012:クワートの町



「街壁が白い。まっしろだ」

「これ……岩か?白っぽい石?でできてるのか」


 クワートの街をぐるりと囲んでいる大きな街壁を見上げる。


 間近で見ると白っぽい大きな石を積み上げているらしく、似たような大きさの石がきっちりとハマっており、ひとつひとつが巨大、という言葉がぴったりくる。


 俺たちの知っている街壁は、赤茶色のレンガを積み上げて作られたものだ。

 レンガ造りの街壁だって、それこそ大量のレンガを作って積み上げているわけで、その労力は果てしないものだ。


 しかし、ここの街壁は、レンガのように同じサイズに石を切り出して積み上げているわけではなく、微妙にサイズの違う石を詰め込んである。その技術はちょっと気が遠くなりそうだ。拾ってくるところから大変じゃないのか、これ?


「遠目から見ても白いな〜と思ってたけど、すっごいねえ……」


 イームルの言葉に俺とクレッグもうなずく。

 高さも普通の街壁くらいはあるので、これを作った年月と人手のことを想像して感嘆のため息をつく。



 街壁に沿って歩きながら、少し視線をずらすと、街道の先に入り口である大門が見えた。

 街壁に取り付けられた大門は黒く塗られていて、金属っぽい光沢もある。昼間なのでその扉は大きく開けられているが、これが閉まったらちょっとやそっとでは動かせないだろう。


 脇に夜間通行用の小さめの扉があるのを確認してちょっとホッとした。何かのトラブルで夜になって大門が閉まっても、一応入れてくれそうな感じがする。

 大門にいる衛兵さんの横に、訪問者用の受付窓があるのでそこで順番に旅券を改められる。


「確認しました、どうぞ」


 特に問題なくパスして大門をくぐると、真っ白な街並みが目に飛び込んできた。


「うわ、街の建物も白い!」


 山から続く斜面に建てられた街は、真っ白だ。

 各家や塀や壁が真っ白に塗られていて、夏の日差しを反射してまぶしいくらいに輝いている。

 所々に緑の木々や花が植えられて、窓際にちらりと見える色鮮やかなカーテンと共に、白一色の街に彩りを与えている。


 街壁は高さもあったので、外から見た時の街の中は、街壁の高さの向こうに奥の傾斜の方がチラッとしか見えていなかった。びっくりした、こんなふうになっていたのか。

 山に沿うように街並みが続いているので、街壁も山際まで続いている。


 見渡す限りの圧倒的な白さに口をあけて見回しながら、しばし。

 それまで見てきた普通の家という概念がメッタメタになったところで、ようやく最初の目的を思い出す。



「と、とりあえず冒険者ギルドに行こうか」






 ひとまず、おのぼりさん全開できょろきょろ街を眺めながら、大門の受付の人に聞いた冒険者ギルドを目指す。

 歩いている人もそこそこいるが、きつい日差しを避けるための大きな傘を立てた軒先や屋内でお茶を飲んでゆっくりしている人が多い。


「観光地だから飲食店が多いのかな?あとで覗いてみたいな〜!」

「そうだな、気になるな。菓子を売ってる店も多いな。予算が許せばぜひ……」

「はいはい、あとでな。まずは移動するぞ」


 誘惑に駆られるが、まずは馬車の値段を聞かないと。俺はそういうの決めておかないとソワソワして動けなくなるのだ。

 イームルとクレッグを引っ張りつつ、大通りを進んでいく。


 地面はこちらも白っぽい石でできている石畳。建物は大体2階から3階建てが多く、そこまで高くない。

 窓辺にも色とりどりの花が咲き乱れている。

 

「風光明媚とはこのことだなあ」

「ああ、観光地になるのもうなずける」


 日差しはなかなかだが、海から来る風が時折吹き抜けていって、存外気持ちいい。

 しかし暑いのには変わりないので、早く日陰に行きたいな……。


「えーと、大通りをまっすぐいったら噴水が見えるから、そこの右側の大きな建物か」


 大通りは馬車も複数通れる広めの道だが、少し蛇行している……?気がする。斜面に作ったから真っ直ぐにできなかったのか。

 道なりに進んでいくと四方から道が合流した広場に噴水が設置されている。水飛沫が涼しげだ。


「ああ、あれじゃないか?看板がある」


 クレッグの指差す方向を見ると、冒険者ギルドの看板が見えた。大体どこも同じような意匠が入っているので見つけやすい。


「よし行こうすぐ行こう」

「あははっ、ラッシュめちゃくちゃ早い」


 走ってないからな?

 俺は一刻も早く日陰に入りたい!



◇◇◇



「ようこそ、クワートの冒険者ギルドへ。御用はなんでしょうか?」


 半袖のシャツを着た、少し日焼けした受付のお兄さんがにこやかに出迎えてくれる。

 ギルドの受付のあるホールは天井までの吹き抜けになっており、上階の窓が開いているのか、解放された入口の大きな両扉から涼しい風が吹き込んでくる。ありがたい、涼しい。


「ええと……この街は初めてきたんですが、狩りの収穫を買い取ってくれる依頼とかありますか?」

「はい、どのようなものでしょうか」


 3人揃って窓口に並ぶ。空いててよかった。


「キツネの毛皮とウノの調味料です」

「ウノ!あの山を越えて来られたんですか。それはお疲れ様でした」


 受付のお兄さんはびっくりした顔になった。山越えってあんまりいないんだろうか。


「そうですね、キツネの毛皮はうちでも取り扱いがありますが、調味料は商業ギルドの方が高値で買い取ってくれると思いますのでそちらへの持ち込みがいいでしょう。場所はお分かりになりますか?」


 ふむふむ、やっぱり商業ギルドの方か。

 ここにまっすぐ来たから場所はわからないな。聞いとこう。


「あ、わからないのでできれば教えてもらえると」

「大通りを挟んでうちの向かい側の3階建ての建物です。ギルドの看板は大体どこも同じなんでそれを目印にどうぞ。毛皮はここの奥に査定所がありますのでそちらで査定してもらってください」


 にこにこと愛想よく教えてくれるお兄さんは好感度が高いぞ!

 つられてへらりと笑いながら、忘れちゃいけないやつを聞いておかねば。


「ありがとうございます……ところで、ここからトレッサ行きの長距離の馬車とかって出てますか?」

「トレッサ行きですか?7日間乗りっぱなし直行便と途中の街で乗り継ぐ便がありますよ〜、値段は馬車乗り場で聞くのが一番ですけど……」


 よかったあった!あとは値段だ!時期によって多少変動するから価格確認は大事だ。

 俺の問いにお兄さんは受付の下の方にあるらしき棚からごそごそと何かを取り出した。


「はい、これが今出てる最新の馬車の時刻表です。一応変更があればこちらに連絡が来るんですが、事故などで急に変更がある場合がありますので、乗る場合は乗り場に一度確認しに行ってみてくださいね」


 ぺらりとしたあんまり質の良くない紙に、ひと月分の直行便と乗り継ぎ便の時刻が書いてある。


 えっこれ便利だな……!値段も書いてある!

 そして今の財布の現状でも3人分でもなんとか乗れそうだ……!


「ありがとうございます……!行ってみます!」


 やったー!とクレッグとイームルに時刻表の紙を回す。2人とも目を通してホッとした様子だ。よかった、これで暑さで行き倒れは避けられる。


「しばらく街に滞在されるんですか?」

「はい、せっかくなので温泉とか海に行きたいなと。半日くらいでこなせそうな依頼があれば受けてこなしたいんですが」

「それなら、そちらの掲示板に朝と夕に張り出してますので、都合が合えば是非受けてください!」


 依頼はあとで見て小銭稼ぎできるかなと思ってたんだが、お兄さんが結構食い気味に推してきた。そういう依頼を受ける人が少ないんだろうか。


「はい、そうします。ところでここの家は真っ白ですけど……あれは何を塗ってるんですか?」


 ついでに世間話として気になってたことを聞いてみる。

 塗料だと思うんだけど、すごい真っ白なんだよなあ。なんなんだろう、あれ。


「ああ、石灰ですよ。この街の夏は暑いので、温度が上がらないように街の壁に塗るんです。しかも綺麗でしょう?結構な昔に領主様が白塗りのお屋敷を建てたんだそうですが、そこから街に広まったらしくて、今ではどこもかしこも真っ白です」

「へえ……じゃあ家の中は結構涼しいんですか?」

「ええ、今も日陰に入ると風が通って涼しいでしょう?白い壁が太陽の光を吸い込まないらしくて、中はひんやりしてるところもありますよ」

「あっ、すいません、ついでに、街道に木が少ないのはなにかあるんですか?」


 それはありがたい。へ〜と聞いてたら、イームルが会話に混ざってきた。


「それは主に海風のせいですね……海の水はしょっぱいじゃないですか?風に乗って海水が飛んでいくと、塩も一緒に飛ぶんです。それが植物や金属には良くなくて。塩に強い木でないと枯れちゃうんですよねえ。鉄なんかもすぐ錆びます」

「えっ、そんなになるんですか!それで日陰が……少なかった……」


 そうなんですよ〜、なかなか休憩所が作りづらくてとお兄さんもうんうんうなずいている。

 そんな被害があるのか……。そしてやっぱ休憩所少ないんだな。

 馬車の旅、これはもう決定か。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る