009:温泉に入ろう
そんな感じで1週間くらい滞在して、各々日銭を稼いだ。
クレッグとイームルは狩りに行き、俺は商業ギルドで温泉宿をいくつか紹介してもらい、臨時の下働きで雇ってもらった仕事各種だ。
イームルは、夜に酒場で歌を歌わせてもらっていた。吟遊詩人っぽい!
狩りではなかなかの大物を仕留めていたクレッグの稼ぎが1番かと思いきや、イームルが酒場で稼いだチップが1番だった。みんな娯楽に飢えてるからか、イームルの歌は最終日まで結構な人気を博していた。
イームル自身も、吟遊詩人としてちょっと自信がついたらしい。よかったな。
「あーーーーー……生き返るな……」
「朝風呂最高だわ……」
「しみわたる……」
連泊している長期滞在者用のお安い宿は、食事は出ないが風呂は温泉なので入りたい放題だ。清掃時間は夜明けすぐ。ほぼ一番風呂であろう時間帯に俺たちはそろって湯に浸かる。
今入っている湯は、クセのないさらりとした感じで、つかるとぽかぽかしてあったまるし、肌ももちもちになる。
この街にはケガに効くもうちょっと癖のあるお湯もあるんだが、何度か入って確かに匂いがダメな人にはだめかもな……という感想を抱いた。
「今更だが、ラッシュの温泉巡りしたい!ていう目的は当たりだったな」
「だねえ……温泉っていう目的がなかったらオレ心折れてたかも」
「ふはは、もっと俺をほめたたえるがいい……!!」
慧眼だったろう。ふふふ。
なんて言いながら、俺も最初の頃はちょっとこの目的は私利私欲すぎないか……?もっとこう、崇高な……世界を感じたいとかそういうほうが……って一瞬思ったんだが。
命もかけるような旅で己のやりたいこともできないなんて、そっちのほうがダメじゃないか?と考えを改めてからは、いい目的だと思えるようになった。
「目標の街に温泉が必ずあるから、とりあえず風呂があるかどうかの心配はあんまりしなくてもいいもんな」
「そうそう、今まで他所の街に行っても日帰りとかが多かったからあんま気にしてなかったけどさ、他の街ってあんなに風呂ないもんなんだねえ……」
クレッグとイームルがしみじみと言うのに俺もうなずいていた。
温泉のない街の風呂事情はわりと厳しい。
公衆浴場として風呂のみの営業だったり、大きめの宿なら大風呂があったりするが、それ以外は小部屋で熱した石に水をかけた蒸し風呂か、部屋にお湯のたらいを持ち込んで身体を拭いたりするのがメジャーだ。
水を引くのは結構大変だし、上下水道が整備されていない街も多い。
温泉を引いている故郷の街は、お湯の排水を整備するときに上下水道もきっちり設置したらしく、衛生的にもなかなか先進的な街だったらしい。
宿屋以外でも有料で温泉を引いている家があったりするし、水道で水が出るようになっているのは普通だと思っていた。水に困らないのはありがたい話だったんだな。
「でも、今回の2人の稼ぎで、次の街に寄っても最低1回くらいは風呂付きの宿に泊まれそうだぞ」
2人の狩りの成果も、なかなかのものだったらしい。今回狩りの対象になっていた獣はキツネで、仕留め方が良かったのか、毛皮が良い値で売れた。ほくほくである。
今泊まってるくらいの宿なら、10日弱は泊まれるだろう。
温泉街じゃない場所の街でも風呂付きの宿屋を選べるくらいの金が溜まったし、そろそろ次の街に移動しようかと話してるので、次の街の宿がバカ高くないことを祈る。
ちなみに俺たちは旅用に共通財布を作っている。
食料や薬、宿代などに使う金を毎回毎回精算するのが面倒だからだ。
各自で同じ金額を出し合って、共通財布に入れているので、1番手持ちが少ないやつに合わせているのだが。そうなると、街の宿屋に連泊とかするのはキツくなる。
俺1人なら安めの宿を選べば、そこまで無理なく宿に泊まれるんだが、2人は俺の手持ちの半分くらい。
そっちに基準を合わせるなら節約していかないと厳しいところだ。でも怪我や不測の事態で宿に留まらなければならない時もあるだろうから、節約しつつメンタルが削れない程度に宿屋を利用したい。
やはり金だ。定期的に金は稼いでいかねば。
◇◇◇
「あらいらっしゃい。今日はお菓子が入り用なの?」
風呂の後、荷物が軽いうちに、先日働いていた宿屋の女将に出発の挨拶をしに行こうと思って2人に言うと、ついてくるというので一緒に出発した。
宿屋の方では邪魔になるだろうから、隣の茶菓子を売る店に買い物がてら入って行くと、笑顔で女将が迎えてくれた。
この茶菓子の店は、宿屋で出している茶菓子を売っている。結構評判がいいみたいだし、実際まかないで味見させてもらった時も美味しかった。
日持ちするし、旅のおやつにちょうどいいかなと思って買いに来たのだ。
「先日は大変お世話になりました!お菓子も買いに来たんですけど、そろそろ次のところへ出発しようかと」
「あらまあ!もう行っちゃうの〜寂しいわねえ」
あら〜と驚きながらも、俺たち3人に味見用の蒸し菓子をくれたので、ありがたくいただく。
ややかための生地の中に練った甘芋が包まれて、さらに砕いた柔らかめの木の実まで入っているという手の込んだものだ。
こないだのとは違って、また美味しい。
「うわっおいしっ!なにこの中に入ってる甘いの!」
「あ、それこないだ買ってきただろ、甘芋っていうんだよ」
「え、これあの芋なのか……すげえこんな美味いのになるんだ……」
2人とも感動した面持ちで蒸し菓子をもぐもぐしている。
そうだろうそうだろう、俺も食ったとき感動した。故郷にはない味なんだよな。
甘いおやつというのはわりと珍しくて、故郷の街でも専門の店はひとつかふたつだった。ここの温泉街はもうちょっとたくさんある。全部回りたい。
「まあまあ、お兄さんたち嬉しいこと言って〜!こっちもお食べなさいよ!!」
女将さんもニコニコしながら別のお菓子をくれる。こっちは黄金色の生地の上の方がこんがり焼けた……これも甘芋のお菓子かな。
「こっちは蒸した甘芋にバターとか卵とか色々練って焼いたやつなのよ〜。これもうちのおすすめよ!さっきのと比べて日持ちしないのが玉に瑕なんだけどね〜」
「「「いただきます!!」」」
もそ……ぱく、と口に入れると、バターのいい香りと甘芋がさらに甘さとコクを増してて、すごい、なんだこれ口の中が幸せになる……!!
「うっっっま……」
「…………俺、箱で買う」
「あっオレも!!」
3人の顔の変化を見て大満足したらしい女将が笑いながらお茶をくれる。
「あはは毎度!でもさっきも言ったように日持ちしないから、この時期なら食べられるのは明日までだからね!そこは気をつけるんだよ」
差し出されたお茶にお礼を言いながら、口の中の感動を引き続き味わう。
……すっげえな、世界にはこんな美味いものがあるんだな……。
「ふふ、この甘芋焼きはここらの近所の牧場で取れる新鮮な牛の乳もよく合うんだよ。商店街の中にキリッと冷やして計り売りで売ってるところがあるから、見つけたらそっちも飲んでごらんよね」
「はい!絶対行きます!!」
「俺、この甘芋焼きなら明日までに一箱食える。絶対食える。なので一箱ください」
……俺は知っている、その牛乳を売ってる店は女将さんの身内がやっているし、この宿屋にも卸しているということを……。
2人は商売上手な女将さんの言葉にやる気満々で探すようだ。
でも確かに絶対合うなこれ。俺もお店で買って試してみよう。
「ところで、アンタたちはこの後行くところは決まってるのかい?」
「ああ、来た道とは反対側の街道に降りて、クワートの温泉街に行く予定です」
市領境を超えてしばらく行くとあるらしい、次の予定地である。
海沿いにあるという街。海のことが水たまり以外に想像できてないので、ぼんやりとしているが、温泉はあるらしい。
「あらいいねえ!あそこは海が綺麗なんだよねえ〜。私も夫と新婚旅行で行ったのよ。海で獲れる魚や貝がとても美味しいからぜひ食べてみて」
「実は海を見るのは3人とも初めてなので、すげえワクワクしてます」
行ったことがあるらしい女将さんは、色々おすすめの店やものを教えてくれた。
それを必死にメモに書き取り、日持ちする菓子も買い込む。
「そうそう、クワートのあたりだとこっちの山とかで獲れる調味料が結構珍しいらしくて、持って行ったら高値で買ってくれたりするわよ。買い占めない程度に買って持ってくといいわね」
「お、おおおありがとうございます……!助かります何から何まで」
有益情報!!調味料か〜あんまりかさばらなくていいな!
3人それぞれ買い込んだ荷物を整理して、揃って頭を下げる。
「うふふ、こっちも手伝ってくれてありがたかったからね。また寄る機会があったら今度はうちにも泊まっていきなさいね、サービスするから〜!」
「はい!ありがとうございました!」
そしておすすめされた店で牛乳を買い、その場で甘芋焼きを1個食べてみた俺たちはマジで箱の半分くらいぺろりと食べてしまった……。お、恐ろしい、とまらなかった……美味しかった……。
クレッグはもう一回買ってこようとしてたが、さすがにそれは止めた。
そんなに気に入ったなら帰りにもう一回寄るか、街に戻ってからもう一回来たいな。
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