002:幼馴染



「いや〜しかしそうは言ってもな〜……。本当に計画通り進むことなんて、あるか?ないだろうなあ……」



 さすがに人生そこまで甘くないだろう。

 我ながら妙にスレたことを考えながら、俺は自室にこもっていた。


 1日の仕事も終わり、夕飯も食べて今日の自由時間である。




 野宿や森の探索を進めていくうちに、やはり旅に出るならきちんと計画を立てねばならんなと実感した俺は、成人する前くらいから、旅に必要な路銀をせっせと貯めることにした。


 なんせ野宿は結構しんどい。雨が降ったりして地面が濡れると本当にやる気が出なくなり泣きそうになる。

 一度ぬかるみにハマって抜けられなくなって暴れたら泥だらけになった上に足を捻ってしまって、近所の森でちょっと泣いた。

 同じようにぬかるみにハマってたトカゲを助けようと思っただけなのに。

 オレの助けの甲斐あって、トカゲちゃんはぬかるみから無事抜け出せてビューッと逃げていったけど。俺はそのあとぬかるみにハマったブーツを脱いで、泥の中それを必死に引っこ抜いてなんとか森を抜けて街に戻ったのだ……。



 そんな悲しい出来事もあり、休息的な意味でも定期的に宿屋に泊まりたいので、そのための金を用意しておかないと……。



 当初の計画は夢を詰め込みすぎて3年くらいかかる道程だったのだが、さすがにそれは路銀がどれだけあっても足りぬ。ということに金を貯め始めて少ししてから気づいた。


 自分で気づくことができるとは……すごいな俺。

 褒められて伸びる派です。


 で、コツコツと1年半分くらいは貯めたんだが、やはり足りない計算だ。不足の事態への備えとしてももうちょっと必要だろう。

 結局、旅の間に狩りをしたり働いたりで追加することを前提にルートを決めることにした。狩りができそうな森や川を調べるために、さんざん地図を広げたり冒険者ギルドに聞き取りにいった。


 各地の山や川などの恵みは、ギルドや街のものに管理されていることが多いので、勝手に狩りをすると怒られたり罰金取られたりすることもあるのだ。

 それはつらいので、できる限り回避したい。

 その辺を知ってそうな冒険者ギルドや街の知り合いなどに聞いて、そちらも情報収集していた。


 とはいえ市領内の情報が主なので、狩りをしたりするのなら市領内にいる間の方がいいだろうか……いやでもそうすると先に進めないしな……。目的地はいくつかあるが、ほぼ別の市領にある街なので。


「ここらへんまではわりと順調に行けるんだよな〜多分。問題はここの秘湯……ほんとにたどり着けるのか?ここ」


 俺の愛読書こと『世界温泉名鑑百選』を片手に、地図と照らし合わせる。これは俺の師匠がくれたものだが、元冒険者の師匠もこれに乗っている各地の温泉を、結構な数制覇したらしい。


 師匠は世界を旅して回って、そして最終的にこの街に落ち着いた組だ。今は日帰りの温泉施設をやっている。

 セカンドライフってやつだな。


 旅人には気軽に入れる足湯なんかが人気で、けっこう繁盛している。

 がちがちの旅装を解くのは結構大変だからな。ガッツリ風呂に入るのは面倒だが、ブーツくらいなら脱げる人はわりといるし、そういうのがメイン客だったりする。

 懐事情もあって宿屋には泊まらず、物資だけ補給してまた出発するような人たちも多い。そういう人たちの疲労回復にも役立つし、そこで軽食とかも売ると中々の儲けが出る。


 俺はたまに手伝いをしながら、元冒険者の師匠に旅のノウハウや他の国のあれこれなんかを教わっていた。似たような教えは両親からも受けたが、やはり視点が変わると発見がいろいろあるものだ。


 しかしなんなんだろうな、戦いと冒険に疲れたやつらが最終的に集まってくるところなのか、ここは?



「ああ〜……。出る時は師匠にも挨拶しなきゃなあ」


 明日仕事の隙間に行ってこようか。そんでもう1人の幼馴染にも言っておかないと。

 ていうか結局あれからイームルも会えてないんだが、どこにいるんだあいつ。



◇◇◇



「あっ、見つけた。おはよう、イームル」


 宿屋の仕事がひと段落ついたので、シーグルムの魔法屋に向かう。

 すると、遠目に細長い影が見えた。よしよし、今日は捕まえられそうだ。


 顎くらいまでに切り揃えられた真っ直ぐな金髪を揺らし、細身のひょろっとした体躯を捻ってこちらを見たイームルは、なんだおまえかみたいな顔をした。失礼な。


「なんだよ、見つけたって。ここオレの家の前だからね?」

「昨日来た時いなかったからさ」

「ああ、朝きてたんだって?オレそんときちょうど魔法の師匠んとこいってたからねえ」


 てくてくと歩いて魔法屋の扉前に立つイームルを捕まえる。腕を軽く掴まれたイームルはなんだ?という顔をし始めた。こいつのいいところは素直に感情が顔に出るところだ。

 両親のいいとこ取りで顔はそこそこ整ってるし、表情も豊かでとっつきやすいので実は結構モテる。幼馴染3人の中では美的センスも1番あるのがイームルだ。


「なんにせよここで会ったが百年目!だ。クレッグんとこ行くからちょっと付き合え」

「ええーなんなんだよもう……いいけどさあ」


 イームルをずるずると引きずりながら、もうひとりの幼馴染クレッグのところへ向かう。




 街の大通りを挟んだ向かいの区画、街に1軒しかない剣術道場がクレッグの家だ。大きな屋根付きの道場と、その端に2階建ての母屋が建てられ、ぐるりと塀に囲まれている。


 元々は騎士の家系だったらしいが、魔王が現れてから倒されるまで、かれこれ30年以上他の街との交流が途絶えていたのだ。街の者の大半は騎士という者を見たことがない。街を移動することがほとんどないご時世で、もちろん王都や他の領の人間なども、どういう人たちなのかも正直わからん。

 実際、王都から離れたいくつかの都市で独立の話も持ち上がっているらしい。


 クレッグの家の人たちは質実剛健、笑いの沸点が低くてよく俺のくだらない冗談に崩れ落ちてるイメージ。

 いや、家族ぐるみの付き合いなのでよく宴会などをするのだが、そういうときは酒が入ってるせいもあるのか。騎士というともっとかしこまってるのかと思いきや、ここの家の人たちは気さくだ。そしてやや脳筋の気がある。


 クレッグは……真面目で頑固だが、たまによくわからん突き抜け方をするのでそこが面白い。

 一族に多いという赤毛も落ち着いた色で、赤みのある焦茶の瞳をしているが、全体的なイメージは犬だ。大きくて主人以外にはケッという顔をする系の犬。




「そんなわけでだ。前々から言っていたように、そろそろ俺は旅に出ようと思う」

「俺も行く。ちょうど武者修行の旅を計画してたところだ」


 打てば響くように答えが返ってきたが、俺はクレッグの最大の障壁にして乗り越えるべき高みのことを想い浮かべる。


「え?お前アイリスはどうすんの?」

「あ、そうだよどうすんの?それとも、もう話しした?」


 俺とイームルの問いかけにややうつろになったクレッグが答える。


「…………してない」


 招き入れられた、そこそこ広めのクレッグの部屋に沈黙が落ちる。


 衝立の向こうにベッド、手前にソファとローテーブルのセット、書き物机。

 この部屋は成人してから割り当てられた部屋らしい。たしかに幼い頃はもっと狭くてベッドと書き物机が入るだけの小さな部屋だった。クレッグも大人になったものよ……。



 おっとつい現実逃避してしまった。



「……そこを解決しないと旅には出れないだろ。ていうかおまえ1番穏便な予想で半殺しでは?」

「…………」

「そこは否定しろよ」

「アイリスのことを解決しないままは出られないよなー、黙って出たら追いつかれて半殺しだろうしね」


 どっちにしろ半殺しの予想である。


 クレッグの従姉であるアイリスは、俺たち同い年幼馴染の2歳年上の女性だ。暗めのしっとりした赤毛が緩いウェーブをえがき卵型の整った顔を彩り、生気に満ち溢れた緑の瞳がきらめく、幼馴染の贔屓目に見ても美人の類に入る人だと思う。


 なお、性格は苛烈・猛進・薙ぎ払うみたいな感じである。


 普通にしている分には大変公正で気遣いも人並みにあり、物事を深く考えることのできる素晴らしい人格者なのだが、一度火がつくと、それはもう重戦車なのだ……。

 俺たちはすぐ下の舎弟ズとして下手に逆らってはいけない……と身に染みているのである。



 アイリスの家族はクレッグの母親の兄弟で、祖父母と共に同じ家に住んでいる。そのためクレッグとは幼い頃から切磋琢磨しており、道場での手合わせでもほぼ彼女が勝っていたのだが、成長期を終え身体が出来上がってきたクレッグが少しずつ勝率を上げ始めた。


 それでも7:3でグレッグが負け越しているので、どれだけ強いかおわかりだろうか……。


 どちらの強さも本人の努力の成果なので、俺たち外野が口を出すことではないのだが、ちょっと勝てるようになってきたクレッグがつい口を滑らせてしまったのだ。これならまあ、勝てるな、と。



 もちろんアイリスは激怒した。慢心は勝ててからにしろと。それはそう。


 そのままクレッグはそりゃあもう完膚なきまでに沈められた。


 あの時は本当に死ぬかと思った──と後にグレッグは語った。


 その生意気な口を反省はしたが、クレッグとて勝てる(見込みをもてる)くらいに強くなりたい気持ちはあるのだから、その日からアイリスとは熾烈な手合わせを交わすことになる。

 危うく道場が破壊されそうになって、師範代である彼らの祖父が手合わせのルールを厳格化したくらいだ。


「……話は、する。俺たちはちょっと距離を空けた方がいいとも思うから」

「あー……それを言われると確かになあ」

「最近2人とも目が血走ってたもんね、ちょっと怖かった〜」


 さすがに手合わせで回復に何ヶ月も怪我が増えるような日常はどうかと思うので、それは確かにいい案なのかもしれない。


 複雑な気持ちになりつつも、ふとイームルの方を見ると、こちらを見てニヤリと笑っている。

 そうだな、いっちょ友人のためにひと肌脱いでやるか。


「じゃあ今から行くぞ」

「はっ?」

「そうだね〜こういうのは思い立った時にやるのがいいよね」


 イームルと2人、頷き合ってクレッグの両脇をがしっと押さえる。

 クレッグは、わりと本気で力が込められた両脇にびくりと震えている。


 さあ……行こうか……俺たちだって気合い入れないと行けないんだよ。


「ちょっと待て、心の準備が」

「そんなもんいらねえよ、アイリスの前じゃなんの足しにもなんないだろ」

「アイリス今日いるよね?行こ行こ〜〜〜」

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