023:ぶっ倒れました


 俺はなんと、これまでの疲労の蓄積により発熱し、ぶっ倒れたそうだ。



 倒れたその場にいたニコラ所長が医師の免許も持っており、ひとまず研究所の隔離できる施設に運んで検査をしてくれたらしい。

 ニコラ所長まじで天才なのでは……?あとで聞いたところによると、薬草の研究をするのに医療の知識も必要だったので勉強したらしい。すごいなあ。


 検査の結果、感染症などではなさそうということで、隔離はしなくてよくなり、研究所の面々が解熱と疲労回復の薬草を煎じてくれ、イームルとクレッグも看病してくれた。

 そして思わぬ闖入者も出現した。





「だ、大丈夫か!?熱が出ているのか!?」

「ああ……俺、死ぬのかなあ……なんか、精霊様みたいなのが見える……」


 目の前が赤い。真っ赤と碧と白と……。


「ええっおぬし、死ぬのか……!?」


 この世のものとも思われぬ、男とも女ともつかない美貌が今にも泣きそうに顔を歪めている。


 根元が白く輝く、ひときわ豪奢な赤い髪を揺らし、白い肌に紅と碧の瞳が涙をたたえ、潤んでキラキラと輝く。


───ああ、美人というのは泣き顔も美しいんだなあ……。


「いやあ……最後にいいものを見た……」

「何勝手に死にそうになっとるんだ、このアホ!!!」


 俺がそっと目を閉じると、パコーン!といい音で頭の辺りを殴られた。

 パチリと目を開く。


 あれ、ニコラ所長。と美の化身みたいなひと。

 何、なんですかその変な武器。


「これか?これはハリセンという。丈夫な紙で出来とるから、派手な音がするわりにはそんなに痛くないだろうが」

「あ、確かに」

「し、死なないのか?大丈夫なのかこやつは!」


 俺とニコラ所長がまったく危機感のないやりとりをしている横で、美人がひとりオロオロして慌てふためいている。

 あれ?クレッグとイームルどこ行ったんだ?


 ここは……多分ニコラ所長の研究所の一室……だよな?


「ただの疲労熱だからな。うちの研究所の特製の薬草茶飲んだんだから、熱はもうすぐ下がるだろ」

「そ、そうだったか……ありがとう小さきものよ」

「な、な、私は小さくない!!!年齢的には標準身長だぞ!???」


 ムキーっっと所長が美人に怒っている。

 心なしかさっきより身体が楽になってきたかもしれない。厳禁なものだ。


 周りを見渡すと、小さめの部屋に置かれたベッドに俺は寝ているらしい。ベッド横には少し開かれた窓があって、涼しい風がそよりと吹き込む。


 室内には所長と美人しかいなかい。

 あれ、本当にあの2人どこ行ったんだ?


 目の前では小さい小さくないと激しい攻防が続いているが、とりあえずそれは見なかったことにしつつ。2人の奥の扉がそーっと開いていく。


「…………」


 イームルとクレッグが、そっと室内を伺っていた。バッチリ目が合う。

 何してんのおまえら。



◇◇◇



「では、回復したことだし、久々の吟遊詩人としてお祝いの歌をうたいます!」


 イームルが竪琴を出す。旅の間、腕がなまるからって街道でも弾きながら歩いてたもんな。


 だが断る。


「歌わんでいい。それより何がどうなってこうなったのか教えてくれ」


 イームルとクレッグ、マルクルまで入ってきて一気に人口密度が増した。この部屋には人数分の椅子がないので、各々立っているがそれも圧迫感を増している。


「森から街に帰って来て、即倒れたのは覚えてる?」

「おう。意識途切れたのそこだな」

「そこからここ、ニコラ所長の研究所まで運んでもらって検査して薬飲んで今に至るってとこ」


 えらいざっくりしたな。

 いやまあ、意識がない間看病してくれた人がいることは確実なので感謝せねば。


「ちなみにおまえは3日ほど寝てた」

「3日!?マジでぇ……!?」

「マジだよ。おはよラッシュ」

「あ、うんおはよう」

 

 てっきり1日とかだと思っていたら。大変ご面倒をおかけしました……。


「すいません、ニコラ所長。大変お世話になったようで」

「ああ、気にするな。君たちには薬草採取の件でお世話になったからな。特に感染症とかでもなさそうだったので寝かせておいたが、たぶん疲労が溜まって発熱したようだ。もうちょっと休憩をとりながら旅をすることをお勧めする」


 そっかー、疲れが溜まってたのか……。まあ、初めての長距離旅だったからなあ。


「寝てる間のお世話は主にイームルさんとクレッグさんが交代でやってくださったんですよ」

「おお……2人ともありがとう」


 マルクルがにこにこと2人のほうを振り返って言う。


 クレッグが握った拳からぐっと親指を立てる。

 おい、イームルいい感じのBGM奏でてんじゃねえ。


 よく見ると部屋の隅に簡易ベッドらしきものが2つ置いてある。あそこに泊まり込んでくれたのか……。

 ちなみにこの簡易ベッドは研究所の備品らしい。研究が佳境に入ると泊まり込む所員がいるので用意があるそうだ。


 さて、大体の状況は分かったが、俺たちの話を聞きながらめそめそうるうるしていた闖入者の問題に移ろうか。


「……えー、あの、あなたは一体?ウノとクワートで会ったひと……?ですよね?」


 クワートで盛大にビビって逃げた俺であるが、今は不思議と、なにも怖くない。

 ベッドで身体を起こしたままの俺は美人の方を向いておずおずと話しかける。


 すると美人はぱあっと顔を輝かせ、ふんすと鼻息をついて喋り始めた。


「我の名はカルラクルラ。カルラと呼ぶがいい。ラッシュよ、おぬしには恩がある……よって、我がおぬしらの旅を助けてやろう!」


 ばっと腕を広げ、一歩前に踏み出しドヤっている美人。

 ややぽかーんとする俺たち。

 ニコラ所長とマルクルは固まっている。


「えっ」

「これはまた唐突な……」

「何したのラッシュ?」


 クレッグとイームルがひそひそと俺に囁いてくる。いや俺にもわからないんですが!


「実は道中も見守っておった」

「あ、もしかして途中獣が出なかったのはアンタが片付けてたのか……?」

「そうじゃ」


 カルラ……さん、ドヤ顔っす。

 獣が出ないと思ってはいたが、この人が……?先回りして片付け……?ひとりで?どうやって?

 めちゃくちゃ強いとかなのか?いや確かにただのひとじゃないっぽいけど。


 え〜としかし、ということはウノから俺たちはつけられていた……?あれ、危険人物じゃない?このひと。


 えっ。


「……ストーキン…………」

「しっ、ラッシュだまって」


 つい口から出てしまっていたが、小声だったのでベッドの端に腰かけていたイームルにしか聞こえなかったようだ。

 そうだな、下手に刺激したらいかんな。


「すいません、ちょっとタイムで。3人で相談させて下さい……」

「ちょっとクレッグきて」


 そっと美人から目を逸らしつつ、作戦会議の時間を要求すると、軽く頷かれたのでクレッグを呼び、3人で肩に手を回して輪になり小声で相談する。


「どうするんだ」

「どうするもこうするも……正体がわからなすぎて怖いんですが」

「でもあの人、ラッシュが寝てた間めちゃくちゃ心配してずっと看病に加わってたんだよ〜」

「えっそうなの?」

「ああ、確かにここに担ぎ込まれた直後に飛び込んできて、オロオロしてたし泣きそうだったからとりあえず昼間だけ一緒に看病したな。いちおう警戒はしてたけど、普通に心配してただけっぽい」


 それは知らなかった……というか、本当になんで?旅に出るまで、あんな美人会ったことないし、会ったら忘れないでしょ……。

 俺は相談しながらもどんどん混乱してきた。


「恩があるとか言われたけど俺、正直覚えがない」

「え〜」

「思い出せいますぐ」

「無茶言うな」


 いやほんとにわかんないんだ!どうしたらいい!!


「結論も出ないしとりあえず、王都まで一緒に行ってみるか?」

「一緒に旅でもしてみたら少しはわかるかもしれない……?」

「相互理解の時間は必要だと思うよ。オレの勘ではあんまり小細工とか裏表はなさそうだけど〜」

「うう、ほんとに……?俺たちどこかに売り飛ばされたりしない……?」

「最悪はその辺だろうが、対策でなるべく人の多いところを進もう」

「最悪1人囮にして残り2人がバラバラに逃げて助けを呼ぶ!とかで行く?」

「それ、囮役ほぼ俺じゃん!!」

「まあそうなるな」

「アハハハハ!だってラッシュ気に入られてるみたいだしね」


 ……相談した結果、しばらく一緒に旅をしてみようということになった。

 旅は道連れ、というやつだ。実際いいひとなのか悪いひとなのかどうかもわからないのでとにかく話をしたりしてお互いの理解を深める向で見極めようと言う話に。

 そもそも俺たちは荒事はそんなに得意ではないのだ。のんびりした田舎の温泉街で育っているので……人間関係も街の人ほぼ知り合いばかりみたいなとこから出てきたわけで……。


 そして俺たちはそんな金持ってるわけじゃない普通の若者だ。見た目からしてそうだ。騙してなにかいいことがあるのか?と言われるともう人身売買とか怖い方向にしかいかないんだが……一応3人いることだし1人くらい逃げられるだろうと。


 しかし、2人とも本当にいいの?いいのか?ねえ、なんか目がぐるぐるとかしてない???

 俺が寝てた間に、正体不明の美人と交流を深めつつあったらしい2人のことを信じたいと思いつつ、まだ疑っている俺がいた……。俺、基本小心者だからなあ……。

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