035:公共温泉と冬支度


 チックエリの街には公共の温泉がいくつもある。

 街のあちこちに温泉がわき出しているらしく、源泉がそのまま公共浴場になっているのだ。


 各家に配分ではないんだなと思ったら、積もった雪なんかで水管がすぐ傷んでしまうらしく、結局各自風呂に入りにくるスタイルになっているらしい。それでも冬に温まれる風呂に安価で入れるのはすばらしいな……。


 街の宿とかも泊まってみたいな〜と思いつつ、俺たちは冬の間に公共温泉を制覇することにした。順繰りに入ってやるぜ!




「はーこれはいいですねえ……風情がある」


 まずは冬越えをチックエリに決めた決定打である、露天風呂だ。

 今はさすがに雪がないが、大きめの湯船の上に少しだけ屋根が差し掛かっている作りになっているので、上空の開放感がとても良い。目隠しがわりの木々も植えられて、きっと雪が降ったらもっと良いんだろうなあ……。


「これ雪降ったらもっといいんじゃない?絶対入りにこようね……!」

「ああ、そうしよう。他にも露天があるなら入ってみたいな」


 4人で並んでも少し余裕のある湯船で、ゆっくり脚を伸ばしてつかっていると、ここまでの旅の疲れがさあっと溶けていくようだ。


 あ〜〜〜……きもちいい…………。


 少し冷たい風が、温もって火照ってきている顔に当たって爽快だ。

 ざわざわ、さわさわと木々が揺れる音、遠くの方で聞こえる話し声や馬車の音。

 うむ、昼間の風呂はいいものだ。


「む、酒が切れたの」


 暖かいお湯を満喫していると、横にいたカルラが呑んでいたコップを見て嘆息していた。ひと瓶もう呑んじゃったのか。

 カルラは酒を持ち込んでいたが、湯を汚さなければ特に問題はないらしい。露天風呂は外にあるから、そもそもかけ流しだそうだ。


「次は2本持って入ろうかの」


 やる気満々だった。




 風呂で旅の汚れも落とし、ほかほかになった俺たちは湯冷しに露天風呂の横の売店で売ってた果実ジュースを飲みなから相談を始めた。


「防寒着ちょっと増やした方が良くない?なんか思ったより冷えるっていうか……」

「賛成だ。なんか今までの装備だとやばい気がする」

「とはいえどのくらいあればいいか分からんしなあ……ユーリカさんに相談してみるか……」


 現地に着いて分かったんだが、多分手持ちの装備だと寒くて真冬には動けなくなる予感がする。

 一応晴れた日には狩りに行く予定だし、街の中を歩くのにも雪装備を揃える必要があるのはうっすら予想していたが……。ここも予算とのせめぎ合いだな……。

 旅に出てから発覚するアレコレがいっぱいあるが、限られた予算とやりくりしながらなんとか凌ぐのも結構楽しくなってきている。いや一歩間違えたらわりと死と隣り合わせなんだが、そこは冒険者の血筋なのか、血湧き肉躍るっていうか。買い物だけど。


 風呂の帰りに少しだけ防具の店なんかを覗いて見ては、値段と種類を確認する。

 もちろんお手頃なやつがあれば欲しいんだが、毛皮装備なんかはいまいち見るポイントが分かってないので一旦置いておく。それこそユーリカさんに聞こう。


 ウールの外套が風避けにも寒さ避けにもなかなか良さげだが、裏地が毛皮か布かでだいぶお値段が違う……うーん、外に狩りに行く時はやっぱ毛皮がいいのかな……。


 最悪この旅の間保てばいいというか、でもこの冬だけで使うにしては結構なお値段なんだよなあ。地元に帰ったら毛皮使うほどじゃないし……。でも狩りに行くのに寒さは大敵だし……うーん悩む!

 とりあえず雪が本格的に降り出すまでには決めようと思いながら、俺たちは帰路に着いた。



◇◇◇



「さむいのぉ……」


 カルラは寒さに弱いらしい。居間の暖炉にあたりながら、厚手の毛布でぐるぐる巻きになっている。

 チックエリに着いてから早半月。少しずつ木枯らしが冷たくなり、今日は朝から曇天が重たい空気をもたらしている。この冷え込みはもしかしたら雪が降るかもなあ。初雪か。


「温泉つかってきたら?」

「あれはいいものじゃが、一度入ると出たくなくなるのが難点でな……」

「あはは、わかる〜!ここ、露天風呂じゃなくても脱衣所とか結構寒いから服着るまでが勝負だよね」


 同じく暖炉周りに集っていた俺たちは、保存食作りの前段階として、食材の下処理をしている。

 野菜の皮を剥いて干すために紐に吊るしていったり、木の実なんかの殻を取ったり色々だ。魚も昨日買ってきたから干物にする予定だ。

 カルラはこういう細かい作業は苦手らしく、紐やら身やらを容赦なくぶっちぎるので、今回は大人しくぐるぐる巻きを許されている。まあ、その分力持ちなので荷物を運んだりしてくれるし。


「んー、この辺は終わったし、これはチェックしてもらってから……ラッシュ、酒に漬けるやつとオイルに漬けるやつ分けとく?」

「ああ、そうだな。終わったやつは分けとくか」


 あとでユーリカさんが出来上がりなんかをチェックしにきてくれるのだが、雪が降るなら早めに呼びに行ったほうがいいかな。


「なあクレッグ、これ雪になると思うか?」

「なりそうだな……ユーリカさんに早めに来てもらうか?帰る頃に暗くなりそうだ」


 クレッグと窓の外を見ながらそんな話をしていると、玄関のドアベルが鳴らされる音が聞こえた。


「はいはーい、あれ、ユーリカさん早めに来てくれたの?」

「ああ、雪になりそうだからその前にと思ってね。下ごしらえは順調かい?」

「今呼びに行こうと思ってたとこでしたよ。手持ちのはだいぶ進みました」

「どれ……ふむ、まあこの辺はこれでいいか。こっちはもう少し丁寧にゴミを取りな。残ってるとこから腐るからね」

「おっと、了解」


 慌てて俺たちは下ごしらえを再開する。


「ほれ、茶を入れてやったぞ。少し休憩じゃ」

「あ、カルラありがとう」


 しばらく熱中してやっていると、カルラが香ばしい匂いのするお茶を持ってきてくれた。これなんだ?と思っていたら、ユーリカさんが頬を緩めてコップの中身を覗き込んでいる。


「蕎麦茶かい。いいね」

「へー、こんなのあるんだ……市場で買ったの?」

「うむ、珍しく市場で売っておったからの」

「あ、これに合いそうな菓子持ってくる。少し待っててくれ」


 クレッグが秘蔵の甘味を出してきてくれた。小さい皿に小分けにして各自の前に置かれる。


「王都で売ってた、いろんな豆を甘く煮て砂糖をまぶしたやつだ。これは日持ちもするし、少しずつ食べられていいぞ」

「おお。いつの間にこんなのを……あ、美味い。予想通りの味だけど色んな種類あるから味が違って面白いな」


 白や赤、緑の豆もある。大きさも種類によってバラバラなので、なかなか面白い。


「おや、懐かしいね……うん、美味い。旅の途中で食べやすいからよく買ったもんだよ。店ごとにちょっとずつ味が違うからね」

「ほお……そう言われると制覇したくなるのう」

「結構いろんなところに売ってるの?これ」

「まず第一に、この菓子は砂糖が手に入るとこじゃないと作れないからね……王都が1番作ってる店が多いんじゃないかね。最近はここらでも砂糖が入ってくるけど、そこそこお高いだろう?」

「む……しかし王都以外にもあるかもなのか。帰り道に売ってるところが見つかると良いが……」


 もしかして、クレッグ結構ハマってるんだな……?

 蕎麦茶を啜りながら、砂糖のまぶされた豆を見つめる。


「……むしろこれ材料があれば作れそうな気もするな。今度市場で豆と砂糖買って煮てみようか」

「ラッシュ……名案だそれは」

「冬籠りの暇つぶしには良いかもね〜」

「我は味見ならしてやらんでもないぞ」


 明日雪が降ってなければ市場に行って砂糖を買うと決まったあたりで、お茶の時間は終わりだ。また引き続き保存食作りを再開だ。

 ユーリカさんはひととおりチェックが済んだので、家に戻るという。ここを出て角を曲がったらすぐ位の距離だが、天気がもってるうちに帰るほうがいいと思う。

 どんよりした雲はだいぶ低いところまで来ていて、もうすぐ何かしら降ってきそうだ。



「じゃあ、戻るわ。お茶と菓子ごちそうさま。そうそう、あんた達、勇者の丘に行くんなら早めに行っときなよ。初雪が降ったら雪が積もるのも早いからね」

「あ、そうか。そうします」

「ユーリカさん気をつけてね〜」

「うむ、もうすぐ降りそうじゃ」

「送って行こうか?」


 すぐそこなんだから、見送りなんていらないよ、と言い残してユーリカさんは自分の家に戻って行った。


 それから少しして、日暮れ前に今年の初雪が降ってきた。


 湿って重い、けれど地面につく前に消えてしまう雪だった。

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