007:発見と遭遇
「あっ……あれじゃないか?」
「ほんとだ、多分あれだよ!」
馬車の商人のひとが言っていたように、少し歩くと、岩山の木々に隠れるようにして開けた場所があった。看板も立てられており、横には滝のように湧水が落ちている淵から、細い小川が流れていた。
太陽はまだギリギリ登っている。もう少ししたら夕暮れどきになるだろう。
「よ、よかったーーー水が汲める!」
「ここで泊まる準備するか。テント立てちまおう」
「どこにする?誰もいないみたいだし水場からそんな離れてないところがいいな」
「んじゃこの辺に……おーいラッシュ手伝え」
「あ、ごめんごめん」
俺は水を飲んでいた。節約してたからちょっと喉が乾いておりまして……うむ、美味しい湧水だ……水が綺麗なのは山頂ならではだな。素晴らしい。
すっかり慣れた3人でちゃっちゃっとテントを建て、今夜の寝床を確保する。
暗くなる前になんとか焚き火を起こせそうだ。
綺麗な湧水もあるし、枯れ木も道中拾ってきたので燃料もある。お湯を沸かして体を拭うか……と算段しながらとりあえず鍋に汲んだ水を沸かしてお湯にする。
「スープ作るか。せっかく枯れ木も拾ってきたし」
「オレ、お湯もうちょい沸かして先に体拭く。結構汗かいた〜」
「そうだなー、明日には風呂に入れるだろうが、臭いまま街に行くのもな」
温泉街ならお湯は潤沢だろうし、そういうところはわりと住人みんな小綺麗にしてるので、あんまりずた袋みたいななりで行くわけにもいかん。今日は水の心配もしなくていいし、身体をちゃんと拭こう。
街を出てたったの3週間だが、野を越え山を越えしていたらすっかり汚れてしまった。
なんせクレッグもイームルも俺ほど路銀を貯めていなかったので、節約するためにほぼ野宿だったからな。宿に泊まったのは2回だけだ。
俺たちは元々温泉街で生まれ育ったので、思っていたよりもこの状態がキツいことがこの2週間でわかった。
街にいた時に外に出る時は、いつも往復でも1週間とかなので、汚れがヤバくなる前にある程度風呂に入れたり、川で水浴びなりできたから、深く考えていなかった。
そんな綺麗好きだとは思っていなかったのに、いま猛烈に風呂に入りたい。うう。
「そうだな、今後は宿屋に泊まれる回数をもうちょっと増やしたいな」
「賛成ー、狩場もあるといいね」
狩りの出来そうな場所があれば、積極的に狩っていかねば。
道中の金稼ぎは必須だったな……日数を優先して街道沿いに近いルートで来てしまったので、狩りに良さそうな森や山に入れなかったのだ。
街で日銭稼ぐことができればなおいいんだがなー。温泉入りてー。
そんなことを考えながら、久々の具がそこそこ入ったスープを飲み、黒パンにチーズを載せてちょっと炙ったやつを齧る。
山の上はやはり日が落ちると途端に冷え込む。温かいスープが腹に落ちるのがわかるくらいには寒い。はあ、うまい。
宿屋で野菜も買わせてもらったので、悪くならないうちに少しずつ食べよう。魔法鞄のいいやつ欲しいな。狩りで獲物が取れるとも限らないし、持ち歩ける生鮮食品を増やしたい。
「街に着いたら日銭稼ぐとこ探すかー。ちょっと路銀貯めときたい」
腹もくちて、落ち着いた頃に俺がそう言うと、クレッグもイームルもうなずいた。
「あーでも風呂!まずは風呂に入りたい!!」
「わかる」
「わかる、温泉あるなら入れるよな、きっと……?」
「大丈夫でしょ!」
「こんなにも温泉に入りたいと思う日が来るとはな……」
普段は稽古だなんだで俺よりも汚れることに頓着しないクレッグですらそう思うのか。
3人で温泉に入る決意を固めつつ、みんな山道で疲れていたので1人を見張りとして順番にテントに入り、泥のように眠った。
宿のおっちゃん謹製の獣避けはよく効いた。
◇◇◇
「うっわー絶景!」
山頂に着いたら、ぱあっと目の前が開けた。
高い位置から見下ろす台地は、まさにすり鉢状で、俺たちがいる崖が、霞んで見えるくらいの遠くにぐるりと続いているのが見える。
ここから見ると細い線のような、あれは街道だろうか。ゆっくりカーブしながら続いている。
街道沿いにポツポツと建てられた家のような建物と、四角に区切られた農地のような色々な緑。それらを追っていくと中心に近い辺りに、見慣れた城壁が見える。どうやらあれがここの街ウノらしい。
「目的地が見えると俄然やる気が出るね」
「あの城壁が街か?あそこ目指していけばいいな。幸い道も一本みたいだし」
荷物を背負い直し、俺たちは再びテクテクと歩き出した。
ゆるいつづら折りの坂道を今度は下っていく。
景色がひらけているし、目的地も見えるので前日の山登りよりもぶっちゃけ楽しい。
「しっかし結構遠いね、さすが秘湯」
「いやー、これでもうちの温泉街から1番近い秘湯なんだぞ?魔獣も出なくなったから昔よりも楽だって」
登りよりも顔色が良くなって機嫌も上向いたイームルにそう返す。3人の中では1番体力がないので、山道は結構きつかったみたいだ。
魔獣やらが出てきていた頃は多分本当に辿り着くのが困難なところだったんだろう。
「確かに道中襲ってくる獣とかはいなかったもんね」
「……魔獣と戦いながら延々ここの坂道登るのは嫌だな」
俺たちのパーティーの中で攻撃を担っているクレッグも頷く。
ほんと、勇者様一行には魔王倒してくれてありがとうの気持ちしかない。平和バンザイ。
そんな話をしながら坂道を下り切り、街道に入る。
「うわー、すごい、本格的にたまご腐ったみたいな匂い」
「匂いは硫黄だな。うーんこれは期待できますぞ!」
正直ワックワクである。
故郷の街は火山とはやや距離があったので、硫黄の匂いはあまりキツくなかった。
普段とはまったく違う雰囲気の場所に、旅に出てる実感が湧いてきて、心が躍る。山を登ってきた甲斐があった。
「ここら辺の人たちはどこで狩りをしてるんだろうな」
「あっちの方に森っぽいのが見えるからそこじゃない?」
ぐるりと囲んだ山肌を侵食するように、あちこちで緑色の木々が森になっている。結構遠いので、狩りに行くなら行き帰りの時間をきちんと見ておかないとあっという間に夜になりそうだ。
いっそ野営するか?冒険者ギルドで、あそこらへんの獣の情報もらえるといいな。
「本当だ。着いたら冒険者ギルドとかあるかな。狩りの許可取らなきゃな」
広い大地に、転々と畑と家が見える。
所々むきだしの黒い土から湯気が出ているのは温泉の蒸気が溜まってるのかな?
ここは作物は何が育つんだろう。名物とかあるのかな。楽しみだな。
「あっ、アレなんだろ?木の……箱?蒸気もれてる」
目のいいイームルが、街の城壁のまであと少しのところに蒸気を利用した何かが設置されているのを見つけた。
あれは……噂に聞く温泉蒸しものじゃないか!?
トレヴゼロの街の源泉はちょっと離れたところにあったので、街に温泉の湯が届く頃には少し温度が冷めていたし、源泉の近くまで蒸気が噴き出してくるほどの勢いはなかった。
だから、俺は師匠や両親の話くらいでしか聞いたことがなかったのだが、その!現物がここに!!
「あっ、誰か人がいる」
なんかすごい、すごい美人がそこにいた。
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