第二の湯 クワート

010:関所越え

 カルデラに入ってきた道とは反対側の山道を下っていくと、海に出る。らしい。



 俺たちが次に目指すのは、お隣の市領にあるクワートという街だ。温泉が出るのと、海沿いにあるのでそこそこメジャーな観光地だという。


 観光地なのになんで秘湯巡りに追加したのかというと、俺の愛読書『世界温泉名鑑百選』に書かれていることには、なんと海底火山から湧き出る温泉があるというのだ。


 なんだそれ、海って湖の大きなやつだろう?つまり水の底ってことだ。なのに火山が???

 火山があるの???水の中に???



 これは俺の心をグッッとつかんだので、行き先の1つに入れたのだ。旅はロマンだよロマン。



◇◇◇



「行きとは違ってだいたい降りる距離が分かってるから、あんま辛くないね」

「道が広いのはいいが、木が少ないな……なんでだ?」

「油断するなよー、山道は降りる時が大変らしいぞ。滑ったりしたらここ、そのまま落ちるぞ」


 行きよりも道幅は広く、小さめの馬車なら2台分くらい通れそうな道だが、クレッグの言った通り行きよりも崖側に生えている木が少ない。

 崖の下が見えてチラチラと見えて、ぞわっとする。た、たけええええええ。


 まだまだ山頂に近い坂道なので、ここから落ちたら死ぬだろうな……というのがありありとわかる高さだ。もし落ちたら……岩とか崖しかないから途中で当たって痛そう。



 しかし、降りないわけにもいかないので、とりあえずてくてくと歩く。

 少し木が多くなってきた中腹を過ぎたくらいの道の脇に、水場を指し示す看板が立っていた。草がまばらに生えた道はカーブを描いて見えなくなっている。


「……どうする?確認してみる?」

「そうだな、一応確認しよう。水はまだあるけど、休憩できるならそれに越したことはない」

「んじゃ、一応みんな武器を持って、警戒しながら行こう」


 曲がった先が見えないので、用心のため近くから石を投げて少し待つ。

 一応何もなさそうだ……。


「よ、よし、いくぞ」


 クレッグを先頭に、俺、イームルの順で歩く。

 別に道は細くないんだが、敵襲があれば対応できるように。


「……大丈夫そうだ、2人とも来い」


 3歩ほど歩いたクレッグが確認して、オッケーを出したので俺たちもこわごわ道の先に進んだ。


「お、おお……ちゃんとした水場っぽい」


 道の先は少し奥に洞窟っぽくなったところがあって、そこに水が湧き出ていた。

 一応水場の看板はあったが、ちゃんと飲めるかどうかはわからない。ので、安易に飛びつかないように、と両親や師匠からこれでもかと教育的指導を食らっていたので、立ち止まる。


「大丈夫かな?」

「一応鑑定石にかけてみようか。反応したらやめとこう」


 毒や危険物に反応する魔法を込めた、鑑定石というものがある。魔法自体は一般的な部類だが、一回で効力が無くなるので、使ったらまた魔法屋や魔法使いに魔法をこめてもらわないといけない。

 旅の間に何があるかわからないので、複数個持ち歩いているのが普通だ。

 

 すぐそばの岩に鑑定石を置いて、懐から薬草などを包んだり簡易コップにする用の、毒性のない長めの葉っぱをくるりと巻いて汲んだ水をかける。


「ん、大丈夫そう」

「よし、じゃあちょっと休憩するか」


 水場の脇は草も生えているところは土は湿っているかもしれないので、乾いた平たい岩の上に荷物を下ろす。


 まずは水を汲もう。

 飲みかけのやつは一旦捨てて、軽くゆすいで入れ直す。口をつけると水も傷みが早い。


 俺は水袋を3つ持っているが、温泉街を出て山に差し掛かるところで汲んだ水は1袋そのままに、2袋にここの水を入れる。

 万が一体質に合わなくて腹を下したりした時用だ。

 それまでの水は何度か飲んで大丈夫だったが、ここの水はわからない。


「結構美味しい。冷たいな」

「洞窟っぽくて日差しが遮られてるからかな。結構日に当たると暑いから助かるな」

「そろそろ氷石欲しいね〜売ってるところあるかなあ」


 氷石は、氷魔法が込められた魔石だ。夏になると需要が増えるが、氷魔法を使える人が少なめなので、結構高い。なので今回の旅には持ってこなかった。他の街でもしかしたら安く売ってるかもしれないし。



 故郷の街を出た時に初夏を迎えた季節は、そろそろ本格的な夏を迎えようとしていた。



◇◇◇



 山道を下り切ってから10日ほど歩くと、隣の市領との市領境にぶつかる。

 カルデラにあるウノの温泉街はかろうじてトレーヴ市領内なんだが、次の海沿いのクワート温泉街は別の市領だ。

 ドルガニア王国は5つの市領に分かれており、各市領に領主が置かれている。


 市領境を越える旅なんて初めてだし、いまさらながらに緊張してきた。



 市領境には境界線沿いに等間隔で市領境碑という石の碑が建てられており、それに魔力が流されて防護壁が作られている。

 もちろんその魔力の壁を迂闊に越えようとすれば自動で市領境警備兵に通報され、速攻捕まえられてしまう。ちゃんと関を通れと言うことだ。


 この関税が結構な市領の収入になっているらしいので、市領境碑の防壁はわりとシャレにならん強化をほどこされているらしいとは、両親からの受け売りだ。


 それと、旅券という木の板に特殊なハンコが押されたものが旅の間の身分証明証として、各市領に導入されている。

 市領境の関所でこれを見せ、特に問題なければ通してくれる……はず。





「む、トレヴゼロからウノを通ってきたのか。山越えはどうだった?獣は出たか?」



 ただいま関所の衛兵さんに質問を受けています!



 いや、普通に通行目的は聞かれると聞いていたので大丈夫。大丈夫落ち着け俺。他の2人も緊張してかちこちになっているのを横目でチラリと見る。緊張するよな!?



「昼間はほとんど会いませんでした。ここに降りてくる時にキツネと鹿らしき影が遠目に見えたくらいです」

「そうか、それなら良かった。5年くらい前までは狼とかもたまに現れてたんだ。一度追い払ったらほぼでなくなったようだから、通りすがりかはぐれたやつだったんかもしれん」


 うげ。狼は賢いので出会ったらこちらが狩られる立場になること請け合いの獣だ。

 会わなくてよかった……。


「狼……は会いたくないですねえ」

「うむ、会わない方がいい。群れに見つかったら最後だと思って、一匹でも見たら逃げるのに全力を使ってくれ」

「はい、肝に銘じます」


 いやもうマジで!そんなことになったら全速力で逃げます!

 鎧を身につけた衛兵さんに最初は緊張したが、話していくうちにわりとこちらの心配してくれてたりするんだなとわかったので、俺も肩の力を抜いた。


 他には山道に崖崩れや街道でトラブルがなかったか、道中の野営所や水場は大丈夫だったかなど聞かれる。定期的に巡回はしているらしいが、そういう問題があった時にはそちらを優先して動くことになるらしい。

 関所には隣市領とうちの市領両方の詰所があるので、情報交換も頻繁にしているそうだ。


「よし、問題なしだ。通れるぞ。ようこそ、シトルリア市領へ!見どころがいっぱいだからな、楽しんでくれ」


 そういって、近場の街道の野営所などを教えてくれた。いい人だった。

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