第五の湯 チックエリ

033:秋風けっこう寒い

 リッツェルから再び王都に戻り、騎士団見学ののち、予定通り翌日に出発した。

 なお、トレッサの街でニコラ所長に言われたように、休憩を多めにとりながらの旅路だ。疲れを溜め込んでまたぶっ倒れるわけにはいかないのだ。


 具体的にいうと、出来る限り街に寄り、宿屋に一泊して身体を休めてから動く。


 ありがたいことにリッツェルの宿の支払いをカルラがすべてもってくれたので、当初予定してた予算が浮いたし、その分は道中の宿に泊まるための予算にスライドさせた。

 カルラに何か礼をしなければ……と思うのだが、恩があるからと受け取ってくれないのだ。ううむ。思い出す他ないのか。

 そちらは気長に待つと言ってもらったので、とりあえず旅を進めることにして出発した。


 しかし、身体は楽だが、この調子で進んでいて次の目的地であるチックエリに雪が降るまでに辿り着けるだろうか……。ちょっと心配になってきたな。





 そもそもは、出発前にルートを決めかねていた俺に、師匠が言ったのだ。雪の積もった温泉街は風情があるぞ、と。


 俺もそれを聞いて、ぼんやりとそれはいいなあ……と思ったのでわりと安易に冬越えの街を決めたところがある。

 だが、旅程を考えると、どうしてもどこかで冬を越さないといけないのだが。

 冬を越すための準備を兼ねて、どこで過ごすか。

 せっかくなら雪の温泉街というのもいいかなと思ったのはしょうがないだろう。トレヴゼロは雪は降るが、あまり積もらない。

 そしてチックエリには師匠の知り合いが住んでいるらしく、紹介状を書いて郵便で送ってもらっている。冬越の家の手配を頼むのだが、積雪が厳しい街なので雪が降る前に着いてあらかじめ準備をしないとダメらしい。

 もしも冬越えをするのが無理なら、雪が積もる前に王都の近くまで戻ってこようと思っている。


「さっむ」

「なにこれさむい、冬じゃん」

「まだ冬じゃないらしいぞこれ」

「……さむいのお」


 俺たちは街道から少し離れて狩りや薬草、木の実などを拾って歩きながら進み、そして意外なほどの寒さにぼやきまくっていた。まだ本格的に寒くなる前のはずなのだが、林や森を抜ける隙間風は結構な冷たさだ。

 チックエリの街まではあと半月程度くらいの場所である。そろそろ王都の冒険者ギルドで登録してきた狩りと採取の免許が切れる範囲なので、それまでになるべく溜めておこうという心算で街道を外れているのだが。

 木などがある場所は、ややマシなんだが開けた場所に出ると風がモロに……。


 肉やなんかは自分達がその場で食べる分にはお咎めなしだが、蓄えや売るために狩るのは許可がいる。

 この先はまた別の街の管理になるので、その街まで行って登録をしておかねばならない。一応寄ることになってはいるが、後3日くらいはかかるはず。

 太陽は中天を越えたところだが、見渡す限り平野なので、今から野営場所を考えないと……。


「さすがにこんな開けた場所だとちょっと野営しづらいな……どこか岩陰とかないかな……」

「んん……ここら辺ならもうすぐ岩山があったはずじゃが……」


 もう少し東に行くと竜の背骨山脈付近の山々に差し掛かるあたりである。それなら岩山的なものがあるかもしれないな……。

 竜の背骨山脈は、一番高いところは万年雪が積もっているらしい。山脈の向こうの氷河から吹き付ける風で凍っているのだとか、氷竜が飛び回っているから凍っているのだとか、いろんな昔話や噂話がある。


「もうちょっと北に向けて進みながら行くか〜。あっちのほうになんか霞んで見えなくもない……?」

「うーん、多分何かしらありそうだね……方角的にも問題なさそうだし、行こっか」


 チックエリ自体は王都からほぼ真っ直ぐ北に向かうと着く。半島が竜のツノのように2つ突き出しているうちの1つの中程にある街だ。

 冬でも凍らない港が内海に接しているので海産物が名産らしい。その代わり山や森の面積が限られているので、狩りの免許などは取得条件が厳しいと聞いている。

 チックエリで冬越えの支度をするなら、魚介類の保存食がメインになるようだ。


 ひとまず北に向かって進みつつ、少しだけ東寄りに寄っていると果たして地面に岩陰のようなものが見えてきた。遠くに山脈の影が見える……かな?

 これで水場があればいうことなしなんだが。


「むむ……もう少し先に水場があるの。木が生えておる」

「えっほんと!?」

「あっちのほうじゃ。進むか?」

「行こう、飲めそうなら水は欲しいし」

「ここら辺、他に水場がないなら獣が寄ってきそうだが、とりあえず水は欲しいな……」


 カルラはイームルより目がいいのか、少し眉間に皺を寄せ目を細めて平野の西寄りの辺りを見ている。





「よし、水は確保だ。……野営するならもうちょっと離れたところのほうがいいかな?」

「そうだな、ここはさすがにいろんな奴が来そうだ」

「なんじゃ?威嚇しておいた方がいいか?」

「一晩中だと疲れるでしょ……それに水飲みたいの俺たちだけじゃないからね。もうちょっと離れたところに行こうよ」


 カルラが見つけた水場は、岩場の隙間から湧水が泉のように溜まっていた。一番広いところでは、俺を横にして縦に2人分つなげたくらいの広さがある。そこそこの規模である。

 さすがに深さはそこまででもないようだが、水の周りは岩の隙間から短い草や木が生えているので、多分草を食べる生き物が寄ってくるんだろう。

 草を食べる生き物がいるということは、それを目当てに寄ってくる肉食の生き物もやってくるということだ。水場もあるし。


 よし、水も汲んだし離れよう。寝てる間に獣の餌になるのは避けたい。


「なんじゃ、移動するのか」


 はいそこ、残念そうにしない。


 ひとまずそこから日暮れ前まで歩き、岩場と木々がまばらに生えている辺りを野営場所に決めた。ここなら風も避けられるしいいんじゃないだろうか。










「どうしたのじゃ、寝ないと明日が辛いぞ?」

「カルラの次の火の番、俺だろ?ちょっと早く目が覚めただけだよ」


 いつものように焚き火の横にテントを張り、順番に眠る。今の時間はカルラの番だ。

 俺は目が覚めたついでに、カルラに聞きたいことがあったのを思い出したので、テントから出てきたのだが。


「なあカルラ……実際俺といつ頃会ったんだ?」

「なんじゃ、もう降参か?」

「だって〜!ヒントくれ、ヒント。俺記憶力は悪くないと思ってたし、カルラみたいな特徴的な美人を助けたんだったら、絶対忘れないと思うんだけど」

「ふふん、美人。我のことか!まあそうよな、我うつくしいものな……!!」


 おお、すげえドヤ顔だ。まあ実際美人なので何も反論はない。今は引き続き男の姿だけど、美人にはちがいない。

 なんか、カルラからの好意は感じるんだが、秋波というよりは犬猫が懐くような感じなんだよなあ……。

 しかし俺も大概思い出せなくてモヤモヤしているのだ。何かしらヒントが欲しい。


「そうじゃのう……全然まだまだ時間をかけてくれて構わんのじゃが。我のことを考えて悶々としておるのじゃろう?くくく、悪くない」

「……性格悪いぞ、おまえ……」


 こちらを悪戯心満載の眼差しで見てくるカルラに、つい恨めしい声が出てしまった。


「ふふん、思い出せぬのが悪いのじゃ……そうじゃの、ひとつだけヒントをやろうか。おぬしが我を助けたのは、旅に出るよりは前じゃ」

「……ということは、街にいた頃か……えっもしかしたら子供の頃とかなのか?」

「ふふふ、せいぜい悩むがよい」

「くそー!絶対思い出してやる!!」



 そうして、少し冷える岩山の夜はふけていったのだった。


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