038:冬の過ごし方



 雪が降り積もっている間は、農作業も狩りもなかなかすることがない。

 必然皆建物内に籠ったりしているのだが、晴れた日には日光を浴びに出てくる。今日はこの冬最後くらいの吹雪がおさまって、久々の青空が広がっている。

 う、朝とはいえ雪に反射してすごい眩しいな。


「あ〜……こんなに晴れてるの、久々だなあ」

「ここんとこずーっと降ってたから……うわ、木の上すっごい積もってる」


 今日は皆で森の散策だ。この時期にしかない薬草があるのだという。

 俺たちもこの街でそろえた防寒具を着込み、カルラは内側に毛皮の貼ってある上着やらブーツやらでモコモコになって出てきた。


「カルラ、それ歩けるのか?」

「大丈夫じゃ。この毛皮のやつはぬくい。良いものじゃ」


 防具屋で一番暖かいやつを!!って主張してたもんな……。

 俺たちはカルラほどではないが、それぞれ暖かさを逃さない仕様で、かつ動きやすいものを選んでいる。


 チックエリに着いてから、そろそろ3ヶ月が過ぎようとしていた。

 例年通りなら雪解けまであと1ヶ月ちょいくらいらしい。完全に雪が溶けてしまう前に俺たちは移動する予定だから、そろそろ出発の準備をする頃合になってきたので、今日の散策も身体を動かす練習も兼ねている。

 なんせ3ヶ月の間、満足に歩けていないので、体力が落ちているのだ。

 室内で運動とかもしてたんだが、それも限界があるし、なるべく勘を取り戻したい。


「んじゃ昼前までとりあえず歩きますか〜」


 森に近い東門から出発だ。





「お、発見〜。さすがに森の中は雪が少なめだな」

「ここ葉が落ちない木ばっかりだもんね。そのかわり地面硬い……」


 イームルが雪の積もっていない土をちょっと掘ろうとしていたが、凍っている場所もあるのか、腐葉土が少なめなのかあんまりスコップの先が入っていっていない。


「この辺の薬草、トレッサの研究所に持ってったら売れないかな〜」

「売れるかもだけど、そこまで行くのがまず大変じゃないか?結構遠いぞ」

「まあそうだよねえ〜王都越えなきゃだし」

「船も外海だから無理だしなあ。川とかが繋がってればもしかしたら行けたのかもな」


 最近開拓が進んでいる竜の背骨山脈近辺の森林地帯からは、王都の近くまで川が伸びているので船に乗せて材木がやってくるらしい。


「帰りもトレッサの方は通らないしねえ……あ、ここにもあった」

「む、ここにもあるぞ」

「はいはい」


 カルラはもこもこの代償にしゃがみきれていないので、手近にいた俺が薬草を摘み取る。

 出発したのは二の鐘が鳴ったくらいだったが、そろそろ三の鐘も鳴ってしばらく経つくらいだろうか。


「そろそろ腹減ってきたな……早めに休憩するか?」

「そうだな……やっぱり体力が落ちてるからか、疲労が早い」

「どこで休憩する?あ、あの辺の倒木にしようか」

「む、いいのではないか?雪もないようじゃ」


 少し先に倒木がいくつかあったので、そこに腰を下ろして水分補給とおやつを少し。今日は昼過ぎには街に戻る予定なので、昼食は家で食べる予定だ。


「はー……予想はしてたけど結構疲れたねえ……帰り道大丈夫かな〜」

「まあ少しずつ進むしかないな。なるべく晴れた日は歩きに出よう」

「そうだな……カルラは大丈夫か?」

「我は疲労より寒さの方が大敵じゃ……戻ったら温泉に行くぞ」

「そうだな、温泉は必須だな」


 うむうむと俺もうなずく。動いて少し暖かくなったとはいえ、じっとしているとやはり冷える。戻ったら温泉であっためなければ……。

 この3ヶ月で街中の温泉をほぼ制覇し、お気に入りといえる風呂も大体決まってきた。


「今日は天気も良さそうだし、露天風呂に行きたいな……」

「ああ、いいねえ。明るいうちだと気持ちよさそう」

「いやいやあそこは夜もいいのじゃ」

「そうだな、どっちもいいな……あ、帰りに市場で買いたいものがあるから、家に戻る前に寄ってもいいか」

「甘味か?」

「そうだ」


 しばらく外に出れなかったので、クレッグの甘味も足が早いものは食べきってしまったらしい。確かに、今日なら晴れてるから市場もやってるだろう。なにかしら食料を買い足してこよう。


「俺も茶が欲しいな。寄ろう寄ろう」

「我は屋台があれば肉が食いたいのじゃ」

「俺スープ!あったかいやつ!!」


 それぞれ腹の減る発言をして、午後の予定が決まっていく。

 薬草も思ったより採取できてるので、ぼちぼち街に向かって戻っていくか〜。







「あ〜……最高……しみるわ…………」


 予定通り家に戻って腹を満たしたあと、露天風呂に入りに来ている。

 食事のおかげで多少温もったとはいえ、やはり冷えてたのかお湯に浸かると手足がじんじんする。それがおさまったら、もうあとはじんわりと暖かい湯に包まれて夢見心地だ。


「うむ……この解放感に酒……よいの……」


 カルラはまた酒を持ち込んで呑んでる。今日は雪の中でキンキンに冷やした蒸留酒らしい。透明な酒だが、すこしとろりとしていて……それだいぶ強いやつじゃないか?大丈夫か?

 ……大丈夫そうだな。そういえばカルラはこの中で一番酒が強いのだった。


「イームルは夜に酒場行くんだろう?大丈夫か?」

「だいじょぶだいじょぶ、昨日まで雪降ってたから休んでたし。ちょっと寝てからいくし〜。そうそう、今度ちょっと離れた村に昼間歌いに行くことになったよ」

「おっ仕事ゲットか。いいな」

「ふふふ、駆け出しの吟遊詩人からレベルアップかな!」


 冬の間、外に出ることが叶わない人たちに、イームルの歌と曲は大人気なのである。雪の止んだ明るい日の広場や、しんしんと降り積もる夜の酒場で、引っ張りだこだった。

 何回か付き合ってクレッグとカルラと行ったがなかなかの調子だった。



◇◇◇



〜ある日のイームル興行〜



「あ、どうもどうも駆け出し吟遊詩人のイームルです!今宵もひとときのお楽しみということで……何の話にしましょうかね?昨日は氷河に住む竜の話だったんで、今日は……勇者と魔王の戦いにします?でもここの街、勇者に関しては実物がいたからな〜!ハードル高いよね!」


 ドッと酒場に集まった客が沸く。

 昼過ぎの時間なので、子供も大人も入り混じってパンパンだ。

 イームル曰く広いとこだと声が届かなかったりするから、このくらいがちょうどいいらしい。


「勇者の丘に登ってみたけど、ほんとここは勇者のお話が多くて……感動したよね。すごい、本当に生きてたんだって感じられたんだ。なので、オレの故郷に伝わってる勇者の物語を歌います。ここの人にはもしかしたらちょっと違うって思われるかもしれない。でも多分、いろんな面が人にあるように、勇者にもいろんな面があるんだ。そういうのを感じてくれると嬉しい」



 これを聞いて、なんだか俺は少しジーンとしてしまった。


 イームルの語り口は、素朴でいつも通りなのに、なにかしら惹きつけられるものがあった。続く、俺たちの聴き慣れた勇者の物語も。



 身近であって、遠い遠い人たちの物語。それは雪のようにしんしんと、その場に居合わせた人たちの上に降り積もっていく。

 酒場に詰まった人たちも、手琴から響く弦の音とイームルの少し高い掠れた声が紡ぐ物語に耳を傾けている。


 曲が終わり、余韻を楽しむ人と、熱心な拍手をする人。

 イームルも椅子から立ち上がり、ひとしきり見回してお辞儀をする。


「さてさて、皆さんお時間はまだあるかな?次は明るめの曲にしようと思うんだけど、お付き合いいただけるかな〜!?」


 少ししんみりと染み渡るようなさっきまでの口調から、ガラリと変わってテンションが高めだ。

 すぐさま投げ銭とリクエストが飛び交い、ニッと笑ってイームルが応える。


 そんな感じで、日暮れ前の夕食勢が来るまでの間、イームルは歌い続けた。




 しっかし、下ネタは控えめにしといた方がいいと思うんだよなあ!受けるのはわかるけどさあ!!!昼間なんだからお子さんたちぽかーんとしてるじゃんもお!!!


 俺とクレッグは途中で挟まれる幼馴染の結構な下ネタに酒を噴き出すところだった。カルラは何がウケたのか、大爆笑している。


 後で指導だぞこれは。せめて夜の酒場だけにしとけ〜〜〜〜!!

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