第一の湯 ウノ
006:山登り
黒っぽい岩とそれが細かくなって広がった砂と岩の土地に、まばらに木々や草が生えている。昼を回った太陽は、ときおり流れる雲にさえぎられたりしながらも初夏の日差しを降り注がせている。
天気はいいのだが、周囲にはずっとうすく硫黄の匂いが立ち込めていて、心なしか息がしづらい。うーん。
「今どのくらい登ったんだろうな、これ……」
馬車も通るためか道幅自体はゆったりととられているし、崖側の方に木も生えているので、崖の向こうはなかなか見えない。
「かれこれ半日くらい登ってるが……太陽も中天過ぎたしな」
「そろそろ山頂見えてきてほしいなー!」
山の中央がすり鉢状になっていて、そこに温泉が湧いているというが、俺たち一行はいまだにそのすり鉢状の山々の外側を歩いて登っているところだ。
先は長い。のか?
故郷の街を出発してから約3週間、ようやく最初の目的地であるウルワ地方にある山に入った。ここまでの道のりは一応順調といえる。
ウルワにある火山は故郷の街トレヴゼロとは別の火山らしい。噴火した後の火口がすっかり大地となったカルデラと呼ばれる場所にある。山自体が相当にデカく、カルデラ内のいたるところで温泉が沸いているらしい。
カルデラなんて今まで見たこともないし、本で読んでも人に聞いても想像がつかない。楽しみだ。
一応ウルワもトレヴゼロとギリギリ同じ市領内なのだが、ウルワの方がだいぶ端っこにあるので、今登っている山の斜面の反対側を降りたら別の国の国境がある。
ルート的には間違ってないはずなんだがなー。
いかんせん結構な傾斜の山なので、山頂までの道は緩い傾斜を曲がりくねりながら少しずつ登ることになる。距離も相当なものだ。
山頂の方を見上げて、これは登り切るまでに一泊した方がいいかな……、と俺は算段し始めた。
「宿のおっちゃんは半日ちょいで登り切れるって言ってたけど、おっちゃん基準かもしれんな……」
「明らかに俺たちが3人まとめてかかっても勝てなさそうだったもんね!」
山の男らしくムキムキの筋肉で覆われた大男だった。繊細なところもあるようで、街から何かの時に売り払う用に持ってきた、かわいい模様のついた陶器のコップやらを気に入って、良い値で引き取ってくれた。ちなみにコップは俺の弟作です。
「ここのつづらを曲がったら一旦休憩しようか」
「そうだな、ちょっと水飲みたい」
「やったー休憩だ!」
曲がったちょっと先に広くなったところがありそうなので、俺はそう提案した。
目の前に場所が見えてるので歩みも早い。何本か生えた木の周りに、小さめの岩がポツポツとあり、下草も生えているので座っても痛くなさそうだ。
「地図的には間違ってないと思うんだけどな……上見ても……あんまよくわからんなあ」
3人とも適当に各々岩に腰を下ろしたり、なるべく平らになってるところにごろりと座り込んだりしている。
麓にある街の宿屋を朝早くに出発し、緩いとはいえ、ずーっと坂道を登っているので足がパンパンだ。
「あー、沁みるわー」
時間的にもおやつタイムなので、それぞれ保存食を出して食べている。
俺は乾燥したイチジクと干し肉。どっちもゆっくり噛んでいくと、甘味と塩味が染み渡る……。
皮袋に入れてきた水は浄化石を入れているが、残り半分くらいだ。早いところこの山を越えるか、どこかで補給したい。
「みんな、水大丈夫か?俺のあと半分くらい」
「俺は3分の1かな」
「オレもー」
水分の確保は旅の大事なポイントである。こまめに確認しつつ、早めに補給しなくては……。
宿のおっちゃんは途中に水場があるって言ってたけど、見逃したのか、まだ辿り着いてないのかわからんのがまた。
いったん汗が引くくらいの時間、休憩していたら、ガタゴトという音と、蹄らしき音が聞こえてきた。
「あっもしかして……!?」
「商人の人とかかな!?馬車だよな多分!」
「うわーっ人がいた……!」
3人で騒いでいたら、向こうにも気づかれたようだ。
二頭立ての荷馬車を操るのは中年に差し掛かった痩せ気味の男性。後ろから若めの男女も顔を出す。こちらは鎧らしきものを身につけているし、護衛の冒険者だろうか。
馬は小柄で脚の太いどっしりと安定した種類だった。あれなら荷物乗せて山道も踏破できるな……いいな、馬。どこかで乗ってみたい。
うちの近所には乗り方習えるとこなかったんだよなー。うちの宿も厩はあったけど利用者が少なかったのでほとんど見たことない。
などとのんびり考えながら、ようやく人に会えた機会なので逃さず情報を聞きに行く。
「あの、こんにちは、もしかして山の向こうで商売されてきたんですか?」
「やあ、こんにちは。そうだよ、この先の街に定期的に行商に行っててね。君たちも行くのかい?」
穏やかな物腰で言葉も丁寧だ。もしかして結構大きな店の人なのかな。
個人の商人は時々とんでもなく荒っぽいのがいるので要注意なのだ。基本1人で旅の商売をするから、警戒も凄くて自然荒っぽくなるんだろうけど。
「はい、温泉があると聞いて登ってきたんですが、先が見えなくて」
「はーっよかった、本当にこの先にちゃんと街があった……!」
「道、合っててよかったな」
俺の後ろからひと安心したのか、ガヤガヤと声が上がる。
2人ともやっぱ不安になってたか。俺もです。
「ははは、着いたら温泉は入り放題だな。しかし歩きならまだあと半日はかかるぞ?街に着く頃には夜中になるから、野営所に泊まって行ったほうがいい。この先はそこまで大型の肉食獣はいないが、夜行性の細かいのがいるから、なるべく昼に歩くのをおすすめする。獣避けは持ってる?ああ、下の宿屋で買ったやつなら効くよ」
おっとそうなのか、夜に動くやつ……。
基本的に昼間はあまり襲ってくるのはいないと聞いてたが、野営で獣避けまいて寝る方が楽そうだな。
魔王討伐の時代にポーションや治癒魔法の研究が一気に進んだらしいが、庶民が常備するにはなかなかお安くないので、怪我は今まで通り薬草や自然治癒だ。獣に襲われて怪我でもしたらそこで旅が止まってしまうから気をつけねば。
「ありがとうございます!そうします!」
俺たち3人ともうんうんとすごい勢いでうなずいている。
こういう新鮮な情報は何よりありがたい。
「野営所は、道なりですか?」
「ああ、この先2時間くらい歩いたところだよ。水場もある」
水場!!求めてたやつです!!
2時間くらいということはこの季節なら今からだと陽が沈むまでにはたどり着けるか。ちょうどいい。
太陽が登って沈むまでの時間を12で割ったものが1時間で、季節ごとに太陽が登っている時間が変わるので、1時間の長さも季節によって変わってくる。今は初夏で陽が登っている時間は一年の平均くらいだ。
「ありがたい……!行ってみます」
「ああ、気をつけて。良い旅を」
「ありがとうございます、そちらも」
一気に元気が吹き返した俺たちは、馬車からのぞいていた2人にもペコリと頭を下げ、再び出発するために俺たちは荷物をまとめ始めた。
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