024:次の予定
「だいぶ経ってしまったが、立ち話もなんだし茶を用意したぞ」
ニコラ所長とマルクルは途中で逃げ……たわけではなく、退席してお茶を淹れてきてくれていた。ついでに人数分の椅子も持ってきてくれた。
各自マグカップに入ったお茶を受け取り、椅子に座っていく。
俺はまだベッドですが。
「ここで嗜好品として売りに出してるハーブティだ。なかなか好評なんだぞ」
「そういうのもやってるんですか。あ、美味しいな」
一口飲んで、ふわりと落ち着いた香りの湯気を楽しんでいると、先に飲んでいたカルラが感心したようにつぶやいた。
「ふむ、鎮痛の草と癒しの花に気分を軽くする木の根か。なかなかいいセンスじゃ」
「だろう?これらを組み合わせると相乗効果で少しずつ回復力が上がるのだ」
「えっそんな効果があるんだ!?これどこで買えるのニコラ所長〜」
さっきはちょっと喧嘩してたみたいだが、今は2人してお茶について和気藹々と話している。そこにイームルも加わっていった。あいつすごいな、そこに混じっていけるのか……。
「で、結局一緒に行くことにしたのかな?はいこれ、ここの銘菓。美味しいですよ」
茶をすすりながらぼんやり眺めていると、マルクルが素朴な焼き菓子を勧めてくれながら聞いてくる。
バターと蜂蜜と小麦粉を混ぜて焼いた、少し硬めのクッキーだ。ハーブティーはすっきりした感じなので、蜂蜜の甘さがちょうどいい。
「うん……まあ、なんか俺のこと心配してくれてるみたいだし、どんな人か知れるまではいいんじゃない?ってことで」
「そうですか……私も君の看病してるあの人と少し話しましたが、いろいろな知識を持ってらっしゃるようで大変興味深かったですよ。できればここにしばらく逗留していろんな話を聞いてみたいくらいでした」
マルクルからは意外な評価が出てきた。
確かに、喋り方は少し古風だし、海の温泉のことも知ってたみたいだし、ハーブティーのブレンドの中身をすぐさま当てたりしていたな。俺、飲んでもさっぱりわからなかったのに。
ぼんやりと、長生きしているのかと思ってたけど、もしかしてどこかで学をおさめたりしてたんだろうか。
「へえ……そうなのか……じゃあ王都の近くの温泉も知ってるかなあ」
俺がそう呟くと、当のカルラが食いついてきた。
「ん?王都ドレークの近くの温泉……?もしかしてリッツェル温泉リゾートのことか?」
「リッツェル……!それですけど、温泉、リゾート…………?」
あれ?
俺が調べたリッツェルの温泉街は、昔ながらの落ち着いた温泉街だったはず……?リゾートってなに……?
俺がなにそれしらない状態になっていると、ニコラ所長が補足で説明してくれた。
「ああ、あそこ高級温泉街として売り出してるから、紹介状か、誰か行ったことのある人に連れてってもらわないと入れないぞ?」
「えっえええ……!俺が調べたのはちょっと鄙びた温泉街で、王都に近いから高級志向の宿もある、くらいの情報だったけど……!?」
「ここ10年くらいで方針変えてきたらしい。いまのあそこは高級宿がメインになりつつある」
「そ、そんな……!?」
まさかの方向転換!高級志向!?
「あそこ高級志向になる前はだいぶ人が来なくてさびれてたらしくて、苦肉の策だったみたいですよ?街全体で客の人数絞ってその分お高めにしたら、王都のお金持ちに当たったみたいです。もともと王都からほどよく近いし、お金持ちがちょっと気分転換に〜みたいに使うのにちょうどよかったみたいで……」
マルクルが追加で説明してくれるが、これがまたなかなか俺に刺さっていた。
「ぐおお、街ぐるみでの起死回生の転換策……ひとごとではないぶん当たってよかったという気持ちと、手が届かなくなった秘湯への複雑な気持ち……っっ!!」
「ひとごとではない?」
「俺たちの故郷の街も温泉街なんだよ」
「ああ、そうなんですねえ」
1人で悶えている俺にマルクルが聞いてきたが、悶えてて聞き逃した。
クレッグが代わりに答えてくれた。
そう、俺たちの故郷トレヴゼロもけっして栄えている温泉街ではない。魔王時代の人が来なくてやばい時期は脱出したが、立地的にそうそう観光客が訪れるような土地でもないのだ。
「うちの家の紹介状くらいは書いてやれるが……たしか相場がこのくらいで……金の方は大丈夫か?」
ニコラ所長がかわいそうな生き物を見る目で見ているが気にしない。 しかし、相場を聞いてちょっと引いた。いつもの宿が10日くらい泊まれる金額が最低ラインはさすがに無理だ。
「……うう、この額はさすがに出せない……!紹介状を書いてもらってもどうしようもないので、諦めます……」
しおしおとベッドに伏せた俺は、打ちひしがれながらも次の目標をどこにしようかと考える。
えーと、他の温泉……王都の周りはあんまりないんだよなあ……。
じゃあ当初の目的地の北端の温泉にそのまま行くか……?王都で冬越えはさすがに無理だしなあ。
リッツェルの街は王都の東側、竜のあばらと呼ばれる山岳地帯に近い方にある。
火山はこの大陸の中央付近の山岳地帯に集中していて、竜の目と呼ばれる王都はそこから西側の広い平野地帯にあるのだ。
それにしても、ニコラ所長はやっぱり領主筋の人だったか。領主は基本的に王族の分家だ。王族から降った際に、姓が贈られる。
庶民は基本名前だけだ。村や街の名前をつけたり屋号で呼ばれたりするくらい。
「なんじゃ、リッツェルは行かんのか?」
「お金が足りないからねえ……せめて王都には行きたいかな」
「そうだな、俺も行きたい」
「オレも〜!」
せっかくここまできたし、どうせ北端の街に行くなら王都は通り道だ。少しくらい寄ってもいいだろう。
「ふむ、力になれなくて悪いな……。王都には私の両親が住んでいるから、もし何事か困ったら寄るといい。そっちへの手紙を書いといてやろう」
「それはすごくありがたいです……力になれないどころか、いやほんとニコラ所長にはお世話になりっぱなしで……」
看病してもらったり部屋を用意してもらったり、ほんとお世話になってしまって……俺たち薬草採るくらいしかできなかったんですけど……。
「言っただろう?私たちも世話になっている。薬草を採ってもらうのに細かい説明書を作ってギルドと連携する発想は私たちにはなかったものだ。みんな研究一筋で人付き合いが微妙に苦手でな……とても助かった」
「ニコラ所長……」
苦笑しながら小首をかしげるニコラ所長は、ちょっと年相応の顔になっていた。
俺なんかは宿屋のお客さんの御用聞きや商店街への買い出しやら師匠のおつかいなんかで、なんだかんだ人にお願いしたりして回るのは慣れてるからなあ。
適材適所ってやつなのかな。
「しかし、やっぱりみなさん次に行くところが決まっているんですねえ……お別れするのが寂しいです」
「そうだねえ……ここものんびりしてていいところだけど、まだ旅の途中だからね」
マルクルがちょっとしょんぼりしている。
短いながらも結構仲良くなっていたので俺もちょっとさみしい。この街にまた来れるかと問われれば、わからないとしかいえないのだ。
そして、お互い手紙を書こうと約束した。
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