028:王都は広かった

 王都は広い。


 おおむね平たい大地の上にぽこりと飛び出た山脈を背に、その王城は建っている。背後からの襲撃を考えなくて済むのでここに建てられたのだろう。


 そして山際からぐるりと囲むように第一層の街壁。トレッサほどではないが、壁の上や中はある程度空間が作られているようで、その分厚めだ。見張りや通路に使われるのだろうが、壁は漆喰で塗られところどころに装飾がほどこされており、城と合わせて荘厳な雰囲気を纏わせている。


 第一層の街壁から2〜3回りくらい大きく広がったところに第二層の街壁がそびえている。こちらも漆喰で塗られた高く厚い壁だ。


 そして第二層から大きく広がって山際からひときわ高い壁が築かれている。

 城壁が3層もあるのだ。今まで通ってきた街は、基本的に街壁はひとつだけだったが、王都に人が増えて長い年月で追加されていったのだという。


 1層目の内側が王城のある区画、2層目が領主などの金持ちが住んでる区画、3層目は庶民街だ。

 俺たちが入れるのは3層目のみ。庶民街はすんなり入れたが、2層目は門のところで止められた。



 そして王都の宿代は高い。


「うーんどうする?庶民街だけど、値段がスーの倍からのだな」

「高いな」

「うん、さすがのお値段」


 買い物したら一旦街を出て野宿か。いやでも一泊くらいはして旅の疲れを取りたいっていうか風呂に入りたい。


「高いのか」

「オレたちにとっては高いねえ」

「ん〜でも久々にベッドで寝たいな。やっぱり宿を取ろう」


 カルラは王都で寄るところがあるとかで、着いたらちょっと別行動すると事前に聞いていた。なので、早々に宿を決めて待ち合わせ場所を確認する。


「では、明日の午後に噴水広場での」

「ああ、気をつけて」


 それぞれ短い挨拶を交わし、宿の前から遠ざかっていくカルラを見つめる。


「王都に知り合いがいたんだ」

「ますますわかんなくなって来たな。人と交流するタイプだったとは……」


 俺も意外だった。でも1ヶ月ほど一緒に旅をしてきて、人付き合いが嫌いなわけではなさそうだというのは知れた。多分人間関係?は狭く深くのタイプなんだろうな。

 認識阻害なんて魔法を使っているのだし、知らない人間に絡まれるのはよしとしないんだろう。


「まあ長生きっぽいし、知人くらいいるんじゃないか?それより宿もなんとかなったし、冒険者ギルドに行こうぜ〜、毛皮と肉を売ろう」

「おっそうだったな、行くか」

「ついでに食料の調達だね〜何があるのかな!」


 俺たちは初めての王都にわくわくが止まらない!

 まるっきりおのぼりさんなので、スリには気をつけようぜ!とお互い言い合いながらも、あっちこっち見て回った。


 庶民街といえども、さすが王都。すべての道に石畳が敷かれており、雨でも泥はねの心配がない。

 その分、緑が少ない気がするし人も多いのでなんか息苦しい。

 しかし俺たちはそれを差っ引いても、これまで見て来たどの街よりも賑やかで活気のある様子に浮かれていた。


「あ、このへん甘いものばっかり売ってるっぽい?」

「そうだな、匂いがすでに甘い」

「ちょっとクレッグ、ふらふらしない!」


 甘味好きのクレッグがあっちこっちに視線をさまよわせている。そりゃあ道の両側にずらっと甘味屋らしきものが並んでいたら壮観だろう。

 店の中でお茶と一緒に食べられるような店に、持って帰る専用の店もあれば、外観からは何も分からないが何かある……っぽい店もある。

 なるべく入りやすそうに扉を開けていたり、店の前などで売っているものを物色する。


「おねーさん、これ一個ずつ買えるかな?」

「大丈夫ですよ〜!何個お包みしましょう?」

「とりあえず3つで!」

「ありがとうございまーす!」


 ふと目に入った店先で、ころんとした丸い形のまっしろな焼き菓子を見つけ、とりあえず買ってみる。


「あとで宿で食べてみようぜ〜」

「うむ……ラッシュ、イームルあれも気になる」

「はいはい」


 ちょっと楽園すぎて挙動不審になっていたクレッグの代わりに、俺とイームルが買っていく。

 さすがにこの辺で食べられそうなところがないので、宿にお持ち帰りだ。狩りの売上もあるし、これくらいの贅沢はいいだろう。なんせ王都なので!!!



◇◇◇



「リッツェルの紹介状をもぎとってきたぞ。資金もたんまりあるでの、おぬしら3人くらい1ヶ月は余裕じゃ」

「はい???」


 翌日、待ち合わせ場所である噴水広場に辿り着くと、カルラはすでにそこにいた。相変わらず人目はまったく引いていない。

 今日も認識阻害魔法ががんばっているらしい。


 そして集合した俺たちはいきなりのカルラの発言になんのことかまったくわからないが!?という顔をしていた。


「ほれほれ、これじゃ。せっかくここまで来たのじゃ、寄っていこうぞ」

「えーと、ちょっと、どっかお茶でも飲みながら話をしようか」


 カルラが俺の目の前で紹介状の封筒をひらひらさせているが、ちらりと見えた封筒は恐ろしく上質なもののような気がして震えて来た。



───……いったい昨日別れてから何をして来たんだ???



 急遽、昼からやっている飲み屋に入り、半個室状態の席に案内してもらう。

 そこそこの客が入っており、いい感じにうるさい。

 半個室なので、これなら不審者が扉の前に張り付くこともないだろう。店員が各自の飲み物と芋を揚げたものを置いて下がったのを確認してから話し始める。


「で、どういうことなんだ?」

「ちょっとみんな、一応小声でね?なんかその封筒明らかにヤバいやつじゃん」

「なんじゃ他に聞こえん方がいいのか?ちょっと待て」


 パチン、と周囲の空気が変わる。


「音は聞こえるが認識できないようにしておいたぞ。これなら話しても構わんじゃろ」

「至れり尽くせりだなあ……。で、なんだったんだ、紹介状と資金って」

「その封筒からしてすごい高そうなんだけど、もしかしてどこか襲撃したとか……」

「何を言うとるのじゃ、これは知り合いに書かせただけじゃし、資金は我の持ち物を換金したのじゃ」


 呆れた目で見られた。ごめん、まだ頭から食われそうな印象を抱いていました……反省します。


「すいません……いやでも資金があると言われても。タダより高いものはないというし……」

「べつに裏などないぞ?我が奢るというのだ、せっかくここまで来たのなら入らぬ方がアホじゃぞ」

「でも、俺あんたに奢ってもらう理由が……」



「おぬしには命を助けてもらった恩がある」


「え?」


 真面目な顔で、じっと見つめてくる。え?なに、俺そんなことしたの……?


「えっ……あの、俺、が?」

「そうじゃ。確かにおぬしは我を助けたぞ」


 本当に?えー?覚えがないんですけど!


 必死にこれまでの記憶を探ったが、覚えがない。こんな強烈な印象の人を助けた???

 えっどこで?うちの近所にこんな人いないぞ???かといって近隣の街も似たり寄ったりだし、なら旅の途中か……?


「とりあえず、ラッシュがカルラを助けたとして。俺たちこそ奢ってもらう理由なくない?」

「まあ、俺らは留守番でも良いが」

「安心せよ、3人とも連れていってやろう。我を旅のあいだ、対等に扱ってくれたからの。仲間はずれなど心の狭いことはせんぞ」


 俺がぐるぐる考えているうちに、3人ともリッツェルに連れていってもらうことになっていた。


 昨日ギルドで狩りの成果の精算をしたあと、消耗品などは買い込んでおいたので、ここを出たらすぐに出発することに。


 各自飲み物とつまみを空にして、再びパチンとカルラが指を鳴らす。なにがしかの魔法が解けた空気を押しのけながら席を立つ。


「な、なあ、一体いつあんたを助けたの?」

「そこらへんは自力で思い出せ。照れるからの」


 へにょっと笑ったカルラに、俺はますます頭をひねるのであった。

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