036:勇者の丘


 勇者一行は、ここの港から新天地へ向かったという。

 見渡す限り何もない海と地平線の向こうに。


 新天地は本当に見つかったんだろうか。



 

 初雪が降り、数日後に晴れた日を選んで俺たちはその港が見える丘に登ってみた。 

 海に向かって切り立った、主に岩盤でできた黒っぽい丘には、すっかり枯れかけた短い草がまばらに生えている。


「うわっ、風強っ」

「おっとラッシュ、気をつけよ。油断しとったら飛んでいくぞ?」


 ひときわ強く吹いた風に煽られて少しバランスを崩した俺の首根っこをカルラがガシッと捕まえてくれたのでコケるのは避けられた。あぶなかった……。


 丘の上は常に海からの強い風が崖から吹き上げていて、しっかり踏みしめてないとほんとに飛ばされそうだ。


「あそこの港がそうなのかあ……。いっつも朝水揚げしてるとこだよね」

「内海の向こうはもう氷河らしいからな。向こう側は魔王が倒されるまでは海の魔物がうろうろしてたらしいが、勇者達が戻ってくる時はまだ魔物いたんだよな……?突っ切ってくるとか、どんだけ蹴散らしてきたんだ」


 丘の上から東側を見下ろすと、内海を背景にこの街の港が見える。内海の向こう側は霞んで見えないほどには広い。うっすらと白く靄っているのは、氷河で雪でも降っているんだろうか。


 今は昼間なので、港には係留されてる船がぽつぽついるが、人の気配はまばらだ。皆、朝の一仕事を終えて休憩してるのだろう。


 この北の港から、勇者達は旅立ったのか……。

 なんとなく、おとぎ話の中の人物だった勇者達が、まるでよく知っている人のような気分になってきた。


「噂話だけは聞いてたけど、なんかここから旅立ったって言われるといきなり隣の街の兄ちゃんくらいの距離感になるよなあ」

「あははっそうだね、なんかすげー身近感!!」


 魔王を倒した勇者達は見たこともないような立派な船で、魔王の居た氷河の大地から内海を渡ってこの港に着いたという。

 そしてそのまま王都に凱旋すると思いきや、補給を済ませた船を降りることなく外洋に向かわせ、そしてそのまま戻ってこなかった。


『んじゃちょっくら新天地に行ってくるわ!』


 だいぶ軽い挨拶だが、そんなセリフを残して勇者一行は旅立っていった。らしい。そう伝わってるんだよ。

 勇者達のパーティーは皆前線で戦った超一流の人たちだ。王都に戻れば栄誉も褒賞も思いのままだったろうに、全員勇者とともに旅立った。

 冒険者でもある彼らにとっては、栄誉や褒賞より新天地の方が魅力的だったのだろう。20年経っても戻ってこないので、王都の人たちも諦めているらしい。


「結局、新天地は見つかったのかな……」


 ぽつりと俺がそんなことをこぼすと、カルラがこちらを覗き込んできた。


「新天地があったらおぬしは行ってみたいのか?」

「ん?うーん……そこに温泉があるんなら、ちょっと行ってみたいかな」

「ブレないね〜ラッシュ」

「おまえはまあ、その方向でいいと思うぞ」


 へへっまあな。

 だって俺がこんな遠くまで来た理由がそれだもんな!


「うーん、さすがの我もあの海を越えるのは難しいかの……いや、補給地さえあればなんとか?」


 カルラさん、真面目に検討しないで。なんかカルラだと出来そうな気がして怖くなるからああ!!



◇◇◇



 勇者の丘に行ったあと、雪が本格的に降り始めて街はあっという間に白く染まっていった。もりもりと雪が積もり始めている。

 初雪の頃のすぐ消える雪ではなく、しっとりと重い雪が冷え込んだ空気とともに降り積もってゆく。

 そんな街中を、俺たちは風呂に行くために歩いている。家からはすぐの風呂屋とはいえ、防寒はしっかりと。


「寒いんじゃああ」

「カルラ、ひっつくな、歩きづらい」


 男の姿でひっつかれるとデカいわ重いわ力が強いわで、とりあえずぐいっと引き離す。女の姿のほうがまだ軽くてマシなのだが(それでもひっつかれると歩きにくい)カルラはこの街にいる間は男になっているらしい。

 まあ、いつもよりは長く滞在してるし、途中で性別が変わったらさすがにまずいか。


「あはは、今日は雪が降ってないだけマシだけどだいぶ寒いもんねえ〜」

「ほんとにな、日が落ちたらまた一層冷えるんだろう。温泉に入ってしっかり温もっておかないと」


 風呂屋までの道幅はそんなに広くなく、イームルとクレッグ、俺とカルラで2人ずつ並んで歩いている。雪が積もってるのでちょっと慎重に。


「そういやユーリカさんには見えてるんだっけ?カルラの顔」


 ちなみにユーリカさんは精霊の眼を持っているらしく、カルラの認識阻害が微妙に見通されてるらしい。初日にまじまじカルラの顔を見ていたのは、やっぱり認識阻害にかからず、カルラのこの美貌が見えていたのか。


 精霊の眼というのは、精霊に愛されてるがゆえに発動する察知系の特殊能力である。

 自然の中に含まれている元素が集まり精霊になると言われているが、その精霊がさらに集合・結合していくとやがて意識が芽生え、自我を持つようになるんだそうだ。

 そういう自我を持った精霊達は、人間と交流することもある。長く精霊といると、その精霊の司る元素の影響を受けたりするのだが、ユーリカさんは光の精霊の影響を受けて、精霊の隠しているものとかが見えたりするらしい。

 カルラも光の精霊にたのんで見た目を誤魔化しているらしいので、それでユーリカさんは少し見えたんだそうだ。


「ああ。あやつとは話はつけてきたからの、別にいいのじゃが。たまにじっと見られておるのう。まあ我うつくしいからの……」

「あーはいはい、そうね。カルラはまあ……じっとしてれば美の結晶なんだよなあ……」

「うむうむ、もっと褒めるがよい」


 なんだか毛並みのいい猫みたいなふんぞり具合だなカルラ。ここら辺によくいる、毛が長くてふっさふさの猫。結構大きい。

 まあ、多分懐いてくれてるんだと思うんだが、猫は気まぐれなものだ。故郷にいた通い猫なんかも、ごはんは要求するくせに抱っこは完全拒否で、撫でるのは気が向けば、みたいな感じでそれはもう貢がされたものだ……あー、会いたいな三毛ちゃん……。


「なんじゃ、我を前にしてよそごとを考えるとはなかなかいい度胸じゃの」

「どういう意味だよ」

「いまおぬし、別の者のことを考えておったじゃろ」

「うっ……おまえは心をよめるのか?」

「おぬしごときの心を読まずとも、顔にすべて出ておるわ」

「な、なんだと……!?」

「まあ、いま隣におるのは我じゃからの。寛大な心で許してやろう」

「なんの許可だ!おまえに三毛ちゃんの何がわかる……!!」

「ハハハ、比較にもならぬわ。我の圧勝じゃろ」

「ばかやろう!三毛ちゃんだってかわいいんだからな!!」


 俺たちは小声でギャーギャー言い合いながら歩いていたのだが、すぐ前を歩いていたイームルとクレッグにはほぼすべて聞こえていたらしい。


「あいつら仲良いな」

「そうだねえ〜、なんか五歳児の喧嘩みたいだけど」


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