011:海
「あ……あれが……海…………!!」
山際から続く森を抜けると、少しずつ街道の周りが開け始めた。岩のような隆起が増え、薄い草や苔が生えている隙間に、さらさらとした砂が混じる。
ゴツゴツとした地面に足を取られながらも、街道自体はそれなりに整備されているので、これは街道からちょっとはみ出していろんな場所を見ているせいだ。
薬草らしきものも生えていたりするので、他にも同じものを見つけたら摘む。
根こそぎ取るのはご法度なので、複数生えているところだけ。
基本の薬草は自分で使ってもいいし、ギルドの販売規格に合えば引き取ってくれるので、旅の間の貴重な小銭稼ぎになっている。
そんな寄り道をしながら街道沿いに歩いて、黒っぽい岩の丘を越えると、一気に景色が変わった。
「すごい……なんかキラキラしてる……」
「えっすご……何あれ向こうまでずっと水ってこと?」
「噂には聞いていたが……実際見るとすごいな、風の音かこれ?」
眼前に広がる光景に、びっくりして立ち止まる。
遠くに見える、まっすぐな地平線。キラキラと日光を反射しているらしき水面。でかい。クレッグが言ったように、何か風の音のようなザワザワと聞こえる。
岩の丘から直接降りる場所を探したが、結構な崖で太刀打ちできなかったので、大人しく街道から回りこむ。
俺たちは興奮しながら早歩きで街道を進み、ついにさっき見た海らしき場所に向かう小道を見つけて満場一致でそちらに向かう。
小道は石を積み上げた塀らしきもので区切られており、多分日常的に使われる通路なのだろう。石垣の両脇にはわっさりと草が生えている。道はすでに細かい砂が混じっていて、ざくざくと、踏むたびに不思議な感触がする。
「ふぉーーーーーー!!!これが!海!!!!!」
俺たちは思わず駆け出した!
すごい!本当にでかい水たまりだ……!!!
足元は砂だらけで、正直走りにくい。だがあまりの興奮に身体が勝手に前へ前へとつんのめる。
もう少しで顔面から砂に行くところだった。あぶない。
ゆっくりスピードを落として、砂と水の境界へと近づく。
ザァン、ザァンと繰り返し繰り返し水が押し寄せては引いていく。
「これが波かあ……」
本で読んだことがある。
海の水は風に吹かれて波というものが起こる。それが砂の地面に打ち寄せるところが波打ち際というのだ。砂の地面は砂浜である。
初めて見る海は何もかも新鮮で、ただただ見惚れていた。
「なんか……独特の匂いがするね?」
「海水はしょっぱいらしいけどほんとか?」
「なめてみたらいいんじゃね?」
基本的に海の水はしょっぱいけど毒とかではなかったはず。本では泳いでたりするし。
生き物のように動く波を見つめながら、ちょっと腰が引けている俺は2人に味見を振ってみる。
「ぐえーっ、しょっぱ!マジだ!」
意外に度胸のあったイームルがちょん、と指をつけて舐めてみた途端に叫び出す。
それを見た俺とクレッグもおそるおそる舐めてみる。
「塩……となんか他の味もする?ちょっとにがい」
「そうだな……これが海水…………」
「これ水浴びしたら……塩が付くのかな」
「あんま綺麗になりそうにないねえ」
ほー、と3人で波が来ないギリギリの辺りにしゃがみ込んで海を眺める。
潮風と呼ばれる独特の匂いを含んだ風が吹きつける。
波は引いては寄せ、寄せては引いていく。波の音とたまに聞こえる鳥のような鳴き声。
空は晴れ、遠く地平線の上には白い雲。
波の上に黒い影が見えるのは船か何かだろうか。
「…………暑いな?」
静かに海を感じていたが、さっきからジリジリ夏の日差しに炙られており。
ぶっちゃけすごい暑い。汗かく。
「そりゃそうでしょ、そろそろ太陽が真上にきてるもん」
「いいかげん移動するか……」
夏に近づいた太陽の光は結構キツい。日除けをかぶっているとはいえ、気温も上がってきた。
やけに人がいないなと思ったらそういうことか。
こんな暑い時間に日除けもない波打ち際にいるのは俺たちのようなアホくらいだった……。
名残惜しいが、日陰を選びつつまた街道に戻る。
街に着いたらまた遊びに来よう。多分そんなに遠くはないはずだ。
◇◇◇
街道自体に植えられている木は少なめだが、岩があったり太陽の向きによっては山の影に入ったりで、休みながら行けば暑さで倒れることはなさそうだ。なさそうだが……。
元々クワートの街のある地方は年中温暖で夏はそこそこ暑くなる土地だと本に書いてあった。
しかし、これ以上暑くなるなら、ちょっと徒歩で旅をするのは厳しいかもしれないな……。
俺たちが住んでいた街は近場に火山もあるし、そこまで寒い地方ではないんだが、夏はそこそこ涼しかった。
つまり暑さに慣れていない。どこかで多分へばる。
懐には痛いが、次の街へは長距離馬車を検討した方がいいかもしれない。
たまに街道沿いに見える農地や家らしき場所にいる人たちは、頭には日除けの布をかぶり、長めだがゆったりした袖の上着と、足首を隠すくらいの長さの裾のズボンという組み合わせの服を着ている。ときおり吹く風にふくらんで、とても涼しそうだ。
俺たちの感覚でいえばそれはもう夏服なのだが……夏服、そういえばあんまり持って来てないな。街に着いたら買った方がいいか……。
じりじりと照りつける日差しが中天から傾き始めてもあまり暑さは変わらず、晴天が少し憎い。
雨は雨で旅装が濡れたり足元がぐちゃぐちゃになるから、晴れの方がありがたいんだがな。
途中で見つけた木陰で休憩がてら2人にも聞いてみた。
「な〜、2人とも馬車旅って興味あるか?」
「あるけど」
「なに、足でも痛めた?」
暑さでちょっとばててるのか、2人とも言葉少なめだ。
いや、馬車の旅っていうのもちょっと憧れてたので、各国の馬車事情とかも出来る限り調べてたんだよな。うちの宿に泊まっていた商人や冒険者の人たちとかに聞いてみたり、冒険者ギルドや商業ギルドで定期的に情報取りに行ったり。
「この国結構暑いからさあ……。街道を歩きで進んでたらどっかで俺たち倒れないかなって」
「ああ……確かに日除けが今でも結構暑いからな……。これ以上暑くなるならキツイかもな」
「そうだね、誰か倒れたら多分全員アウトだもんね。でもお金足りるかな〜」
2人とも想像してげんなりした顔をしている。
だよな〜、俺たちにはこの暑さでも結構きついもんな。
せめて、日除けの布を巻いておこう。
よし、クワートの街に着いたら、ギルドに行こう。
たいてい最初にギルドには行くんだが、今回は調味料とかもあるからな。下手に個人取引してトラブってしょっ引かれても嫌だから、まずそこを確認してこなければ。
最悪売れなくても自分達で使えばいいし。
「寄り合い馬車は値段が色々らしいから、街に着いたら冒険者ギルドか商業ギルドで聞いてみよう?」
「そうだな、じゃあ着いたらまずそこだな」
「あとどんくらいかな〜、そろそろ看板とか出てないかな」
街道はたまに道が分かれているところがあって、それぞれ行き先が書かれた石碑や板の看板が立っていたりする。
今のところは一本道っぽいので当然何もない。道沿いに進め、だ。
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