016:邂逅、再び


 港に戻り、海底火山行きの船を無事に降りだ俺たちは、テンションが上がってふわふわしたそのままの勢いで、昨日の露天風呂に入りに行こう!と盛り上がり、露天風呂で長湯してちょっと湯あたりした。はしゃぎすぎた。


 帰りに市場に寄って、前日のごとく夕食と朝食を買い込み、宿に戻ってまた寝落ち。

 なんせこの街に来てから初めてのことばかりで、ほんと知恵熱でも出すんじゃないかってくらい興奮したので……。


 2日連続の早寝早起きである。


 今日からは、少し気を引き締めて金稼ぎなどをするぞ!と意気込みつつ、朝食を食べ終わると、冒険者ギルドの掲示板を確認するために宿を出た。



◇◇◇



「ん〜この辺とかいいんじゃないか?」


 海底火山の温泉見学から数日、今日も依頼が貼ってある掲示板を3人で隅から隅まで眺めながら、どれにするか迷う。

 半日程度でできそうな依頼をいくつか見つけて、それぞれ比較してみる。


「ああ、これならイームルもいけそうだな」

「逆に狩りとかがないからクレッグどうする?」 

  

 この辺りの狩りといえば、海でやる漁のことらしい。

 昨日の船長さんたちのように、船を出して沖に行き、網を張る。素潜りで魚や貝を捕まえる。

 さすがにこれは見たこともやったこともないので、遠くで見学するにとどめた。

 素潜りくらいはできるかなあと思ったが、ためしに浅瀬で海に入ってうっかり水を飲んでしまい、しょっぱ過ぎて死ぬかと思った。


 しかし、そうなると、街のおつかいやら隣の街への護衛とかそういうのがメインになってくるのだ。タイミングが合えば、街道沿いに出た獣の退治やなんかもあるらしいが、今のところ掲示板にそういうのは貼り出されてなかった。残念。


「んじゃこれとこれを俺とイームル、クレッグはこれにするか」

「わかった、終わったら一旦宿で落ち合うか」

「そうだね〜」


 俺とイームルは街の屋台の買い出しの荷物持ち、クレッグは港にある倉庫の整理と分散して仕事に行く。どちらも昼前くらいまでの仕事だ。着実に稼いでいくぞ〜!



 ちなみにこの街では午後からは2時間くらいの間仕事がまったくない。

 この辺はの人たちはみんな、日差しの一番暑い時間帯は仕事にならないから涼しいところで休むらしい。そして夕方くらいまでまた働くのだそうだ。

 この制度、だいぶ助かる。暑い時に働くもんじゃねえ。



◇◇◇



 午前の仕事が終わった後、ついでに午後も空いてるなら手伝ってくれと他の屋台の人から声をかけられ、例の長めの休憩を挟んで午後は他の屋台の買い出し依頼を受けた。クレッグも別の倉庫に行ったらしく、3人ともよく働いたな〜。


 俺たちの方が先に終わったので、市場で夕食を買い込んで宿に戻り、クレッグが仕事を終えて戻ってきてから一緒に夕食を食べた。

 宿に台所がついているのに料理しないのも勿体無い気がするが、さすがに1日働いた後に作ってる時間もないし気力もない。


 あと、ここの屋台のご飯美味しいんだよなあ。


 今日は魚介とショートパスタをレモンと塩で炒めたやつと、揚げたジャガイモとひき肉を炒めたやつ。どちらもちょっと冷めても美味しかった。


 夕食を食べて腹ごなしに、宿を出て街をぶらぶらと散歩した。

 まだ夕暮れ前だったので、いろんな路地に出入りしては行き止まりにぶち当たったり、坂道と階段を登っていたらなぜか民家の屋根らしき場所に出たりと、なかなか面白かった。




「あ〜、露天風呂も良かったけど、こういう風呂屋の風呂もしみじみいいよなあ」

「そうだな、洗ってそのまま入れるのはやっぱり楽でいい」

「ここのお湯、ちょっと海水の匂いもするよね〜不思議な感じ」


 今日は露天風呂ではない別の風呂屋にした。午前に仕事をしていた屋台街の人のおすすめの風呂屋だ。

 屋台のある広場からは少し入った路地にあり、入り口も落ち着いた感じで、地元の人が愛用してる感がある。

 中は温泉を引いているそうだが、普通の屋内の風呂なので馴染み深い感じがする。



「あ、このジュース美味いな」

「ほんとだ。オレンジ?なんか他にも入ってる?」

「レモンだって。ちょっと酸っぱいのが風呂上がりにいいな」


 風呂あがりに受付の横で冷やして売られていた量り売りのジュースをそれぞれ買い、水分補給だ。シンプルな木のコップに、オレンジ色の果肉混じりのジュースがなみなみ入って1ジル。


 ちなみに1ジルは銅貨1枚だ。銀貨1枚は1000ジル、金貨1枚は10000ジル。国の金庫にあるという大金貨は1000000ジル。

 1ジルよりも安いものは物々交換されたりしている。


 飲み干した後のコップを返却して、風呂屋を出ると、すっかり空は暗くなり街には街灯が灯っていた。

 ゆるく吹いてくる海風は、半乾きの髪の毛を程よく冷やしてくれる。


「じゃあ宿に戻るか〜明日は市場で朝飯食おうぜ」

「そだね。オレもう眠くなってきた……」

「あ、俺はもうちょっと散歩してく」


 この街の夜の散歩がすっかり気に入った俺は、このまま宿に戻るのも勿体無くて、もう少し回ってから帰ることにした。


「わかった、日も暮れたし気をつけろよ?」

「おう、狭い路地はやめとくから大丈夫」

「オレ先に寝てるね〜」


 宿に戻る2人を見送りつつ、適当に大通りをぶらつく。ここらへんの大通りはすべて噴水のある広場につながっている。

 夜になって一層水飛沫が涼しげに感じる噴水のそばにベンチがすえられているのを見つけて、座ってみた。


 昼間よりも増えた物音に、他の街とは全然違うなあと感慨にふける。


 故郷の街は、日が暮れるとほとんど人通りがなくなる。薪も魔石もそこそこお値段するので、無駄な燃料は使わないというか、用事もないし。


 この街は昼間の暑さを避けているから、夜のほうが人も街も活動している印象を受ける。

 本当にいろんな街があるなあ……俺、旅に出て良かった。すげえ面白い。


 故郷の街で、したいことを見ないようにしていた時期がもったいなかったな。



 夜風に吹かれながら、ひとりぼんやりしていると、少し離れたところに光り輝く何かがいた。


「あれれ……?俺、なんか目がおかしくなった?人が光ってる……」


 こちらにゆっくり近づいてくるのは、男性とも女性ともつかないすらりとした姿。艶やかな赤い長髪を揺らし、裾の長い上着をゆっくりさばきながら歩いてくる。


 ……ウノの蒸し器のところにいた美人?


 さすがにこの美貌を忘れることはないと思うが、今の今まで思い出さなかったのも確かだ。

 恐ろしく長い睫毛がまたたいて、その下に隠れているバイカラーの碧玉の瞳がこちらを見据える。



「……おぬし、海に行きたいのか?」



「え?なに?なんですか?」


 なんだ?海ってそこの海?行きたいっていうか、行ってきたっていうか。

 唐突に聞かれたので、ぽかんと口をあけてしまった。

 

 うう、美人が無言だと迫力があるなあ。


「海にある温泉じゃ。入りたいのか?」

「えっいや入れるなら入りたいですが……」


 海にある温泉は、昨日行ってきたけど別にもあるんだろうか。実際に見てみて、あそこはさすがに入れないなと思ったので諦めたんだが。だって海なんだもん。

 おまけに船長さんが、あそこらへんは潮の流れというものが早いから、船もあんまり入り込んだら巻き込まれると言っていた。多分俺は入ったらすぐに沖に流されると思う。


 意図がわからない質問を前に、そんなことをぼんやり考えていたら、美人がちょっといらついていた。すみません。


「連れて行ってやる」

「はい?」


 ぽかんと口をあけるのも2回目だ。どこに???


「おぬしが行きたいなら、海にある温泉に連れて行ってやるが?」


 腕を組んでふん、と鼻を鳴らす姿も美しい。

 多分、こういうのが好きな人が絶対にどこかにいるはずだ。その人の前でやってあげてほしい。

 俺はちょっとびびっています。


「……いえ、あの、そんなお手数をかけるわけには…………」

「手数などない、我にとっては造作もないことじゃ」


 すんごく怪しい。どうしよう、美人だが怪しすぎる。

 うんって言ったら連れて行かれて海にある温泉っていうか海に漬けられて沈められるか、そこで食われるのでは……?


 なんかそう思ったら美人の目がギラギラしている気がする。


「その……」


 煮え切らない返事を返しながら、少しずつじりじりと下がる。


 目の前の美人を見ると、艶やかな赤毛の根元が白く輝いていく。



 ───!?



 なんだこれ、この、


 ひと?人じゃないよな?


 明らかになんらか住んでる世界が違う存在だよな???



 冷や汗が背中をつたう。

 目の前のひとの瞳がすうっと細められる。圧倒的ななにか。 




 妖精?精霊?神様?なんかしらんがとにかく、とにかくダッシュで逃げろ……!

 やばいやばいやばい



「ラ…………」



「遠慮しときまっす!じゃ!」


「あっ」



 腹に力を込めて、気合を総動員してそれだけ叫んで駆け出した!!


 俺は後ろを振り返らずダダダダダと猛ダッシュで大通りを抜け、屋台の人の多い方へと逃げ込んだ。










「っっ……は……っ、はあ……はあ……っ」

「おっどうした、にいちゃん、その年で駆けっこか?」


 最初に食べ物を買った屋台のおじさんが、笑いながら話しかけてくれる。

 ああ、人だ。


 おじさんがいつも通りだったので、そっと後ろを振り返ってみるが、そこにあの美人は見当たらなかった。追ってはこなかったみたいだ……よかった……。

 俺は息を切らして滝のような汗を流しながら、その場にへたりこんで屋台のおじさんを慌てさせた。



 息を整え、なんとか落ち着いたので、水をくれた屋台のおじさんにお礼を言って、ついでに朝飯としてパンにハムとチーズを挟んだものを買い込む。

 なんか大量になったそれを抱えて、薄暗い中、屋台の路地からなるべく人の多い道を選んで急いで宿屋に戻った。





 借りている部屋に入って、クレッグとイームルの眠そうな顔をみた途端、俺は安心のあまりその場に崩れ落ちてしまった。


「おわああああああああ…………しぬかとおもった…………」

「どしたの、ラッシュ」

「なんだ、誰かに襲われでもしたのか」


 慌てて2人がやってくる。

 大きく息をついて座り直した俺は、手が震えていることに気づいた。わああ。



「クレッグ、イームル……俺、この世のものじゃないのに出くわしてしまったかもしれん……」



 ひとしきり噴水広場で会った美人のことを話すと、怪訝な顔をされた。

 ウノで2人も見ているはずだが……?もしかして覚えてないのか?まさか。


「そういや、蒸し器のそばに人がいた?か?」

「えー、オレあんま覚えてないよ。赤毛だった……?」


 そういえば、あの時もクレッグとイムールに聞いたらあんまり気にしてなかったな。

 あんなに美人ですげーオーラ出てんのに。なんてことだ。恐ろしかったとはいえ、あんな美しい人を覚えてないなんて。

 いやでも確かに再び会うまで不自然なくらい印象が薄かった。なんだったんだろう。こわい。


「まあでも、その場で殴られそうな雰囲気でもなかったんだろ?それにそんな不思議な存在だったら俺たちにどうこうできるはずもないし、今考えても無駄じゃないか?」

「そうだよ、追っかけられなかったんならひとまずあっちも諦めたんじゃない?夜だし。とりあえずラッシュも寝なよ。明日も早いんだし」

「そ、そうだな……そうする……」

 

 2人と話してるうちに少し落ち着いてきたので、俺も素直に寝ることにした。




───なんか、赤いものがヒラヒラしてる夢を見た気がする。

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