032:騎士団見学
そして王都に着くと、庶民街の噴水広場で約束通りカルラが待っていた。
広場に点々と設置されているベンチにゆったり座って、串に刺さった肉を美味しそうに食べながら。もっしゃもっしゃと咀嚼している。
どこで買ったんだそれ、美味しそうだな。あ、今日も男版ですか。
赤い髪をゆるく束ねて、長めの上着と同じくらいの長さのローブを纏っている。足元は丈夫そうな黒い革のブーツだ。
男版のときはクレッグと同じくらい背が高いので、とても映える。
「なんじゃおぬしら早かったのう」
「お。おう……カルラももう用事は済んだのか?」
「うむ。いつでもいけるぞ、と言いたいところじゃが……なんぞ見学は午後の鐘からじゃと言っておった」
「あ、そうなの。じゃあちょっと時間潰すか……その串どこで売ってた?俺もちょっと食べたい」
「そこの屋台じゃが、なんじゃ、ひと口食うか?」
ほい、と口の前に串を差し出されるが、さすがにいい大人があーんはでき……その期待した目やめてええ!!
イームルはちょっとニヤニヤしてんじゃねえ!
「…………うまい、俺も買ってくる」
期待の目に負けて、ひと口齧る。少し冷めた肉には塩と胡椒らしきピリッとした味にレモンらしき柑橘の汁がかかっていてなかなかに美味しい。
「我も追加買ってくるかの。ビールの他に珍しい蒸留酒も売っとったし」
「あ、オレもオレも〜クレッグも行こうよ」
「あ、ああ……」
クレッグはちょっと固まっている。もしやすでに緊張してるのか?まあ、いきなりとんとん拍子に事が進んでるから、わからんでもないが……。
そうなら、余計に飯は食っといた方がいいと思うぞ。腹が減ってはなんとやらだ。
カルラが食べていた串焼きに、蜂蜜とバターが挟んであるパン、蒸留酒に果実ジュースを混ぜてさっぱりさせたやつを買ってきて、ベンチに並んで食べる。正直4人座ると狭いんだが、近くのベンチも空いてなかったからまあしょうがない。
クレッグ、イームル、カルラ、俺みたいな並びで、両端に座っている俺とクレッグは若干ベンチからはみ出気味である。
「午後の鐘が鳴ると訓練開始らしいからの。その前に第一層の門の前まで行かんとならん。第二層から結構離れておるからの〜……これを食べ終わったら向かうか」
「……わかった。カルラ、ありがとう……!」
「なに、たやすいことよ」
腕組みしてフフンとドヤ顔をしているカルラに、クレッグが万感を込めて感謝しているが……顔がちょっと白くなってきてないか?大丈夫?
騎士団は第一層の王城区画にあるらしく、基本的に関係者以外は立ち入り禁止だが、庶民向けに騎士団見学枠というものがあるらしい。
騎士団自体は元々誰でも入れるが、場所的にやっぱり領主筋や金持ちの子弟が多いらしく、庶民には狭き門だという。
だが広く能力のある者を採用したいということで、ある程度の試験を兼ねた見学ができるのだという。クレッグが今回申し込んだのはこの枠だ。これには剣術道場や軍学校の推薦が必要らしい。
一応実家の道場からの紹介状があるからこれで通ったのか?
ともかくも、カルラが申し込んでくれた見学枠の話は第二層と第一層の門にきちんと話がいっていたようで、すんなりと通された。
部外者が着いてっていいのかな〜と俺とイームルはちょっと離れたところでこそこそ相談していたのだが、カルラが付き添いが居るといえば特に止められることもなく、見学に着いていくことになった。
一応、第一層の門では魔法探知と身体検査、荷物検査があったが、引っかかることもなく兵士らしい人が練兵場へと案内してくれる。
「俺の方が緊張してきた。クレッ……」
「イームル、飴くれ」
「ほい」
真顔も真顔のクレッグがイームルからもらった飴を口に入れ、ガリンボリンと噛み砕く。飴ちゃんよさようなら……。
まあ、とりあえずまったく余裕がなさそうなのはわかった。
「君が見学希望の方かな?私は第2騎士団の副隊長サイファ・ロルフィングという。本日はよろしくお願いするよ」
「は、はい。クレッグと言います。この度は貴重な機会に許可をくださりありがとうございます!」
クレッグが腹から声を出して挨拶している。挨拶している後ろで控えてる俺たちには声でけえなと思うんだが、練兵場自体はは結構な広さがあるので、奥の方で鍛錬をしている人たちにはクレッグの大声も届いてないかもしれない。
カルラに手招きされてすすす、と俺とイームルは入口付近に移動する。すでにカルラが陣取っているが、東家風の柱の上に屋根のついた小さめの建物に、屋外用のテーブルセットが置かれている。多分見学用に設置されているんだろう。
練兵場が見渡せるようになっている席に着くと、騎士団の人ではなさそうな……とても上品な使用人ぽいお仕着せを着た人がお茶を淹れて配ってくれた。
「このお茶美味しいな……」
「こっちのお菓子も美味しいねえ。カルラもう食べた?」
「まだじゃ。甘いのはどっちじゃ?」
「こっちの方が甘いかな?」
「ふむ、じゃあそれをもらおうか」
俺たちがお茶を飲みながら和んでいる間に、クレッグの方は色々説明を受けているみたいだ。多分練習用の剣を借りたりしている。さすがに会話自体は普通の音量なので、ここまで聞こえてはこない。
どうやら今日担当してくれる騎士団の人は苗字を持っているので市領主筋の人らしい。くすんだ金髪を短く刈り上げた、40代くらいの筋骨隆々とした男性だ。さすがに鎧は着込んでいないが、騎士団の制服が似合っていて、ビシッと伸びた背筋が非常に様になっている。
日焼けした顔に、うっすら残る笑いジワがいい人なんだろうなという印象を抱かせるが……クレッグはまたちょっと固まっているっぽい。がんばれ。
「ふむ、大体の流れはこんな感じだが……何か質問はあるかな?」
「流れに関してはありませんが……ひとつだけ聞いてもよろしいでしょうか」
「うん、なにかな?」
「祖父が昔騎士だったらしいのですが……どこの所属だったのかご存じではないでしょうか……?」
「ああ、アンドレア・クレール氏のことだね。知ってるも何も、この騎士団の見学枠の案を出したのは、当時第2騎士団に所属していた君のお祖父様だよ」
「ええっ!?そ、そうだったんですか!?」
「そう、だから紹介状を見て私が来たのさ。さあ、時間は有限だ。さっそく鍛錬に移ろうか」
「は、はい!」
クレッグが何やら意気込んで剣の指導などを受けているのを、遠目に見ながら、俺たちは引き続きお茶を飲んだり、王都の菓子屋の話などをしていた。
途中でざわざわと人がたくさん練兵場の塀の外側を通っていく音がしたが、ちょっとだけこちらを覗いてすぐにまた移動したらしい。
カルラはちらりとそちらに目だけ向けて、すぐに会話に戻ってきた。
「あ、もう終わりかな?みんな揃って礼してるね」
「終わりみたいだなあ。クレッグ、あんなにイキイキしてるのも珍しいな」
午後の日が少し傾いた頃、クレッグの鍛錬は終わったようで、騎士たちに深い礼をして、汗だくでこちらにやってきた。
「待たせた」
「おう、俺らはお茶飲んでダラダラしてただけだから。充実してたっぽいな?」
「ああ……皆ありがとう。すごく……なんていうか、楽しかった」
「クレッグ、よかったねえ」
「うむ。我の采配光っておったな」
珍しく満面の笑顔で汗を拭いているクレッグを見て、俺たちも満足である。
少し遅れて、クレッグの指導を担当してくれた騎士の人もやってきた。
「やあ、お疲れ様だったね。クレッグ、またこちらに来る機会があれば連絡してくれ。騎士団はやる気のある若者大歓迎だからな」
「はい!今日は本当にありがとうございました……!」
「うむ。ところで、皆はこの後予定は決まっているのかな?」
「ああ……ええと、そうですね今日はさすがに王都に一泊して、その後は早めにチックエリに向かう予定です」
一応旅程担当として俺が騎士の人に答えると、少しびっくりしたように目を見張られた。
「チックエリにかい?それはまた……本格的に雪が降るのはまだ少しかかるだろうが、それは早めに出た方がいいな」
「はい……なるべく日程に余裕を持たせたいので、出発は急ごうかと……。今日はクレッグと一緒に俺たちも見学させてくださってありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、手を振ってにかりと笑う。
「こちらこそ、有望な若者とお世話になった人の健勝なことを知れてよかったよ……旅に出るなら十分気をつけて行きたまえ」
「ありがとうございます!」
騎士さんは俺たちがそろって頭を下げる中、悠々とテーブルでお茶を飲み干していたカルラにちらりと視線をやったようだ。
カルラは軽く手を振り、騎士さんも特に話しかけるでもなく軽く頭を下げ、ではなと去って行った。
「さて、終わったかの?しからば、宿にいくまで時間があろう。出る前に王都の菓子屋に行こうぞ〜」
「え?なになにさっきのお菓子買うの?」
「ふふふ、他にも情報があるのじゃ」
ぴらりと店の名前と場所らしきものが書いてあるメモが、カルラの手にひるがえる。
「菓子?お茶菓子を出してもらったのか。その中にいいのがあったのか?そんなに?」
「うむ、王都の甘味はやはり一味違う」
「なんだと……気になるな。行こうか」
新しいもの珍しいものが好きなイームルに甘党クレッグは完全にやる気だ。まあ俺も気になるんですけどね!
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