034:チックエリの街

 チックエリまでの道中は宿屋があるような大きめの街がなかったので、小さな村や町に寄るっては消耗品の買い込みだけですぐ出発した。


 倉庫やら厩を貸し出してくれるところもあったが、時間を優先したおかげで少しだけ旅程を早めてチックエリの街に到着したのだった。



◇◇◇



「おう、おまえさんらがオズワルドの言ってた弟子とその仲間かい」


 そして、俺たちの目の前には、がっしりした小柄な女性が立ちはだかっていた……。


 ウールで織られたらしき厚手の衣服を纏って、焦茶色の三つ編みを何本かに分けて編んでまとめた髪には同じくウールの日除けを被っている。

 顔にはその年輪を刻んだが如く、深い皺が入り、日差しの眩しさにか、やや眉が顰められている。瞳は薄いグレーだ。


「冬の間の面倒をみてくれときたが……アンタ達で合ってるな?」

「よろしくお願いします、トレヴゼロのラッシュです」

「同じく、クレッグです」

「イームルです、よろしくお願いしまーす!」

「カルラじゃ」


 この静かに迫力のある女性は、俺の故郷に居を構える師匠オズワルドのかつての冒険者仲間で友人であるユーリカさんだ。

 歳の頃は多分師匠と同じくらいか少し上、60歳になるかな?くらいである。


 故郷を出発する前に、トレヴゼロの師匠に頼んで紹介状を送ってもらっていたのだ。ユーリカさんには、住めそうな家と、冬越えに必要なある程度の食料、燃料などの手配をお願いしている……はずだ。


「そこそこ予定通りの到着だね。着いたからにはちゃっちゃと冬支度するよ」

「はい!」

「……3人って聞いてたけど1人増えたのかい」


 こちらをじろりと見渡してふん、と鼻息をついたユーリカさんにそういえばそうだったと慌てて謝る。


「あっそうなんです、すいません……部屋は大丈夫でしょうか」

「我の分は自分で賄うゆえ特に気にせんでいいぞ」

「……まああんたが寝る場所くらいはあるさ。ひとまずその荷物置きに行くよ。ついてきな」


 ユーリカさんは、カルラの顔をまじまじとみてびっくりした顔をしていた。

 あれ、認識阻害解いたのかな?

 ひとまず納得したらしいユーリカさんにぞろぞろと着いていく。



 門を抜け、噴水広場と大通りまでは大抵の街と同じ作りだ。ユーリカさんの案内してくれる冬越え用の家は東側の森に近い方にあるらしい。


 路地を抜け、着いた先は街壁に近い区画にある二階建ての一軒家だ。雪が積もる地域らしく、屋根の勾配の角度はなかなかの急具合になっている。

 家の奥の方には倉庫が据えられており、そちらには薪などが積まれているのだそうだ。


「あたしの娘夫婦が住んでた家さ。2人とも冒険者だから今は別の街に行ってる。しばらく戻ってこないからちょうどいいし、ついでに掃除していっとくれ」

「なるほど、承りました〜っていいんですか。貸しちゃって」


 数段ほどの段差を上がり、鍵を取り出し玄関の扉を開ける。小柄なユーリカさんからしたら倍くらいありそうな高さだが、もしかしてご夫婦結構大きい人なんだろうか。

 きょろきょろと室内を見ながら個人の部屋に使えそうな場所に案内される。部屋数もそこそこあるらしい。


「ああ、人の住まない家はすぐ朽ちるからね。手入れが大変だからむしろ誰か住んでくれた方が楽なのさ。あの2人も大して荷物は置いてないから貸してもいいと了解は取ってるよ。入らないで欲しい部屋には鍵をかけてるから気にしなくていい」


 中の部屋を案内され、ざっと説明を受ける。

 掃除してくれと言われたが、部屋は定期的に掃除されてるらしく、軽く埃をはたいたりするくらいで終わってしまった。

 各自適当に荷物を置いて、買い出しに必要なものだけを取り出していく。


「財布と荷物入れは持ったかい?ひとまず当面の食糧やなんかを買う場所へ行くよ。冒険者ギルドには仮登録の申請だけしてるから、買い出しが済んだら自分達で本登録してきな」

「了解です!よろしくお願いしまっす!」



◇◇◇



 冬籠りの食料は、とうもろこしや麦をひいた粉、芋類に根菜類、日持ちのする柑橘類、塩漬けにした青菜、オイル漬けにしたキノコや干した果実や野菜、塩漬け肉と干し肉、たまに魚の干物などである。

 幸い冬でも凍らない港が近くにあるので、海産物は定期的に手に入るようだ。冬の魚は身が締まり脂がのっていて美味いとユーリカさんに聞いてちょっとよだれが出かけた。

 雪が積もる場所だし、天然で冷える貯蔵庫などもあるので、そういうのをうまくやりくりして約3ヶ月程度この街と家に引きこもる予定だ。


「大体この辺の市場で少しずつ揃えていきな。冬籠りの支度は故郷でしたことあるんだろう?」

「あるんですが……ここほど雪が降らなかったのでちょっと不安が……」

「ああ、確かにここは雪が多いね。一応晴れた日は市場もやってるが……吹雪いてまったく出られない日が続く時がある。そいういうのは大体季節に2〜3回くらいだから、そこさえ乗り切れればまあなんとかなるさ」


 おっ、そんな日があるのか……そういう時のための食糧とか燃料とかの予定も立てといた方がいいんだな。ううむ。


「なるほど……ユーリカさんは狩りは行くんですか?」

「最近は足腰が冷えるからご無沙汰だねえ……あたしは新鮮なのが食べたい時は大抵港で魚を買うのさ」

「港はいつも水揚げしてるの?オレ、どんな魚が獲れるか見たいな〜!」

「港は大抵朝に引き揚げてるから明日だね。早起きしなよ」



 肉やキノコ、果実などの食料はある程度魔法鞄に入れて持って来たが、流石にこれだけでは足りないので、雪が降る前に近隣の山や森に採りに行く。その許可もユーリカさん経由で街のギルドに申請していた。

 買い出しを終えて改めて許可証を取りに行くと、ちゃんと受理されていた。よかった〜。他所者がうっかり街の近くの山や森に入ったりしたら不審者として扱われるからな……。

 魔道具である認識用の鈴飾りも受け取って、腰につけておく。これを持ってる者同士はある程度の距離で判るようになるのだ。


 穀物類や野菜なんかは市場に注文しておいてもらったものを引き取りに行く。

 ユーリカさんは依頼はきっちりやるタイプらしく、お願いしていたことはほとんど用意が済んでいた。


「ありがとうございます、何から何まで……あとはこつこつ買い出し分くらいだ……!」

「ついでにあたしのも運んでもらうからいいさ。若いのが4人もいるんだ、働いておくれ」

「うっす」

「がんばりまーす!」

「まあほどほどにの」



 一旦市場で買った食料を家に置き、今度は薪を買い出しに行く。顔つなぎとしてユーリカさんが店の人に紹介してくれているので、だいぶスムーズに買える。こういう日用品は、品質のいいのを揃えている店を探すのが大変なのでとても助かる。荷運び程度なら全然やります!


 燃料に関しては、薪と炭、魚油など。魚から油って取れるのか……結構魚くさいらしいので、若干使いどころに困りそうだが、燃料は貴重だから候補に入れている。

 どうしても足りなくなったらカルラに魔石を融通してもらう予定だったりする。実は。

 聞いてびっくりしたんだが、カルラは火魔法を使えるらしい。なので火の魔石に充填してもらうことになった。


「我、さむいのはいやじゃからな……燃料は出し惜しみせぬぞ……!!しかし雪が降る場所で冬を越すのは久々じゃ」

「ありがたいな……とりあえず寒さ対策は温泉があるし、入りに行こうぜ」

「結構たくさん公共浴場があるんだよねえ、ここ」


 ここは温泉街なので、入浴用の湯を沸かさなくてもいいのは助かる。お湯は有料だが、居住者には少しだけ値引きされるのだ。

 今回は短期居住者として登録しているので、俺たちも割引がきくし、公共浴場もあちこちにあるので入りまくる気満々である。

 

 かさばる薪を運び終えたら、そろそろ日も暮れそうな時間だ。夕食の前にざっと汗を流しに風呂に行きたいところですな!

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