021:泥沼かとおもいきや


「ぐわーっ!見つからねえ!」

「ラッシュどうどう」

「お、足跡発見。これは……イタチとかか?小さめだな」


 ここしばらく森に入り、狩りをしながら温泉を探している。


 最初の3日くらいは山沿いの川を辿ってたんだが、結局見つからず。

 やはり森の中か……ということで、装備や消耗品を揃えなおし、冒険者ギルドやマルクルから森の中の様子を聞き取りし、準備して突入したのだが。


 方角を変え、川らしきものを探すも、見つからない……うーん、もしかしてもう涸れてしまったんだろうか。


 俺のわがままに付き合わせている形の2人に申し訳なくなったのは3日目くらいまでで、いまは意地でも見つけてやるという気持ちになっている。


 2日にいっぺんくらいは薬草や狩りの獲物を売りに街に戻り、またすぐに森に入るというのを繰り返して4回目くらいになる。


 本当に、この森は嫌になるほど広い。



「あ、やべ。降ってきたぞ」

「うわ〜最悪だな、一昨日も降ったのに」

「足元がヤバい。ちょっとこれは足が取られるよぉ〜!」


 小雨とはいえ、濡れると身体が冷えてしまうので、なるべく木陰のほうへ退避しようとすると、落ち葉に埋もれた地面がずるっとすべる。


「こういう時こそ慎重に……あああっ」


 ずるるっと、転げこそしなかったものの、結構泥がはねてしまった。


「大丈夫かラッシュ」

「だ、大丈夫、だけどだいぶ地面ずるずるだな……」


 思わず木の幹に抱きついてなんとか踏みとどまった俺に、クレッグが心配そうに聞いてくる。

 大丈夫大丈夫、ちょっと油断しただけだ。


「これどうする〜?今日ここらへん寝るつもりだったけど、こんなに地面濡れてたらきついよね?」

「そうだな……木の根に座るにしても、ここら辺あんまり出てきてないしな」


 そうなのだ、この辺はまだ若い木が多いのか、それともあまり大きくならない種類の木なのか知らんが、あまり地面から木の根が浮いてるところがない。せめてそれがあれば一晩くらい座ってなんとかやり過ごすんだが……。


「しょうがない、川沿いの方に行こう。あっちなら多少岩が出てたはずだし」

「そうだね、暗くなる前に移動しよ〜」


 先日見つけた森の中の川は、山側から流れてきている支流のようで、大きめの岩がかたまっていた。

 岩のせいで雨を遮る木は少ないが、地面が泥でないのはありがたい。




 小雨の中、ようやく川沿いに出た頃には、足元は無惨にも泥だらけになっていた。


 くそっ温泉はどこだ!

 

「温泉だ!こういう時こそ温泉に入ろう!!」

「温泉は見つかってないよラッシュ〜」


 俺の後ろを歩いているイームルが律儀にツッコんでくれるが、俺の目はちょっと血走っているかもしれない。


「……ん?あれ、なんかあそこ湯気出てないか?」


 俺たちの中で1番目がいいクレッグが少し先の川向こうをじっと見つめている。

 ゆげ!?湯気と言いましたかね君!?


「あ、ほんとだ」

「ちょっと行ってみるから、おまえらそこで待機してろ」


 温泉か?温泉なのか!?とぐるぐるしている俺をどうどうとなだめ、クレッグが川のそばに小走りで寄っていった。

 しばらく様子を見ていると、こっちに来いと手を振ってくる。

 よし!温泉か!?


 湯気の出ている場所は川の向こうだったので、張り切ってザブザブと川を渡る。幸い水位は高くなくて、1番深いところでも太ももくらいまでだった。

 上半身は雨を通さないフード付きの雨具をかぶっているが、はみ出ている手足はやっぱりずぶ濡れなのでいまさらである。


「うーん、黒いな……」


 川を渡りきった俺はすぐさま湯気のもとを見て、うなった。



 予想より黒い。なんだこれ。



 水溜まりを大きくしたくらいのサイズだが、確かに湯気が出ている。異臭は……多分ない。周囲に小動物の死体もないから毒ガスではない。


 ああ、あと泥ではなさそう。あくまで透明度のある液体……だけど黒いんだよなあ。本に載ってたのも黒い湯とは書いてあったが……これなのか?


「木ですくってみるか?それでもって溶けたりやばいやつだったら諦めるってことで」


 追いついたクレッグが、現実的な提案をしてくる。


「うん……そうするか」

「はいこれ」

「お、すまんありがとう」


 イームルが道中で拾ったらしき木の枝を半分に割って、簡易スプーンみたいな感じにちょっと削ってくれた。

 水べりに立ち、おそるおそる黒い水……お湯?をすくってみる。


「………………」

「お湯……?なんだよな?黒いけど」

「どろっとしてるわけでもないのになんでこんな黒いの……?」


 一応木でできた簡易スプーンは溶けたりはしなかった。すくってみた感じ、お湯っぽくもある。

 が、人が入って大丈夫かはまだわからない。


 いきなり入ってやっぱり毒の沼でした全滅コース!はヤバいので、誰か知ってそうな人に聞くしかないか。


「これはさすがに判定しづらい」

「匂いもなんか、温泉!って感じじゃないしねえ」

「街に戻って誰かに聞くのが1番確実で早そうだなあ……」


 そうやって黒い水溜まりの前、3人で相談してるうちに、雨が少し小降りになってきた。

 昼が過ぎた頃だ、太陽が出てくれば周りも明るくなってくる。

 もうずぶ濡れだからとあんまり気にしなかったが、この格好で街に入るのはやばいな……。


 あらためて自分達の格好を見ると、足元の泥は川でちょっとだけ落ちたが、そのかわり靴の中までずぶ濡れ。フード付きのポンチョとはいえ、雨に濡れた髪の毛から水が滴っている。


 そもそも宿代節約のため、野宿が続いてたのでちょっと服も自分たちも汚れ気味だ。


「……もういっそ、川で全部洗ってくか」

「……そうだな」

「……風呂入りたいな〜街戻ったら入ろうよ」

「……そうだな、一回戻ってしっかり休むか……」


 一応の目的である黒い水溜まりを発見して、ちょっと気が抜けた俺たちは、すぐそばにある川へと歩いていく。さすがにこっちは流れもあるし魚もいるみたいだし、入っても大丈夫だろう。


 脱いだ服と自分たちを丸洗いして、川から上がる。濡れないように革布にくるんでいた荷物も無事でよかった。


 木陰に火を起こして、脱いで洗った服を絞って乾かしていると、ヒュウッと強めの風が吹いた。


「へっくしょい!」


 起こした火が消えないように風を防いでいると、思いっきりくしゃみが出た。

 もう夏の盛りは過ぎる頃だ。しかもここは山の中なので、ちょっと涼しい、いやだいぶ涼しい。


「大丈夫か?ここら辺クワートに比べると結構涼しいからな」

「お湯飲んで、お湯」

「お、すまんな……意外に冷えたわ」


 結局俺たちは今、パンツいっちょで焚き火に当たっているのだった。荷物の中の服も洗わないと着られないやつばかりだった。おおう……。やっぱり一度ちゃんと宿に泊まって洗濯とかしよう。


「あ〜……あれ、ほんとに温泉なのかな……」

「温泉だとしても入るのちょっとためらう、驚きの黒さだったよね」

「そうだな、黒いとは聞いてたが……」


 俺の迷いに2人も賛同する。なんだろうな、見た目って大事だな。



 そうこうしてるうちに、だいぶ服も乾いてきたので着込んでいると、がさがさと草をかき分ける音が。

 人っぽいが、山賊だとアレなので即座に警戒体制に入る。


「むっ。君らか」

「あれ、所長さん?」


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