003:アイリス



 そこはもう勝手知ったる幼馴染の家だ、アイリスの私室も知っている。

 ていうかクレッグの部屋と廊下を挟んで対角線状にあるのだ。


「アイリス〜、今ちょっといい?」


 イームルがアイリスの部屋のドアをコンコンとノックして伺っていると、すぐにガチャリと扉が開いた。


「イームル。どうかしましたか。おやラッシュまで」

「うん、ちょっとクレッグと3人で話したいことがありまして」

「……どうぞ」


 怪訝な顔をしてイームルを見ていたアイリスが、俺とイームルに両脇を固められているクレッグに気づいて眉をしかめるが、部屋には入れてもらえた。


「お茶でも飲む?」

「あっ俺欲しいです!」

「僕も飲みたいです!」


 舎弟とはいえ、そこは幼馴染である。アイリスの問いにわりと遠慮なく俺とイームルはお茶を所望した。

 アイリスの淹れてくれるお茶は実際美味しいので好きなのだ。

 俺たちの勢いでクレッグもポツリと希望を言う。


「……欲しいです」

「わかった、そこに座って。ちょっと待ちなさい」


 そう言って、ソファに俺たちを座らせたアイリスは、部屋に置いてあるお茶セットのポットに魔法瓶マジックポットからお湯を注いでいく。人数分のカップを用意してお湯を注いで回し、温める。

 一連の動作を流れるようにこなし、ほどよく蒸らしたお茶をカップに注いでいく。


「お手伝いします!」

「ああ、じゃあこれ運んでくれ」


 俺は代表で茶器の乗ったお盆をテーブルへと持っていき、それぞれの前に配った。


「どうぞ」

「うーん、やっぱりアイリスのお茶は美味しい」

「……美味しいな」


 俺とクレッグが感想を述べる間、猫舌のイームルは必死にフーフーとお茶を冷ましていた。


「んー!美味しい!」

「ありがとう。……で、お話とは?」


 各自お茶を堪能したのを見て、アイリスが俺たち3人を順繰りに見つめる。その鋭い視線に思わず腰が引けそうになるが、ぐっと我慢してクレッグの背中をポンと叩く。


「あー……、その、俺は、以前から考えてたんだが……。こいつらと武者修行の旅に出てくる」

「!?」


 びっくりした顔でクレッグを見つめるアイリス。


 そこにすかさず俺とイームルが援護射撃を放つ。


「そもそもの言い出しっぺは俺なんだけどね。世界も落ち着いてきたし、ちょっと他の市領の温泉巡ってこようかと思って」

「そうそう、ラッシュの旅に俺とクレッグが乗っかったの」


 うむ、アイリスはすごく真顔です。

 チラリと目だけ動かして横のクレッグの顔を見ると、こちらもやや固まっていた。


「……3人で行くのですか。どのくらいの期間で?」

「うーん、一応最長2年くらいで回ってきたいかなーって。できれば1年ちょいで周りたいコースなんだけど、そんなにうまくはいかないかなと」


 俺の方をチラリと見て聞かれたので、今のところの計画を正直に話す。2人にはぼんやり話していたけど、ちゃんとした期間を言ったのはもしかして初めてかもしれん。

 まあ、このメンツで計画を立てるとしたら基本俺なので。2人ともわりとおまかせである。


「ラッシュが計画を立てているのなら……そのくらいになるのでしょうね」

「うん、トラブルも込みでそのくらいだといいな」


 へへ、俺もこの方面にはちょっとは信頼があるんだぜ!

 隙を見つけてはキャンプだ狩りだとみんなを連れ回した甲斐があるもんだ。


「……アイリス、俺は強くなりたいし、それ以上に視野を広げたい。だから、その……」


 固まっていたクレッグもようやく動き出し、こわごわと口を開く。その様子をアイリスは強い視線でじっと見つめている。

 言いたいことはあるがうまく言えてないクレッグを、俺とイームルはハラハラして見守るしかできない。



 が、がんばれ!アイリスの目力が強すぎて蛇に睨まれたカエル状態だががんばれ!!!



「……私も頭を冷やす期間があった方がいいでしょう。分かりました、気をつけて行ってきなさい」


 何かを堪えるようにして、大きく息をついたアイリスの言葉に、俺たちはよし!とお互いの拳を軽くぶつけた。


 ほんとは、もうちょっと揉めるかなと思ったんだが、あれはきっとアイリスにも思うところがあったんだろう。

 俺たちがストッパーになれたのかは分からないが、とにかくクレッグの半殺しは回避された!ヨシ!!



 こうして俺は道連れをまた1人確保したのだった。



◇◇◇



「そういや流れで着いてくことになりそうだけど、イームルは良かったのか?」


 緊張感のほとばしっていた説得が終わると、そろそろおやつの時間だったのでクレッグの家を出て、屋台で買い食いをすることにした。

 揚げパンを齧りながら3人で屋台の横にあるちょっとした広場を歩いている。

 屋台の揚げパンは手軽でお安くて中に具が色々仕込んであってボリュームもある。さらに目の前で揚げてくれるので熱々だ。人気なのもうなずける。


 流血をちょっとだけ覚悟して行ったので、予想よりも穏便に終わって安心した俺たちは、全員すごい勢いでモリモリと揚げパンを平らげ、空いてるベンチを見つけたので3人で腰を下ろした。


 しかし、クレッグの武者修行はともかく、イームルはよく周囲の許可が出たな?と。

 俺も人のことは言えないけど。

 全国を回ってくるなんて、わりと無謀に近い旅なので。


「うん?まあね、吟遊詩人なら旅に出なきゃなと思ってたからね、ちょうどいいよ」

「確かに。吟遊詩人は旅の先々で歌ってるイメージだもんなあ」

「ああ。そして他の土地に歌をつないでいくのか」

「そうそう。そうやって歌はいろんな土地を渡っていくんだよ。浪漫だよね〜」


 イームルが吟遊詩人っぽいことを言ってる。

 クレッグは剣士としての武者修行だし、あっやべ俺だけそれっぽい肩書きがない。

 えーとえーと……宿屋の息子?

 ヤダ、弱そう……。


 近隣の街に行くのに冒険者の肩書きがある方が便利なので、一応冒険者ギルドには登録しているが、専門的なものは各自の自由なので名乗るのに特に決まりはない。登録した人たちはひとくくりで冒険者だ。


「いいのか?平和になったとはいえ、山奥とかはたまに魔獣出るぞ?」

「大丈夫、昔さらわれかけたときの記憶があったから、相手眠らせる曲とか自衛手段になりそうなやつはひととおり覚えた」


 実は俺たちは売られかけたことがある。詳しくは省くが、俺の野宿修行についてきて山賊に見つかったのだ。捕まって売られかけたところを、冒険者ギルドから派遣された冒険者と、帰ってこないので心配した親たちに救出された。


 それで懲りるかといえばそうでもなく、俺たちは元気に近所の野山を探索し続けた。それどころか、似たような山賊の小屋や怪しげな根城を見つけるとそっと冒険者ギルドなどに情報を売りに行った。これがまた結構いい小遣い稼ぎになったのもある。

 両親には最初怒られたが、見つけたらけして近づかないこと、すぐ離れて街に戻ることを約束してなんとか続けさせてもらった。実際、そういうのの情報はいくらあってもいいらしい。


 魔獣などが出なくなってからは、隣の街やその隣の街くらいは何度も往復した。一週間くらいなら3人で問題なく旅ができることを数年かけて証明してきたのだ。



 揚げパンをすっかり飲み込んで、2つ目を買おうか迷っていると、こちらも平らげたクレッグが言う。


「で、いつ出発するんだ?ラッシュ、俺はいつでも出る準備はできてるからな」

「本当にか〜?」

「あんだけ啖呵切ったし、とっとと出発した方がいいかもねえ」

「そういうおまえは?イームル」

「まあオレも家族にはもう言ってあるし。いつでもいいよ」


 あれ、意外に2人とも準備万端じゃん。えー。


「おお……なんだおまえら結構本気で考えてくれてたんだな……」


 ちょっと感動してしまった。持つべきものは気心の知れた幼馴染である。


「当たり前だろ」

「まあさすがに消耗品とかの準備は出る前の方がいいかと思ってまだだけど」


 おっと。こりゃあ俺もぼやぼやしてらんないな!呆れたように笑った2人の顔を見て、俺もやる気が出てきた。

 ……引き伸ばしてきたが、いいかげん両親や家族と話をすることにしよう。


「んじゃあちょっと……俺も家族と話してくる」


「は?肝心のおまえが話してないのかよ!」

「安定のずるずるラッシュだったね」


 その呼び方やめい!

 2人から鋭いツッコミをもらった俺はほうほうの体で自宅へ戻っ……おっとその前に俺も雑貨屋とか寄って行こ。

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