第三の湯 トレッサ

017:馬車に乗って


───やっぱり不審な人だったよなあ、あれ。



 翌朝、俺の昨夜の訴えを受けて、ちょっと早めに次の街へ移動しようということになった。

 途中の街で乗り換える馬車なら、その日の朝に出る便があるので、さくっと荷物をまとめて乗り込む。



 クワートよさらば。

 機会があればまた来たいくらいには見所の多い街だった。



 ガラガラと音を立てて走る4頭建ての大きめの馬車の窓から見える、朝のクワートの街の景色を眺めながら、ちょっと名残惜しいなと俺は感慨に耽っていた。


 というかトレヴゼロからならまだ行きやすい街だから、また来よう。

 うん、そうしよう。



 昨夜の悪夢の名残、赤と碧の何か━━━は見切れる景色と共に薄れていった。



◇◇◇



 クワートを早朝に出発した馬車は、無事翌々日の朝に中継地点の街に着いた。

 馬車の揺れは結構しんどかったけど、酔うほどじゃなかった。セーフセーフ。


 俺たちはそこで次の街までの食糧や消耗品などを買い足して、また歩きの旅に戻る。

 うーん、森に近いし木が増えてきたので、暑さはちょっとマシだな。これなら昼間歩けそうだ。


 街道沿いに歩きながら、途中の街に寄って補給しつつ、基本は野宿だ。地味に暑さは続く。

 それでも10日ほど順調に歩き続け、たまに街の宿に泊まって休憩する、を繰り返して次の街へを進んでいく。



 次に目指すのはトレッサという街なのだが、今まさに入り口のあたりを通り抜けようとしている大きな森の向こうにあるらしい。


 昔はこの森から木を切り出して王都に船で運んでいたらしい。

 だが、魔王出現の影響で街から街への移動が難しかった時代に、北の方の市領の開拓が進んだ。

 そしてそっちの街道が整備された結果、需要が半減してしまったそうだ。

 実際、森の中にも魔獣が出てたそうなので、とてもじゃないが街の人たちが木を伐り出しにいくことはできなかったらしい。


 魔王のいた時代から30年近く放置されていた森林は、わっさわっさと植物が生え、独自の生態系になっていると聞く。

 準備もしないでうっかり入るんじゃねえぞ、と師匠にも言われていた。言われていたのだが。




「おい……この鬱蒼としたとこ……、もしかして森じゃないか?」


 先頭を務めるクレッグが周りを見渡しながら言うのを黙って聞く。



 ……実は俺もちょっと思ってました……。



 一応、途中の街のギルドで確認したときに、街道は通っているし人の行き来もあると聞いたので、森のそばの街道を通ることにしたのだが……なんだか様子がおかしい。

 ここ3日くらい、街道らしき道がある、森っぽいところを歩いているのだ……。


「……おう……イームル、方向間違ってないよな……?」

「たぶん……太陽が見えないんだけど、方位計はちゃんとあってるっぽい」


 旅の必需品の中に、方位計というものがある。大地の魔力に反応して方位を示してくれるというものだ。

 大地において、ドラゴンの頭の方が北、お尻の方が南、羽のような出っぱったところが東、顎と足先があるほうが西だ。


 それぞれ特殊な魔力が大地から放出されているらしく、円盤に撒かれた4色の砂がそれぞれの方角の大地から放出されている魔力に反応して移動するようになっている。

 砂の色はそれぞれ、北は黒、南が赤、東が青、西が白だ。 


 今、俺たちは西の方に向かって移動している。つまり、白い砂が集まっている方角に向かって。

 懐から出したまま持っている地図をもう一度見る。


「方位計も合ってるし、ギルドで教えてもらって書き込んだ地図もそんなに外れてないはずだ。たぶん」

「うん……合ってる……ということでこの地面のレンガっぽいのを頼りに行くしかないか……」


 地面を見渡せば、わんさと生えている植物の隙間から、かろうじて街道みたいなのも見えるし……いやこれ本当に街道か……?


 たとえ森に入ったところで、この位置なら西に向かって抜けていけば抜けられるはず。

 そこから次の温泉宿につながる街道に出られるはずだ。


「方位があってるならしょうがない、進もっか……」


 3人で恐々下草を払いながらときおり岩が落ちている道を歩いていく。

 今のところ肉食の獣の気配がないのだけが救いだ。

 鳥とかは木々の上の方で普通に鳴いている。


 しかしちょいちょい両側の木から蔓が垂れたり、寄生木らしき木が倒れかけて道のほうに張り出しているのがうっとおしい。こういうの、先端とかにうっかり虫とかいて、コンニチワするのが嫌なんだよな。


 俺も採取用の鉈を出してなるべく払いながら進む。イームルとクレッグもそれぞれ木や草を払うための刃物を持って進んでいるので、3人ともちょっとずつ距離をあけている。


「なあ、ラッシュこれ薬草かな?」

「ん?なんか生えてたか?」


 下側の草を払っていたイームルがふと気づいたらしく、俺に聞いてきた。

 そういえば森に入ってから緊張しすぎてそういうのを採取する余裕もなかったな。


「クレッグ〜ちょっと待ってくれ、薬草取りたい」

「あ〜?お〜〜、わかった〜〜〜」


 俺たちが立ち止まっている間にちょっと先に進みすぎていたクレッグが戻ってくる。

 3人で薬草らしき草を取り、専用の魔法鞄に入れる。


 薬草もに何種類かあって、乾燥させた方がいいやつとか、鮮度が命だったりする種類もある。なので鮮度が保てるように鞄の中を冷やす魔石をつけた魔法鞄を持参している。ちなみにこの鞄、結構お高い。


 魔法鞄に薬草を入れてよし、と進もうとすると、どこからか、か細い悲鳴が響いた。




「たっ、たっ、助けてェ〜〜〜……」



 目の前の蔓、邪魔だなと思って見上げた木の上。

 枝にからまっていた蔓に、さらにからまっている人間がいた。


 愉快な趣味だな?



◇◇◇



「危ないところを助けていただいてどうもありがとうございました……。わたくしこの先の研究所で働いております、マルクルといいます」


 3人がかりで木の上から降ろされたのは、動きやすそうなツナギを着て、軍手にブーツの俺たちより少し年上くらいのひょろりとした青年だ。

 茶色のパサついた髪に、くるくるよく動く緑の瞳にはメガネをかけている。背中には籠を背負っていて、中身はこの辺の植物らしい。


 木の上で採取していたらバランスを崩して落ちそうになったが、この籠だけはと死守していたら、蔓に絡まって身動きが取れなくなっていたらしい。


 どんなミラクルだ。

 まあ、怪我がなくてよかった。


「いや〜、本当に助かりました。このドジ!って博士にまた怒られて小突き回されてしまうところでした……」


 丁寧に挨拶する物腰は柔らかくて落ち着いているが、見た目が大変ボロボロである。

 蔓に絡まる前にもこれどっかで転んだりしてないか?大丈夫か?


「いや本当に俺らが通りかかってよかったですよ……街までまだ結構ありますよね?」

「救援が来るまでに獣に食われたりしてたら……」

「あっ……」


 そういう危険性をまったく忘れてましたという顔をしたぞこの人。


 ここは夜行性の獣がいそうな雰囲気の森だし、このまま日が暮れたら結構危なかったんじゃないか、と俺たち3人は口には出さず、目配せで語り合う。


「まあここで話しててもしょうがないし、とりあえず街まで行かないか?マルクルさんも街に戻るんだろう?」


 マルクルさんを救出している間、木のそばに置いていた荷物を背負い直したクレッグが切り出して、俺とイームルも荷物を背負う。

 マルクルさんの荷物は保存機能がついた背負い籠と最低限の夜営の支度。携帯食料。

 話に聞くとここから街まで2日はかかるらしい。


 ……これでよく街からこんなところまで来たな。


 ある意味感心しながら、歩き始める。


「そうですね、今回の採取はまあまあの成果でしたし……」

「どんなの集めてるの?」


 森の中でも比較的通りやすくなっている木の間を通りながら、イームルが籠の中身をヒョイっと見て聞く。

 歩きながらマルクルが見せてくれた籠の中身は似たような草がいっぱい入っていた。


「主に薬草ですね。ここらの植生は独特でして、他所にも生えている草でもちょっとずつ変化して育っていて、精製すると違う効果をもたらしくれたりするんですよ……。私たちの研究所はそういうのを調べています」


 この森に生えている薬草は確かにちょっと変わってるなと思ったが、そんな効果があるのか。

 じゃあマルクルの研究所は最終的にはいろんな薬を作ったりするんだろうか?ちょっと面白そうだなと思ったが、ふと道の脇を見ると、似たような草が生えているのを見つけた。


 あれとかアレもそうじゃないのかな?


「はあ〜なるほど……じゃあ道すがら採ってったほうがいいか?」


 マルクルが採った分で足りるなら、俺たちが傷薬に使ってもいいし。

 

「えっいいんですか!?薬草はいくらあっても足りないので、採取してくださったらうちの研究所で買い取りますよ!」

「おっそうなの?じゃあ道中採りながら行くか〜」

「わ〜いわ〜い買取だ〜!」


 小銭稼ぎネタは押さえておきたい俺たちはうきうきしながら薬草を探しつつ先を急ぎ始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る