029:再びの分かれ道(街道)


 少し慌ただしく王都を出て半日ほど歩く。ここまで来た道を戻って、街道の分かれ道まで順調に来た。

 リッツェルの方向に向かっていくと、歩いて1日弱くらいで着く距離だ。

 もう少し進んでから日が暮れるまでに野営するのだ。


 幸い、道中に雨に降られることもなく順調に進んでいる。


 さすが王都で人気のリゾート地らしく、そこへいくまでの街道もそこそこ立派で、途中に休憩できる広場と野営所がいくつかあるらしい。

 馬車なら急げは王都から1日で着くというが、金持ちはそんなに急いだりしないらしく、途中で馬車内や天幕で一泊していくのが普通だそうだ。


 ここら辺の情報は冒険者ギルドで聞いた。


 そう、俺はちょっと諦めきれなくて……今後のために聞いておこうと思ったのだが、まさか役に立つとは。



◇◇◇



「そういえば王都には王様がいるんだよねえ?」


 本日の野営所には俺たち以外誰もいなかった。途中で豪勢な馬車に何度か追い抜かされていったので、あちらに客がいないわけではなさそうだが。

 今はパンと肉だんごと野菜の入ったスープという、野営にしては豪勢な食事をし各自お茶を飲みながら焚き火を囲んでいる。


「そうじゃな、おるらしい」

「カルラ見たことないの?」

「うむ。我興味ないしの。おぬしらこそ見たことないのか?王はなんかアレじゃろ、たまに国中まわったりするんじゃろ」

「あ〜、なんかずーっと昔はあったみたいだけど、魔王倒されてからはまだだなあ」


 王都に入るまでは女性の身体になっていたはずのカルラは、今は男性版のようだ。リッツェルで風呂に入るのにそちらのほうが都合がいいと言っていた。

 だが実際のところ、旅装として膝まである長い上着を腰ベルトで止め、厚手のズボンにブーツを履いて、ローブを羽織っているので身体の線はあまり出てないのだが。長い髪は緩い編み込みにしてまとめているし、顔も綺麗すぎてもはやぱっと見で男女の区別がつかない。

 さらに認識阻害も常にかけているらしいので、多分俺たち以外にカルラの容姿のことを気にするものもいないっぽいが……。


 まあ、用心するに越したことはないか。世の中に、俺たちの知らないことはたくさんあるので、どこに危険が潜んでいるかはわからないのだ。


「王都以外で聞いた噂だと、今の王様あんまり元気なくなってきて、むしろ代替わりもあるかも?みたいな話だったな」

「まあ、勇者時代にすでに王様だった人らしいからな。さすがに政務はきついんだろう」

「勇者時代かあ〜。たぶんオズワルドさんとかより年上だよね」

「師匠な〜あれでも60歳手前だからな。それより年上ならまあ……引退も視野に入るんだろうな〜」


 パチパチと燃える木が小さく爆ぜるのを聞きながら、そうか、師匠は勇者たちと同じ世代だったんだよなあと思いを馳せる。俺の父母はもう一世代くらい下だ。


 俺の父母は元々冒険者だったが、勇者たちが魔王を倒すちょっと前くらいに俺が出来たらしくて、そのまま引退してトレヴゼロに住み着いたって話だった。冒険者としての経歴は10年くらいだったらしい。


 国内のいろんなところを回って荷物を運んだり、魔物退治をしたりしていたと聞いた。当時は荷物や手紙の輸送もたくさんの護衛をつけて運ばないといけなかったし、あの頃は本当にすぐ人が死んでいたと両親も言っていたので、やはり大変な時代だったのだろう。


「正直、王様って言ってもピンとこないなあ」

「そだな。竜の末裔って伝説があるらしいけど、庶民の間じゃ噂でしかないもんなあ」

「竜の末裔というのはまあ、当たらずとも遠からずらしいがの。遠い遠い昔すぎて今はだいぶ薄まっておると聞いたぞ」

「……そうなのか?そこは合ってるのか……」

「さあの。我も聞いた話じゃ。会うたことはないからの、本当のところはわからぬ」


 竜の末裔といえば、勇者もそういう伝説があったらしいと思い出す。

 たかだか20年前のことではあるが、街同士の行き来が気軽にできるようになってくるまで確かな情報というものが滅多に入らなかったので、伝わってくるのは酒場なんかでやりとりされる尾鰭のついた不確かな噂ばかりだ。


 勇者の冒険譚なんかは、酒場で人気のお題だったのでいろんな話が聞こえて来たが、だいたい眉唾っぽい話が多いなという感じだった。


 それに比べてこの国の王様は結構影が薄い気がする。そりゃあまあ在位の半分くらいが魔王の影響で人々が各街に閉じこもっていた期間なので、ほんと噂とか回ってこなかったからな……。


「俺が聞いた話は王様よりも勇者の方が竜と絡んでた気がするな。勇者が竜の末裔と旅をしていたとか、竜に魔法を授けられたとか、なんかいろいろ噂がありすぎて錯綜してたけど」

「ほーん、そういうのもあるのかの!」


 カルラがちょっとワクワクした顔で話を聞いている。

 なんだ、勇者に興味あるのか?


「この国から旅立つときには竜も一緒だったとか、そういのもあるよね〜。吟遊詩人的にはいいテーマなんだけど。カルラ、勇者に会ったこととかないの?」

「ないの。我、その頃寝とったしの」

「寝てたかあ〜〜〜」


 カルラが謎だ。ていうか、その頃寝てたということはやっぱ長生きなんじゃ!?いやでも赤子だった可能性もあるし……。なんかそこらへんを突っ込んで聞く勇気がまだ持てない。保留です。


「竜かあ〜……この国には火竜がいるっておとぎ話で聞いたけど、どこかにいるのかなあ」

「火竜なら火山に住んでるんじゃないか?火山に住んでるなら温泉とかないかな……」

「ラッシュはいつもブレないな」

「ほんとうにの」



◇◇◇



 翌早朝に野営所を出発し、リッツェルの街に着いたのはもうすっかり日が暮れた頃だった。秋口に差し掛かる頃なので、陽が落ちるのが早くなったのもある。


 街壁は外側こそ普通にレンガ作りの頑丈なものだったが、街の中に入ると印象が一変した。

 内側の壁にはすべて漆喰を塗りこめてあり、黒っぽい塗装の屋根や焦茶の柱などとうまく調和している。街壁の一部と主要な通りには魔石の街灯が灯されており、歩くのに支障はない。


 あまり広くないリッツェルの街は、静かに落ち着いていて、ところどころに点った街灯の灯りと、風に揺れる街路樹の葉ずれに混じって、馬や馬車が通る音が遠くで聞こえるくらいだ。


 街の人に混じって、どこかの宿の宿泊客らしき人たちが、くつろいだ揃いの軽装で歩いている。



───へえ……もしかして衣装を宿屋で貸してるのか。



 思わず宿屋経営の側の目で見てしまったが、そもそもの街の治安もいいんだろうな。


 大通りには宿屋や食事処、甘味やちょっとした雑貨などを売る店がずらりと並び、屋台みたいな買い食いが出来るところは限られていた。

 ひとところに固まっていて、屋台にぐるりと囲まれた広場兼休憩所があるので、どうやらそこで食べるみたいだ。休憩所には雨が降ってもいいように屋根とちょっとしたベンチやテーブルが設置されていた。屋台で売ってるものの単価も高い。


 これは……なかなか……。

 俺がちょっと考え込んでいると、小声でイームルが聞いて来た。


「……ねえ……わりとっていうか敷居が高いんだけど、宿……どうするの?」

「ん?王都を出る時に予約しておいたぞ。こっちじゃ」

「す、すごい……!!そんなことができたのかカルラ……!!」


 俺がびっくりしてカルラを見ると、ふふん、とドヤ顔を返された。


「当たり前じゃろう。誘ったのはこちらじゃぞ。ついてこい」


 俺たち3人はすでにここの空気に飲まれ、腰がひけたまま素直にカルラに着いていった。


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