015:海の温泉
港に泊まっていたのは帆を張った少し大きめの船で、どうやら漁船らしい。
海底火山の温泉を観れるツアーは、火山の周りで漁をするついでに観光客を乗せて小銭を稼ごうという企画だそうだ。
本日は客より船員のほうが多い。俺たち3人と、もう1組は2人だ。他はすべて船員さんである。
「ふわーーーすごい、青い……!!」
「この下は全部水かと思うとちょっと震えるな……底が見えない……」
たまに魚がはねている。この大量の水の下には生き物がいっぱい……。想像するとちょっとゾワゾワする。なんかヤバいやつ潜んでそう。
呑気に船の縁から海面をのぞいているイームルを少し離れた場所から眺めていると、クレッグが俺の方を見ながらしみじみと言い始めた。
「ラッシュおまえ高いところもダメだったよな」
「そうなんだよ、実はダメっぽい……」
そうなんだよな〜、旅に出始めてから気づいたんだが、俺は高いところはあんまり得意じゃないらしい。
だって今までそこまで高い場所に行ったことなかったんだよ。トレヴゼロの街で高いのは城壁の上くらいだけど、あそこは非常時にしか登っちゃいけないのだ。一度登ろうとして門兵さんにしこたま怒られたことがある。
「海ってこんなに底が見えないものとは思わなかったわ……落ちたら沈んじゃうかなあ」
「大丈夫だって。落ちても潮が強くなければ浮くっていうし、そんなすぐに魚とかにガブリと食われることはないだろ。せっかく休暇なのになんでそんな暗いこと考えてんだよ」
「だって……不安がすごいよ海……。私も一応泳げるけど…………」
そして甲板には俺たちの他にも冒険者風の2人組がいた。ちらりと聞こえてきた会話から察するに、休暇中らしい。
あ、もしかしてアレか。みんな休暇中だから、冒険者ギルドの依頼溜まってるのか?いやまさかな。
「ははは、あんたたちは海も船も始めてか。酔わないだけマシだぞ」
「酔う人いるんですか……」
「ああ、たまにいるな。そういうやつは大変だ。一旦乗ったら港に戻るまで降りることもできないからなあ」
馬車酔いみたいなもんかな、アレも酔う人は酷いからな。
出航してからちょっと暇になったらしき船長さんは、わりと気さくに話しかけてくれる。50歳くらいのよく日に焼けた肌と同じく日に焼けた焦茶の髪に船長帽子をかぶり、がっしりと四角い身体つきをしている。
クワートの港は、南側に細長く伸びた半島と、その先にある群島に囲まれた内海にある。港から半刻ほど海に出たあたりに、海底火山の温泉が沸いているそうだ。
魔王がいた頃は、海にも魔獣が出ていたので内海とはいえ漁をするのも大変だったらしい。
おまけに昔のことを知ってる年寄りなんかがそういうので亡くなったりすると、どこに何があったか知ってる人が一気に少なくなる。
それを繰り返しているうちに、いつの間にか分からなくなってしまった事が沢山あるのだ。
「しかし、温泉があるなら、この辺に火山があるんですか……噴火とかしたら怖いな」
「そうだな、まあこの辺のは1000年ごとくらいに噴火するらしいからよ。まだあと200年くらいは大丈夫だそうだ。そう古い文献に書いてあるらしい」
記録ってのは大事だよなあ、としみじみ船長が言うのを聞き流しつつ、200年くらいあるならまあいまは大丈夫だなとか考えていた。
「よし、そろそろ着くぞ。あそこに少し岩がのぞいてるのが見えるだろう?あの辺の周囲一体が海底火山から湧いてる温泉だ」
「お、おおおおお……!!!」
ついに!というか話してたらあっという間に着いたぞ!?
俺は目の前の海に広がる未知の温泉に釘づけだ。湯気でも出てないだろうか。
「ここいらの海水はな、触ってみると温いんだよな。湯気が出るほどじゃねえから最近まで知られてなかったんだが……そのせいかここらの海じゃ獲れねえはずの魚が獲れるんだよ。なかなか珍しいから高く売れるんだぜ」
「へえ、なるほど……って、えっ触ってみたんですか」
船長の言葉に驚いて振り返ると、にやりと笑っていた。
「ああ、熟練の漁師はもうちょっと小さい船でここいらも行き来するからな、そういう船なら水面に近いから触れるんだ」
「へえええ〜〜〜!!」
漁師さん!!!すげえなあ!!!
こんな広い、何もない海をこの船より小さな、水面に手をつけられるくらいの船で行き来するとかすごすぎる。
そしてなによりも、温泉の温度を!感じられる!うらやましい!!
「触ってみたいな、どのくらいの温度なんだろう」
ワクワクしながらそばにいたクレッグのほうに振り向くが、クレッグは俺と海の水面を見比べて、眉間に皺を寄せた。
「……さすがにこの高さは無理じゃないか?乗り出したところで落ちるだけだろう」
「あー……まあ、確かに……そうだな……」
俺たちのいる甲板は、海の水面から俺の身長の3分の2くらいの高さがあったので、手を伸ばしても多分届かない。
「クレッグ、ちょっと俺の足持って……」
「やめとけ。落ちるぞ」
「…………」
にべもないクレッグに、俺は顎にキュッと力を入れてへの字口になる。
しばらく睨み合っていたが、俺はため息をついて降参した。
そしてどれだけ残念そうな顔をしていたのか、船長さんが手の空いてる船員さんに桶を取ってくるように言って、なんと海水を汲み上げてくれた。
すいません、船員さん……!でもありがとう!!
桶を置いて船員さんは漁に戻っていく。仕掛けていた網を引き上げるらしい。
「まあ、触って確かめてみろよ」
「あっありがとうございます!おおお、ちょっとあったかい……!!」
「お、ほんとだほんのり温いな」
「え〜どれどれ?おお、ほんとだ……!!海水の匂いがするね!」
俺とクレッグが桶に手を突っ込んで、温度を確かめているところに、イームルが戻ってきて同じように桶に手を突っ込んでいく。
俺たちがキャッキャしていると、もう1組の人たちも順番に桶に手を入れて確かめ始めた。
みんな気になるよな!
しかし、これが海底火山の温泉かあ……持って帰れないかな……。
いや、持って帰って何かできるわけじゃないんだが。なんかこう、記念に……。
憧れの温泉に触れて、俺も舞い上がってたな、とは後から思った。
お湯はとりあえず持ってた小瓶に入れて持ち帰ったけど。
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