037:酒と料理


 さて、この冬お世話になっているユーリカさんだが、結構人と関わるのが好きらしい。


 魚が揚がってるから取りにいくぞと朝叩き起こされてついていくと、港ですれ違う人たちと挨拶を交わしたり、冗談を言い合ったりしている。街の人たちとも交流があり、市場やなんかでも顔が効く。

 歳を感じさせない力強い笑みと、しっかりした足取りでとても師匠より年上とは思えない。

 そんなユーリカさんと師匠の共通点を見つけてしまった。


 酒だ。


 ユーリカさんは酒癖はそこまで悪くない。せいぜい陽気になって、すこーんと寝てしまうくらいだ。

 だが、酒呑みなのだ。俺が知ってる限りではほぼ毎晩飲んでいる。師匠と同じ……さすが元パーティーメンバー……。

 歳も歳なんだから、休肝日を作ってほしいと思うが、流石にまだそこまで言い出せるほど打ち解けているかというとこう……。雪が降ってからは特に、道路の雪かきなんかで会うついでに、少し話をしたりしている程度なので。


 チックエリで冬越えの生活は、はや2ヶ月が過ぎ去ろうとしている。

 最初の1ヶ月は、ひたすら冬越えのための蓄えを準備することに費やしていた。ひと月終わる頃に雪が降り始めてからは、基本引きこもりである。

 しかし、さすがに引きこもりも続くと暇になってきたので、晴れた日にはぼちぼち狩りに出たりするか……という相談をしつつ、本日はユーリカさん宅に昼飯にお招きいただいております。



「あんた達、酒はいいのかい?」


 ユーリカさん宅のリビングは3人がけくらいの大きめのソファが2つ、1人がけのソファが2つあるので、俺たち4人がいてもゆったりくつろげる。暖炉もいい感じに部屋を暖めており、外の寒さはここにはない。


「あー、飲まないわけじゃないんですけど、そこまで強くないです」

「我は好きじゃぞ、酒」

「オレも〜!でもあったらあるだけ飲んじゃう」

「俺は普通くらいだけど、飲みすぎると動けなくなるしな……」


 昼食はユーリカさんが用意してくれるということで、俺たちは酒と甘味を持ってきたのだ。

 とりあえず乾杯分は飲んで、あとは気が向いたらかな〜。ユーリカさんの呑み相手はさすがにつとまらないぜ……。


「まあ、自分の酒量を分かってるんならいいさ。乾杯くらいはするだろう?」

「もちろん!」

「我は呑むぞ!」

「いただきます」

「俺もほどほどに呑みます」


 各自のコップに酒が注がれ、乾杯だ。

 テーブルの前には豪快に大皿に盛られた手料理が並んでおり、好きなように取って食べる。何度かユーリカさんの手料理はご馳走になっているが、どれもしっかりした味付けで美味しい。

 特にここの名産の魚を使った料理が多彩で、俺は密かに楽しみにしているのだ。


「うまいな〜、魚も色々料理できるんですねえ」

「ああ、この白身の魚にピリッと辛いソースがかかった煮込みなど絶品だな」

「ありがとうよ、ここに並んでるレシピは大半が夫のなんだよ」

「へえ〜!そうなんだ!料理上手な人なんだね!」


 カルラは黙々とテーブルの上の料理を取っては食い取っては食いしている。ユーリカさんの料理が気に入ってるらしく、昼食のお誘いがあった後はそわそわしてたもんな。


「そういやオズワルド師匠と同じパーティーだったんですよね?結構長く組んでたんですか?」

「あ〜、オズワルドとは魔王が出る前に知り合ったのさ。そんときは他何人かとパーティを組んでてね。そうだねえ、魔王が倒された後に私もオズワルドも引退したからそこそこ長かったね」

「あ!じゃあユーリカさんたちは勇者とか会ったことあるの!?」

「勇者かい。何度か会ったよ、子供みたいな男だったねえ。あたしがここに隠居する前だったから、いろんなとこでね」


 ふおー!新たな勇者情報……!ていうかほんと実際にいた人たちなんだなあ……。

 ユーリカさんが会ったことあるなら、師匠も会ったことあるはず。戻ったらちょっと聞いてみよう。


「あの頃は国の中を移動できるのが騎士か冒険者かくらいだし、魔王のおかげで連携取ってて、勇者のために色々支援してたとこも多かったからね」

「あ〜、魔物がウヨウヨいた頃か……騎士も飛び回ってたんだな」

「そうだね。主に市領間の連絡には騎士が動かなきゃならなかったね。魔王が倒されたときはあたしも別なところにいたから、ここの港から出発したところは見れなかったんだけど」


 おお……今でこそ魔物は出てこなくなってきたけど、魔物ウヨウヨ時代とかそんなの想像しただけで嫌だな……。俺とかすぐ死ぬな……。


「しかし、ユーリカさんなんでここで隠居しようと思ったんですか?ここが出身じゃなかったんですよね?」

「ああ……あたしの夫は医者でさ。この街出身だったんだ。ここで病院をやってて、あたしと結婚して子供ができた後もここでずっと暮らしてたのさ」


 な、なるほど……!ユーリカさんではなく夫の方の出身地か!

 いや、結構疑問だったんだよ。なんでこの街なんだって。


「あたしは冒険者をずっとやってたから、子供はほとんどあの人が育てたようなもんでさ。魔王が倒されてあたしが冒険者やめて、じゃあ一緒に隠居するか……ってときに……」


 ふ、と息を吐いたユーリカさんが顔をそらす。


 えっ……ま、まさか……。



「え……な、亡くなったんですか……?そのときに……?」



「いんや?生きてるよ」



「えっ」

「えええええーーーーっっっ!」

「今の流れ完全に死んだやつじゃないですか!!」


 びっくりさせないでくださいよ!!!


「あん?なんだ、あんたら素直だねえ」


 ユーリカさんはくっくっと笑っている。ぐぬぬさすが古株の元冒険者、一筋縄でいかないというか、ひねくれている。

 あ、これ酒も入ってるからだな?

 くそう、今後は師匠と同じように節制をうながしてやる!!


「ははは、生きてるけど今はちょっと遠くの土地に往診に行っててね。それが少し長引きそうだっていうんでしばらくここを留守にしてる。それで秋頃に怪我してらしくてさ。しばらく動けないってんでこの冬はここにいないのさ」

「なんだあ……生きてるならよかった。もう、びっくりさせないでくださいよ」

「いや〜簡単に信じ込んでるから面白くなってね。あんた達の顔ときたら!」


 まだくっくっと笑っている。いやそりゃあ真に迫ってましたからね!


「……まああの人も歳だからね、骨折なんて聞くとあたしもちょっとくらい不安になるもんさ」

「はあ……骨折ですか」

「足をね。まあ娘夫婦が護衛でついてってるから、面倒は見てもらって連絡もいれてもらってるけどね。あたしが乗りこもうにも、1人じゃあさすがに旅は無理だからねえ」

「どのへんなんですか?そこ」

「ああ、ここと王都とセイールって街の真ん中くらいのとこにある村さ。その辺は医者なんてあんまり住んでないから、定期的に巡回してたんだよ」


 あ〜……確かにその辺はあんまり大きな街はなかった気がするなあ。地図にざっくり街道と街の名前が書いてあるんだけど、小さすぎる集落だとそもそも載ってなかったりするのだ。


「雪が解ける頃には足も治ってるだろうから、そうしたら帰ってくるかね」

「なるほど……俺たちと入れ違いくらいですかねえ。出発は雪解けちょい前くらいの予定なんで」

「ああ、あんたたちもセイールの方に行くんだっけか。すれ違いかもしれないねえ」

「途中で会うかもよ〜!そしたらユーリカさんが寂しがってたって言っとくね!」

「あっ?そういうのはいいんだよ!」


 あ、ちょっと照れてら。珍しいその姿に皆ニヤニヤしていたのに反抗してユーリカさんは俺たちのコップに酒をどばっと注いできた。


「余計なこと言ってないであんたたちも呑みな!!!」

「うへへ、は〜い」

「そうだぞ呑め呑め!!」


 なんか便乗して酒を飲まそうとしてくるのがいるが、ほどほどにな!!



◇◇◇



 昨日はたらふく酒とごはんを食べ、気づけば寝てしまっていた俺たちは、日が落ちたくらいに目が覚めてざっと片づけて自宅に戻ったのだが。呑み過ぎてやや頭が痛いのが2名。寝て起きてすっきりして腹へった!が2名。

 何か食いに行くか、買ってくるか相談してたら、ユーリカさんがお粥を持ってきてくれた。


「まだ朝食食べてないなら、これ食いな。ああ……昨日は余計なことでからかって悪かったね。忘れておくれ」

「ん?なんのことです?」


 あ、もしかしてあれか、ユーリカさんの夫が亡くなって……みたいなあれこれ。


「まったく、いい歳して酒が入ると口が軽くなるのを忘れてたよ」

「そんなに気にしてないですし、いいですよ。またごはん食わせてください。それより、ユーリカさんは休肝日を作ってくださいよ。毎日呑んでるでしょ?」

「うっ、そりゃああんた……まあ、ほどほどにしとくよ」

「もー!そういうとこは師匠とそっくりですね!!」



 そっと目を逸らされたぞ!そういうとこは似なくていいんですよ!!


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