013:屋台と露天風呂



「ここいらの海の沖には海底火山てやつがあるんだよ。その火山の熱で温泉が沸いてると言われてるなあ」


 さっそく冒険者ギルドと商業ギルドで手持ちの毛皮と調味料を売ってきたので、懐があたたかくなった俺たちは腹ごしらえとして屋台で買い食いをしている。

 そして肉が焼けるのを待ってる間に、屋台のおじさんが話してくれたのが海底火山の話だ。



───やっぱあるんだな!いいなあ、一回見てみたいなあ。



 俺がまだ見ぬ温泉に夢をはせていると、屋台のおじさんが指差す方向を見てクレッグが驚いていた。


「にいちゃん達、まだ着いたばっかりなんだろ?あすこの風呂がここの名物だから、一回は入ってみろよ?ありゃあ癖になるぜ」

「えっあれ風呂か!海の見える露天風呂!?!!」

「うわ、丘の上に……!?すごい解放感だ……!」


 おじさんが指差していたのは、屋台街より少し高台にある場所だ。ちょっとみる角度を変えると、きらきらと光を反射した水面が見える。

 なんかやたら綺麗な水場だな〜と思ってたら、あれ露天風呂なのか……!

 絶対あとで入る!


「えっこれ、あの干してカラカラになってるけど出汁にすると超絶美味いやつの生の身なの!?ぷりっぷりじゃん!!」

「そうよお、これをこの塩と胡椒でジャッと焼くとね……」


 じゅわあ、という鉄板の上で何かが焼ける音と、香ばしくてめちゃくちゃ腹が減る匂いが漂ってくる。

 イームルはなぜか隣の屋台のおばちゃんと盛り上がっており、楽しそうだ。


「イームル、それ俺らの分も買っといて〜」

「あいあい、おばちゃんそれ3人分ちょうだい!」

「はいよ毎度あり〜」


 気になるやつは食ってみる。それが屋台の醍醐味である。

 いい感じに焼けた何かを大きな葉っぱに包んでもらい、イームルがご機嫌で戻ってくる。


「こっちも焼けたぞ。パンに挟むか?」

「挟む!」


 こっちも焼けたらしい。元気に返事をして、おじさんが平たくて丸いパンに焼けた肉と横で焼いてた青菜を乗せてタレをかけてくれる。こっちも美味そう。


 別の屋台で売っていた、ここの名産だという軽めのビールを買い込んで、屋台街の端っこに据えられたベンチに座って包みを開いてさっそくもぐもぐと頬張る。


「あ〜〜これは絶対あうやつですわ〜〜」

「でっしょ、見つけたオレ最高じゃない?」

「いい仕事したな、イームル」


 イームルが買ってきた白っぽくて平田めの円柱みたいなのは、ホタテの生の身だという。

 トレヴゼロの街にもウノの街にも、干した身は入ってきてたけど、生の身はさすがに鮮度が保たないのか見たことがなかった。


「うまい……!ぷりぷりだしビールにあう!!」


 塩胡椒の加減が絶妙で、表面は軽く焦げるくらいに炙られているのに、中はちゃんとぷりぷりのままで、焼いてたおばちゃんの手腕が光っている。うまい。

 3人ともあっという間にホタテの塩炒めを食べきり、焼いた肉と青菜を挟んだパンにかぶりつく。


「あっこれも美味いな……タレ、食ったことない味だけど、ちょっと辛くて美味い」

「ほんとだね、これなんの味だろう……でもめちゃくちゃ美味しい」

「挟んでるパンもなんかもちもちしてて美味いな……量もあるしお手頃のお値段だったし、また買いに行こうぜ」


 満場一致でどちらもリピート決定である。

 さて、宿を決めたら温泉だ!



◇◇◇



「えっ。服を着て入るの……?」

「ああ、公衆浴場だからな。その代わり男女気兼ねなく入れる」

「な、なるほど……」


 受付のおじさんに料金を払い、施設の使い方をたずねると、まさかの水着着用で混浴だった。




 そんなやりとりもあったが、何はともあれやって参りました、屋台のおじさんオススメの高台の露天風呂。


 水着を着て風呂に入るという概念がなかったので、ものすごく戸惑ったが、たしかに一理ある。

 宿屋にある温泉なんかは普通に裸で入るらしいが、ここらの公衆浴場は基本混浴で水着らしい。洗い場は脱衣所の横にあって、そこは男女別だ。


「湯着はそこの売店で売ってるぞ」

「なるほど」


 商売上手だな!まあここは郷に入っては郷に従えというやつだ。


 売店に移動して3人で長めの半袖シャツと膝下までのズボンに分かれた湯着を購入。色は濃いめの紺で、乾きの早い麻らしき繊維でできている。

 これは他の温泉で湯着がいるときにも使えるかもしれないから、丁寧に使おう。


「では……ってさきにこっちで身体洗うのか」


 まず洗い場で頭から爪先までしっかり洗って、旅の汚れを落とす。さっぱりした。

 洗い場は露天風呂にはつながっていないので、一旦脱衣所に戻って湯着を着こむ。


 ちなみに汚れたままとか裸のままで露天風呂に直行しないように、ちゃんと受付のおじさんがチェックしているぞ。


「わあ……!こりゃすごい!!」

「絶景だな」

「いいねえ!!」


 うちの実家の宿屋の風呂が、3つ4つそれ以上入りそうな広さがある露天風呂は、白い石でぐるりと囲まれ、お湯の色は透明なのか青くきらめいている。

 お湯に浸かっている人は男女まばらで、みんなのびのびとくつろいでいる。いいな。


 しっかし、この街は本当にどこもかしこもキラキラして圧倒される!

 さすが観光地なだけあるな〜。


「すごいねえ〜あれ海だよね!」


 ゆっくりと湯船に入り、端の方に寄っていくと景色がさらに広がった。

 下から教えてもらったときに見えたのは、ちょうど今俺たちがいるこの辺だろうか。


 温泉の湯はややぬるめで、長めに入っても大丈夫なようだ。来た方を振り返ると、女性脱衣所のほうに湯口が見える。結構な湯量が掛け流しのようだ。贅沢ぅ〜。


「結構高さあるよな、落ちないようにしないと」

「さすがにこの幅を乗り越えるのは酔っ払いくらいじゃないか?」


 湯船の縁は俺の身長くらいありそうなので、うっかりはないと思うが、やっぱりちょっとドキドキする。

 高台なので、すぐ下はちょっとした崖だ。


 その分見晴らしはなかなかのもので、山や街並みと街壁、細いのは街道か?それらに囲まれた白い砂浜とどこまでも続く海が一望できる。


「これは確かに癖になりそうだな〜……」


 崖側よりも少し手前のあたりで足を伸ばしてくつろぐ。

 旅に出てから少し伸びた前髪が張り付いていたのを、後ろにかきあげて大きく息をついた。


「ラッシュ髪の毛伸びたね。そろそろ切ろうか?」

「いや、いい、俺は自分で切る派だから」


 イームルにやらせるとどんな髪型になるかわかったもんじゃない。

 にやにや笑いながら言い出したイームルに、俺は自分でやると宣言する。

 手先は器用なんだが、遊び心がありすぎるんだよなおまえは!


「俺もだいぶ伸びてきたな……乾かすの面倒だし後ろ刈り上げたいな」

「おっ、じゃあ宿でオレが切ってあげるよクレッグ」


 クレッグは剣の稽古の邪魔にならないようにいつもわりと短めだ。イームルは元々おかっぱに近いくらいの長さで、こまめに切ってるのかあまり伸びた感じがしない。


「あー、頼む……が……ラッシュ、見張っといてくれ」

「了解」

「よーしどんなのにしようかな〜♪」


 イームルのやる気が暴走しないように見といてやろう。 

 俺は……うーん、目に入りそうなとこだけ切るか。



◇◇◇



「いや〜いい湯だったな」

「高台の露天風呂って解放感がすごいねえ」


 風呂上がりに、近所の市場を散策する。

 露天風呂に入る前に宿を決め、重めの荷物は置いてきたので身軽だ。


「さっぱりしたし、腹も減ってきたな。今日はもうできてるやつ買って帰るか?」

「そうだな、今日はもうゆっくりしたいな。食えるとこあればここで済ませてもいいし」


 今日から1週間ほど泊まる宿は、風呂はないが共用の台所が使えるのだ。


 ここは観光地らしく、宿に泊まらなくても入れる温泉が結構あるので、宿代を抑えつつ色んな風呂に入ろうと相談した結果、屋台のおじさんオススメの宿になった。

 やや古めだが、掃除が行き届いていていい感じの宿である。おじさんナイス!


「日が落ちるとだいぶ涼しいねえ」

「ああ、これなら散策も楽しいな」


 太陽が落ちると、どこにいたのか街のそこかしこに人がわらわらと増えてきた。

 みんな日中は涼しい屋内にいたのだろうか。


「夜は夜で綺麗だな、ここ」


 街のそこかしこに魔石を使った街灯が灯理、真白い家の壁はその光をあたたかく反射している。昼間とは違った趣のある街並みになっている。




 結局、その日食べるものと朝の分も買って市場を離脱した。

 あらためて宿で腹を満たしたあと、俺たちは久々のまともな寝床に即寝落ちた。

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