018:トレッサ到着


 深追いし過ぎて森の奥に入ってもマルクルの二の舞なので、道の脇に生えてるもの限定だが、俺たちは薬草を採取しつつマルクルの案内で無事森を抜けた。


 薬草を採りながらとはいえ急いだのに、森を抜けるのに結局3日くらいかかった。

 マルクルの案内がなければもっとかかっていたかもしれない。そのくらい、森は鬱蒼と茂っていた。



 ちなみにマルクルは、平常はぽやぽやしてるくせに、薬草関係の時だけシャッキリしていきなり話が長くなる。


──あっその薬草は潰さないように!刃物で切ってください!!切り口がぐちゃぐちゃだとそこから薬効成分が流れ出していくんですよ、ちなみにその薬効成分というのが……


──ちょっと待ってください、この薬草は……分類は3系統の……いやしかしアレとアレの特徴も兼ね備え……え?なんですかちょっと今忙しいのであとでお願いします!


 うっかり薬草に関する話題を振ろうものなら、小一時間ずーっと飽きずに喋り続ける。しかも内容が難解なので途中で俺たちはついていけなくなるのだ。


「いいから行くぞ」

「はいはい薬草こっちね」

「ほらあっちのアレも薬草じゃね?」


 森からここまでの短い間で、すっかり扱いに慣れてしまった俺たちである。

 もはやマルクルは呼び捨てになっている。

 新たな薬草をみつけ、それについての説明をし始め、長くなってきた話の途中でその薬草を引っこ抜き魔法鞄に入れたのち、あーッッもっと丁寧に!!という叫びを無視してマルクル本人を引っ張って先に進んだ。



 そうしてなんとか3日目の日暮れまでに街に着くことができたのだった。



◇◇◇



「なんか……厳つい」


 森を抜けたら、1時間も歩かないうちに街壁らしきものが眼前に見えてきた。

 それはレンガ作りの見慣れた赤茶色の壁だったが、分厚さが尋常ではない。


「これ、中に家とか入っちゃうでかさじゃん……」

「トレヴゼロでも物見台兼ねてたから街壁の上には登れたけど……なんか倍以上ないか?」


 大門の内側が見えてくると、その分厚さがはっきりわかる。

 すげー……。なんか途中で明らかに足しましたみたいなレンガの色になってる。追加で作ったのかな。


「先程通ってきた森は、魔王降臨時代にやたらと魔獣が出たんですよ。なのでトレッサの街の街壁はどんどん分厚く、攻撃に耐えられるようになっていったそうです。上の方は人が並べるので、上の方に軍の陣を敷いたらしいですよ」


 マルクルが説明してくれる街壁の歴史は、事前に調べてた森の話の続きのようなものだった。うーん、大変だったんだなあ……。




 衛兵さんのチェックを受けて、問題なしということで門をくぐって街の中に入る。

 すると、門のすぐそばに数名が固まっていた。通れないほどではないが、気になる。


 相談らしきものをしているが、なんだ?


 門の衛兵さんじゃなさそうだし、冒険者でもなさそうだけど。

 強いて言えば、さっき助けたそこのマルクルの着ているツナギに似た服を着ている集団だ。



「あっっっっっ!所長!!」


 ちらちらと眺めていると、突然一緒にいたマルクルが叫んだ。

 びっくりしたおまえそんな声出せるのか。


「おまえええぇぇ!マルクル!!!あんまり遅いから探しに行くか相談してたとこだぞ何やってたこのあほ!!」


「げほっっっっ」


 ドコーン、とすごいいい音がしたと同時に、マルクルが崩れ落ちる。


 出会い頭に一息で言い切り、マルクルに向かって綺麗な飛び蹴りをかましたのは、やはり似たようなツナギを着た小柄な少女だ。

 癖のない、明るめの金髪をサイドから編み込みにしてくるりと後ろで留めている。

 綺麗に飛び蹴りが決まったマルクルに向かって、ふん!と鼻息をひとつ吐き出し他の人に預けた少女は、こちらを振り向いた。



 しかし、俺たちは突然の出来事に度肝を抜かれて動けない!



 固まった俺たちに向かい、これまた明るく見開いた水色の目の少女はペコリと会釈した。


「……察するに、うちの所員が大変お世話になったようで、感謝する」


 俺たちと一緒に連れられたマルクルの様子を見ていたのか、話が早い。

 目には知性がきらりと光り、とても頭の回転の早そうな少女である。


「いえいえ、木の上で蔓に絡んでたところを助けただけです……俺たちもちょっと迷子になってたから、ここまで案内してもらえてお互い様です」

「そうか……それならよかった。所員で注意はしてるんだが、あいつは構わず1人で森に入っていくことが多くてな」


 マルクルに対する不満というよりは、心配の方が上回っている話しぶりだ。

 それは15〜16歳くらいの少女とは思えないほどのしっかりした言動で、もしかして見た目より歳上なんだろうか。


「所長〜どうします?」

「ああ、マルクルも戻ったし研究所に戻ろうか。……それでは失礼する」


 所長と呼ばれた少女は、もう一度こちらに丁寧に礼をすると、所員のほうに向かっていった。


「保護者がいたみたいでよかったね〜」

「いやあ、しっかりしたお嬢さんだったな」


 ずるずると引きずられていくマルクルを見送りながら、俺たちも街の大通りへと歩き始めた。




 さて、街の中探検だ。なかなか広い街なので、乗合馬車もあるみたいだが、ひとまず歩いてぐるりと回る。


 街壁がとんでもなく分厚い以外はわりとよく見る構成の街だ。

 こないだのクワートがびっくりするくらい特殊だったんだよな。あそこ、街自体が傾斜に建てられてるからちょっと段差みたいな感じだったし。

 この街は基本平たい大地みたいで、のんびり歩いてもぜんぜん消耗しない。


「どうする?ここの宿探して泊まる?」

「そうだなあ、ここの温泉はちょっと街から離れたところにあるらしいけど、詳しい場所は情報集めないとわからんからなあ」


 宿屋らしき建物をいくつか通りすぎ、食べ物を売っている区画に入ってきた。


 建物自体は3階から4階くらいなんだが、宿屋は基本おとなしめの作りというか、扉と規則的に並んだ窓でできている。たまに1階に店が入ってるとこもあるけど。


 食べ物を売っている区画は、1階は軒並みなんらかの店で、2階にも席があるようだ。もしかしたらその上もそのまま泊まれる部屋なのかもしれない。


「とりあえず一泊していろいろ聞くか?」

「そうだな、それがいいかな」

「ところでちょっと小腹が空いてるんだけど、あの美味しそうなやつ買ってきていい?」

「あれな、気になってた」


 3人して屋台で串に刺した野菜と肉を売ってる店に釘付けである。


 塩が効いた串焼きをもぐもぐしながら、店のおじさんとかおばさんに聞いてみたところ、街の中には温泉が引かれていないようなので、やはり周囲で入れそうな場所を探していくしか……。


 ここの温泉はずっと昔の植物が堆積してできた成分が溶け出して、黒いお湯になっているらしい。『世界温泉名鑑百選』で読んでから、どんなお湯なんだと想像を膨らませてきたのだ。

 見た目が凄そうだが、やはり押さえておきたい。


「ぐるっとまわったけど、あんま温泉街って感じじゃないねえ」

「やっぱ街の外にあるんだろうな」


 イームルとクレッグにうなずいて、串を食べ終える。


「あとは冒険者ギルドに行って地図とか狩りの情報かな〜。あんまりはっきりした場所がまだわかってないし、長期戦になるかもしれん」


 そうなると、資金が足りなくなるのでちょっと稼いでおかねば。

 俺がうーむうーむと唸っていたら、同じく串を食べ終えたイームルがそういえば、と話し始める。


「まだ薬草売りに行ってないよね。ついでに行かない?」

「あ」

「忘れてた。せっかく取ってきたしな。鮮度落ちる前に売りたいな」


 飛び蹴りの衝撃で忘れてた。

 

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