たまに思い出したことを追加で書き込む。余裕があれば別の色のインクで。といっても持ってるインクは青か黒だけど。
街道沿いですれ違った人(数が少ないので珍しい)とか、各街で食べた美味しいもの、特産品。そして入った温泉!これに関しては後で別のノートにまとめてもいいかもな。
秘湯と呼ばれる場所の温泉を巡ってきたが、本当に世界にはいろんな温泉があるもんだな……と日記を読み返しながらしみじみしている。
実は旅に持ってこようと思っていたが、途中で無くしたり破損したりしたらショックすぎるし、結構な重さなので泣く泣く実家に置いてきた『世界温泉名鑑百選』に載ってはいるが、実際に行ってみるとだいぶ違うことも結構あったし。
━━━あっそうだ、温泉用の日記をまとめて、あとで『世界温泉名鑑百選』と見比べてもいいな〜。
俺はニマニマしながら、温泉ノートの充実を図る。
ユーリカさんの娘夫婦の家は、部屋数が多くてベッドも人数分あったので各自個室で寝ることになっているので、こんなふうに夜ひとりでニマニマしても大丈夫なのだ。
旅の間は、野営だと1つのテントに雑魚寝だし、宿に泊まる時も節約のため大抵が4人で1部屋だ。個室は大変贅沢なのである。
しかし、この生活ももうすぐ終わりだ。
ここのところ雪の降る日がだいぶ減ってきて、頬にあたる空気も緩んできた。冬から春に近付いてきているのがはっきりとわかるようになってきたので、そろそろ次の街へ出発することになるだろう。
次の街への移動手段が、雪がとける前に乗らないといけないものなので、少し早いが旅に戻るのだ。
明日あたりみんなと相談して、市場に買い出しに行って、ここの部屋の掃除と洗濯もして……。ああ、忙しくなりそうだなあ。
あっ、そうだ温泉にも入らねば。ひとしきり入ったけど、この季節にしか堪能できないお湯は特に念入りに入ろう。
そして眠気が来たので、俺は日記を閉じ、布団に潜りなおして眠りについた。
◇◇◇
さて、あっという間に出発の日が近づいてきた。具体的には明日出発だ。昨日まで雪が降ったりしていたのだが、今日は少し晴れ間が見えてきた。
ユーリカさんや港の人たちに聞くと、風の向きが変わってきたので明日以降は晴れるだろうということで、出発の日を明日に決めたのだ。
ユーリカさんは冒険者の時の習慣で、港の人たちは海に出るのでいつも風向きや天候をチェックしているらしい。俺たちもそういうのを感じ取れるようになってはきたが、さすがに年季が違う。たいてい合っているので天気予報として多いに頼りにさせてもらっている次第だ。
「準備はできたのかい」
「はい、明日には出ようと思います」
「そうかい、まだ雪は残ってるからねえ……気をつけなよ」
そんなわけで今日はユーリカさん宅で食事会である。
広めのリビングのテーブルには魚料理を中心に、所狭しと料理が載っている。
というか明日街を出るので、余計な燃料や食糧を買い込むわけにもいかず、ユーリカさんに料理を依頼したのだ。
料理やらするとゴミも出るしな。せっかく綺麗に掃除したのだ、これ以上汚してまた掃除というのも締まらない。暖炉はさすがに消すとまだ寒いので、そこだけは使わせてもらいつつ。
今日は早めの夕食をいただいて、サクッと風呂に入って寝て、明日早起きして出発することにしている。
「あ、そうだユーリカさん、もし本当に途中でユーリカさんの夫さんと娘さんたちに会ったらなんか伝言しとく?」
「あ〜、そうだねえ……まあ、気をつけて戻りなって言っといておくれ」
「はいはーい」
イームルは相変わらずの調子だ。どの村かは一応後で聞いておこう。もしかしたら寄れるかもしれない。
「ユーリカさんもお気をつけて」
「ああ」
「そうじゃぞ、あまり無理するでないぞ。おぬしの料理は美味かったからの、また来たら食わせるのじゃ」
「はは、ありがとうよ。じゃあ明日は昼用の弁当だけ持たせてやろうかね」
「うむ、それは是非いたたくのじゃ」
クレッグは口数はそんなに多くないのでさらっと。カルラはよほどユーリカさんの料理が気に入ったんだな……すいません、お手数をおかけして……。
でも俺もユーリカさんの料理は気に入っているので、弁当はちょっと嬉しい。ざっくりなんだけどやけに美味いんだよなあ。塩加減だろうか。
「ユーリカさん、何から何までお世話になりました……また会えたらよろしくお願いします!」
「あたしが生きてるうちならね」
ユーリカさんは軽めの酒の入ったコップを口に持っていきながら、ニヤリと笑う。
あっ、そういう感じオズワルド師匠とそっくり!!
「またそういうことを〜、そうですねまた金貯めて……今度は夏がいいなあ」
「そうじゃな。寒い時の露天風呂はいいが、寒いのはいかんな……」
「ふふ、オレもまた来るよ!ここの皆にお世話になったし!」
「そうだな、武者修行は何度してもいい」
「ははは、そうしな。そんときゃ夫も戻ってきてるだろ。紹介するよ」
そうして俺たちはなごやかに食事を終え、予定通り晴天の翌日朝にチックエリを旅立ったのだった。
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