031:クレッグの相談事
さて、カルラの宣言通り3日ほど宿に泊まったのだが。
豪華で洗練された食事、行き届いた清掃、いつでも入れる風呂……。堪能した。それはもう。
しかし、今後2度とないだろう機会を堪能はしたが、気疲れもあったのは否めない。
談話室や食堂、風呂などにいちいち、誰かが控えているのだ。そして俺たちが困りそうなところでさっと手伝ってくれる。
プロの仕事だと感心しきりだが、いかんせんこちとら大体の用事は自分で動くのが染みついた庶民なんですよ!
俺たちにとってはやや過剰な接待を受けつつ、高級宿の実態を体験した俺たちだった。ちなみにカルラだけは平気な顔をして過ごしていたので、なんだか逆に感心してしまった。
そんな快適ではあるが、やや落ち着かない朝食の後は、清掃の時間でもあるので庭の散策などを勧められた。しかしせっかくなのでみんなで街の中を探検に行くのだ。
「とはいえ、観光客用の店はそんなに買うものないな……腹いっぱいだし今」
「そうだね〜、甘味とかはちらほらあるけど……クレッグ気になるのある?」
「あるにはあるが、腹がいっぱいなんでいまいちだな……ピンとこない」
「だよね〜」
お手軽な屋台は少ないし、そもそも腹もそんな減ってなかったので、主にお土産的なものを売っている店や、通常の雑貨などを巡ってみる。
「あ、あっちの方に市場あるんじゃないか?」
「行ってみよう。薬草とか干し肉買いたい」
「オレも〜王都結構高くてさあ……」
もちろんこの街にも、宿屋の客以外の住民がいるので、市場や生活の店がある。宿屋の区画からは離れていたが、王都よりもお手頃価格だったので、俺たちは嬉々として旅の消耗品などを買い足していった。
そして買い物を終えて宿に戻り、談話室でのんびりと出発予定を立てながら、お茶を飲んでいる。ううむなんという贅沢。
談話室に置いてあるソファーは本当に座り心地がよくて、背もたれに身体を預けて木を抜くと、うっかり眠ってしまいそうになる。
「おぬし、騎士団を目指しておったのか?」
「目指していたというか……。まあ……祖父が元騎士だったので、一度本物を見てみたいとは思っていた。俺に騎士が向いてるかはわからんが、ここまで来たなら、と」
リッツェルを出た後、どこへ向かうかみんなで相談していた時のことだ。
クレッグがもう一度王都に寄りたいと希望を出してきたのだ。
「でもどうやって?俺たちそんなツテないよな?」
「一応祖父と父の連名で紹介状は書いてもらってきたが……出すところがわからん」
「庶民街の歩いたとこらへんには少なくとも騎士団の詰所みたいなところはなかったよね〜やっぱ
「でもそうなると……なんかしらのツテがないと入れないよな、あそこ」
「そうなんだよなあ……」
ため息をつきながらお茶を飲む。俺たちに金持ちの知り合いなどいな……いや、いた、な???
バッと全員でカルラの方を見る。カップを品よく持ち、香りを吸い込んで楽しんでいるカルラは、この宿でも大変サマになっている。
「ふうむ……ツテか。ないこともないが……」
そういえばそうだった、ここの紹介状を取れるならもしかして騎士団もいけるのでは?そんな期待を込めてじっとカルラを見つめる。
「もしツテがあるなら、頼めないか?カルラ。俺には王都に知り合いなんていないし、王都のどこに騎士団があるのかすらわからないんだ……」
クレッグの言にちらり、とカルラがこちらを見る。
なにか、こう……期待のような要求されているような目線をもらっているが……。
あっ。これはあれか、お願いしろということか?
よく妹からこの目をされていた俺はぴんときましたよ!ここはひとつ幼なじみのために俺もできる限りの協力をしてやろう。
「あー、俺からも頼む。カルラ。面倒だとは思うが、ツテを紹介してやってくれないか」
「オレからも!おねがい!」
「頼む、おまえだけが頼りなんだ」
3人から一斉にお願いされたカルラは、満更でもないらしくちょっと胸を張ってふふんともったいぶって息を吐く。
「そうかそうか、そんなにお願いされてはの……しょうがないのお〜!よかろう、騎士団の見学じゃな?頼りがいのある我がひと肌脱いでやろうぞ」
どうやら頼られるのがお好きらしい。親分気質でよかった……。
◇◇◇
最終日、カルラは一足先にツテに会ってくると言って、早朝に宿を出て行った。
その後ろ姿に、よろしくおねがいします!!と俺たち3人はそろって頭を下げ見送る。
もちろん、良顧客のお帰りなので、店主と従業員も勢揃いしてお見送りだ。
ずらりと並んだ人の間を悠々と進んでいくカルラの姿はとても堂々として、登ってくる朝日に照らされて二重に眩しかった。
そんな感じで早朝カルラを見送ってきた俺たちは、これから荷造りをして、二の鐘が鳴る頃に出発予定だ。
「あ〜、この生活ともおさらばか……」
「滅多にできない経験だったよね……贅沢はこのことかって感じ」
「贅沢って疲れるのが分かったのもいい経験だったな……3日目には干し肉食いてえって思ってたからな……」
「わかる」
「わかる」
離れを出て、本館のホールで出発の手続きをする。とはいっても、支払いなどはすでにカルラが済ませているので、宿を出ますという挨拶だけだ。
「お世話になりました〜」
「こちらこそ、ご利用ありがとうございました。今後ともご贔屓に」
「あ、あはは……連れに言っておきます。では……」
「道中お気をつけて」
帰りも店主さんらしき人が出てきた。さすがに来た時の従業員勢揃いとかではなかったけど、数人店主さんの後ろに控えてた。
完璧な営業スマイルで見送られた俺たちは、カルラほどではないが堂々と門に向けて道を進んでいく。
「さて、では行こうか〜再びの王都!!」
リッツェルの街を出て、再び王都までの道を1日半かけて歩いていく。天気は薄曇り、暑くもなく寒くもない、ちょうどいい気温なので歩きも順調だ。
王都の騎士団の見学にどのくらいかかるかわからないが、そろそろ秋に差し掛かってきているので、次の目的地のことを考えると計画的に動かんといかんな……と俺はちょっと思っている。
「しかし騎士団かあ〜……クレッグ今までそんなの一言も言わなかったじゃん」
「そりゃあ、うちはじいさまが元騎士ってだけだし、じいさまもあんまり言わなかったからな。そのうち俺らも言っちゃいけない雰囲気なのかと思って話題にしなくなってたからな」
「クレッグのじいさまな〜、たまに師匠のところで会うんだけど、確かにそんな話ちらっとも出なかったなあ」
そもそもクレッグのとこのじいさまとの遭遇率が低いのだった。道場に習いに行ってれば大抵会えるらしいんだが。
元騎士だというのは知っていたが、俺くらいのへなちょこではその強さがわからなくて、師匠とよく飲んだくれてるなあくらいの印象である。ただ、酒が強かったので、師匠がでろんでろんになっていても、背筋を伸ばして1人で悠々と飲んでいた姿を思い出す。
騎士かあ……どんな人たちなんだろうなあ。
いつものように雑談をしながら街道を進み、日が暮れる前に行きとは別の野営所で一泊だ。
豪華な宿の行き届いたベッドも良かったが、こうして3人で焚き火を囲むのもほっとする。虫とかはいるけどな!それでも、だいぶ涼しくなってきたので夏ほどではない。
「なんか、カルラがいないと変な感じだな」
「そうだな、思ってたよりも馴染んでたんだな……」
1人いなくなっただけでなんだか結構さびしい。
カルラの存在感がすごいっていうのもあるんだが。
「カルラはさあ……恩返しって言ってたけど、ど結局こまで一緒に旅についてきてくれるんだろうね?」
「そうだよなあ……俺が思い出すか……長くてトレヴゼロに戻るまでとかか?」
カルラの考えていることはよくわからない。俺たちに害意がないのは分かってきたんだが……。
恩返しの恩のことを俺はまだ思い出せないのだ。こうなってくるともう自然に思い出すまで気にしないことにしたいんだが、たまにワクワクした目で見られていたりするので、早く思い出してやりたいなあという気もしてくる。
「カルラがしてくれる話、めちゃめちゃ面白いから、旅が終わってもたまに遊んでくれるといいんだけどな〜」
「そうだな、鍛錬の意味でもあいつは相当強いから、一度きちんと手合わせしてほしいな」
「おまえらいつの間にそんなに仲良く……。俺は……そうだな、俺もせっかく友達になれそうだからなあ」
思っていたよりも2人のカルラへの好印象にびっくりしつつ、トレヴゼロに引っ込んだままではきっとできなかった縁だ。せっかくなので大事にしていきたい。
「ま、今日は早めに寝て、明日もさくさくいこうよ」
「そうだな。もう寝るか」
「そうしよう、今日の当番俺からな」
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