020:探索開始


 トレッサの街の初日は、風呂なしの素泊まりの部屋に泊まった。


 安宿の部類ではあるが、とはいえ部屋もベッドのシーツも清潔だし、お湯ももらえる。

 身体を拭いてさっぱりした俺たちは、腹ごしらえをしてから、今日の情報を整理しようということになった。


 研究所の帰りに、ここの名物らしい肉料理も買ってきたのだ。


「ん〜、これ美味しいな」

「やっぱ肉だな!肉はいい」


 森で獲れたイノシシと、シカを濃いめのタレで焼いてパンに挟むおなじみのやつだ。

 こないだまでいたクワートの街は海が近い分、どうしても魚が多かったので、肉が恋しくなってた。ありがたい。


 ここのパンは黒パンに近い堅めのパンだけど、木の実やドライフルーツが入ってたりしてちょっと甘い。これはこれで濃いめのタレによく合う。


 ここのビールも軽めのやつと重めのやつがあって、どっちにも合う。


「このパンちょっと甘くて美味しいね〜保存食になるなら買い足していこっかな〜」

「それいいな、明日買いに行こう」


 実は甘党寄りだったクレッグが、イームルの言葉にうなずいている。

 俺はというと、研究所の所員さんたちに温泉のこと聞けばよかったな〜とちょっと思っていた。

 今度会ったら聞いてみよう。



◇◇◇



 次の日は、朝から昨日の森とは反対側の門から出発だ。


 昨日の研究所からの薬草採取の依頼を受けるついでに、冒険者ギルドでこの周りの獣の分布も確認してきた。


 資料室の人に温泉の話がないか聞くと、そういえば温泉らしきものが川のそばにあったな〜といううっすらとした情報もゲットしたので、まずはそれを探しに行こうということで。


「いい天気だな〜。ラッシュ、こっちでいいのか?」

「おう、ギルドで聞いたのは門から出て東のほうだから、こっちであってると思う」


 西に伸びている街道から逸れ、山の方へと向かっていく。

 山の端っこの方では例の森と繋がっているのだが、森の中は広すぎてさすがに危なさそうだし、まずは川を見つけようと、山側に来たわけだ。

 川といえば山の方から流れているはず……という予想のもと、果たしてすぐに川は見つかった。よかったよかった。

 

「よし、これに沿って行ってみよう。イームル、方位教えてくれ」


 俺は懐から昨日の夜作ったここらへんの簡易地図を取り出す。

 冒険者ギルドの資料室で写してきた地図をもとに、道中いろいろ書き込めるように簡単な目印を書いただけのものだ。


「はいよー、ええと川は上流が東だね」

「わかった、とりあえずここらへんだな」


 イームルが実際の配置を方位計で確認し、それを俺が地図に書き込み、クレッグはその間無防備になる俺たちを守るため、周囲を警戒している。




「あ、そうだ狩用の罠を仕掛けられるとこを見ながら行きたいんだけどいいか?」


 ここ最近狩りをしていなかったので、野宿するための肉とかの備蓄がない。

 もちろん街で買ってきてもいいんだが、狩りができる場所があるなら、自分たちで狩ったほうが安上がりだしたくさん食える。


「いいぞ。俺も狩りがしたいしな。長期戦になるなら金がいるだろう?」


 うっクレッグがすでに長期戦を覚悟している……。


「そうなんだよ〜……付き合わせて悪いな」

「何言ってんだ、俺たちだってやりたいことが被ってるから旅に出たんだろう?」


 武者修行というわりにはここまでだいぶ平和な道中だったので、腕がなまっているらしい。

 すまんな、温泉を優先しまして……。

 そういえば宿を出るときに、やる気満々で狩り用の剣やナイフを用意していた。今日は何か獲物がいるといいんだが。


 イームルはどうする?と聞いてみる。


「そうだね〜。オレは日中は薬草採取にして夜に酒場とかに行ってみようかな〜」


 夜も働くのか……それはそれで大変そうだが、確かにやりたいことをやる旅だからな。


「あ、そうかイームルはしばらく楽器の練習できてないもんな……吟遊詩人なのに……」


 じゃっかん哀れみの目で見てしまったので、イームルが軽く抗議というか同意というか、ぷんぷんしている。


「それなんだよね!!だからまあ夜のために体力温存でいくよ」


 ……こいつが倒れないようによく見とこう。


 しかし森以外でも薬草生えてるのかな?研究所の人たちは主に森で採取してたみたいだが……。

 まあ、研究所じゃなくても他の各ギルドでも引き取ってもらえるだろうから大丈夫か。採取した場所だけ地図に書き込んどこう。



 そんな感じでてくてくと川沿いを歩いていくと、ゆるい傾斜ながら平坦だった川沿いに徐々に大きな岩が増え始め、道のりが険しくなってくる。


「この辺はわりとアレだね、海の近くのはずなのにクワートとだいぶ生えてる草とか違うんだねえ」

「そうだな、どっちかっていうと地元の山に似てるな」


 わりとありふれた感じかつ見たことのある系統の草が生えているので、ある意味わかりやすい。山のそばとかだと似るんだろうか。


 川も上流らしきところに差し掛かったところで、木々の隙間から見える太陽が真上に見えた。

 水辺の大きな岩の上に各自座って、黒パンと干し肉をもそもそ食べる。


「ううん……それらしきものがないな〜……」


 俺がため息をつくと、イームルはひょいとかたわらで流れている川の水面を見た。


「ここ釣りもできそうだね。竿とか作る?」

「さすがにここで釣竿投げてる時間はないだろう」


 クレッグのツッコミが入った。まあな。

 釣りは待ち時間が結構長いので、今はやめときたいな。


「とりあえず今日は罠をしかけられる場所と、狩りの対象になってる獣がいれば御の字ということで」

「わかった」

「りょーかい」


 なんだかんだ半日で上流まで来たので、今日はこの辺をぐるっと歩いてみて、日が暮れる前に野宿する場所を見つければそこで。見つからなければ下流に戻って野営する予定にした。



───うーん、どうにも温泉が湧きそうな地面じゃないんだよなあ。



 なんとなくだが、そんな感じがする。

 

 そんなことを考えながら、休憩を終えた俺たちは、それからも岩をよじのぼり、木の根を踏み分けて川の上流を目指す。


 川自体は綺麗な清流だし水も多いみたいだが、なんというか、温泉っぽさはない。

 だが山の中に突然噴き出す泉もあると本に書いてあるのを読んだことがあるから、周囲をじっくり観察しながら歩く。


「ね〜そろそろ休憩しない?さすがに疲れてきたよ〜」

「そうだな、野営できる場所も決めたい」

「そうすっか〜。とりあえずここ登ったら休憩だな」


 俺も集中力が切れてきたところだったので、ちょうどいい。

 木の間の獣道らしき道を用心しながら登りきると、少し開けた場所に出た。


「おっ!泉だ!」


 開けた場所には、湧水が溜まったのか、小さな泉が広がっていた。

 俺が横になったらすっぽりおさまるくらいのサイズだが、魚がいるみたいだ。どこから流れてきたんだろう。大雨とかで流されてたどり着いたのかな。


「もしかして温泉?」

「……いや、普通の泉っぽいな。魚もいるし水草も虫もいる」


 ……温泉だと魚はさすがにいないもんな。うーん残念。


「ここらへんで野宿するか。木のそばなら地面乾いてそうだし」

「そうしよ〜獣出ても広いほうが弓当てやすいし」


 ということで、本日はここで野宿することに決定。


 俺はさっそく大きめの木の根付近に生えていた下草を刈る。

 薬草っぽいものも見つけたのでこれは魔法鞄に保存っと。あ、地図にも書いとくか。


 枯れ木を集めにいったクレッグとイームルが戻ってきたので、大きめの岩と石を積み上げて簡易のかまどを作る。


「なんかこのへん温泉とか沸いてなさそうじゃない?なんていうか、地面が違う感じ」

「あ〜やっぱそう思うか?俺もそんな感じがしてさ……こっち方面じゃないのかもな……」


 焚き火の上でお湯を沸かしている間に、3人で木と木の間に薄いなめし革でできたテント用の布を吊るし、簡易の屋根を作る。

 片方は木の上、片方は地面に留めているので、斜めに布がかぶさってくる感じだ。

 これで突然雨が降ったりしても多少しのげる。


「森の方がありそうだが……あそこの森が広すぎるんだよな……」

「それな〜。奥の方に行ったら大型の獣がいそうでさ〜。オレたちで倒せないやついたら元も子もないし」

「明日街に戻ってギルドでもっかい調べてみるか……」


 沸かしたお湯に、乾燥した茶葉を入れたお茶を飲みながら、やはり森に行くしかないのか……と悩みつつ。


「しかし獣に会わないな。もうちょっといるかと思ったんだが」

「そうだよね、気配はいるっぽいんだけど……見つけらんないねえ」


 狩りの方も長期戦かもしれない。

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