004:家族会議



「で、おまえいつ出発するんだ?」

「はい?」


 雑貨屋で買い込んだ荷物を抱えて自宅に戻った俺は、夕食までに細々とした仕事を片付けておいた。

 とりあえずこれで夜に出発のための支度をする時間はとれた。

 あとはいつ切り出すかだなあ。今日はラクリスとクララが夜の見回り当番だから、今日両親に言っておくか……。



 ……なんてのんきに考えながら、根菜とスネ肉を煮込んだシチューと蒸したジャガイモに塩とバターをかけたシンプルかつ美味い夕食を食べていたら、まさかの両親から切り出された。


「そろそろ旅に出るんだろう?」

「なっ!なぜそれを!?」


 驚いた俺に呆れたような顔をして父ラルグが返す。


「そりゃあ街の雑貨屋やら鍛冶屋で買い物してりゃ、話も漏れ聞こえてくるだろうが」


 ついでにぱこん、と横から軽く小突かれた。

 あっなるほど……、そりゃあそうか。そこまで狭いわけではないが、さすがに20年育った街だ。どの店も顔見知りである。父はもっと付き合いが長いから、それなりに筒抜けである。


「まったくもう、こっちはいつ言い出すか待ってたのに、結局ラルグが言っちゃったねえ」

「む……」

「えっもしかしてバレバレだったやつ?」


 父の向かいの席に座っている母リリアも苦笑しながら父を見て、俺を見る。

 え〜そんなにわかりやすかったか、俺。そりゃあ俺もいつ言い出そうか迷ってはいたけど!

 ちょっと恥ずかしかったのでもぐもぐとジャガイモを頬張る。

 

「あんたはまあ、昔から野宿の方法や歩き方の練習をちゃんとしてきたから、そこは心配してないんだけど」

「むしろ人に騙されんか心配だ」


 俺も成人して結構経ちますが???

 2人とも本気で心配した目をしてこちらを見るのでちょっともぞもぞしてしまう。尻の座りが悪いってやつです。


「いやまあ、さすがに1人で行くわけじゃないし……」

「やっぱりあの2人と行くのか」

「最初1人で行くつもりだったけど、成り行きというか。2人とも修行的なやつに出るつもりだったらしくて。消耗品の準備ができたら出発する予定」


 少し安心したような声音の両親に、子供扱いされてるわけではないがちょっと複雑な気分を抱きつつ。

 まあ俺も1人だと少し不安だったので、気心の知れた3人で行けることになったのは喜ばしい。


「3人いればなんとか一人前くらいにはなるかしらねえ」

「あっおかあさまひどい、そんな本当のことを」


 元冒険者、今は宿屋の敏腕女将のご意見はなかなかズバッとくるぞ!

 実際、母の見立てはたぶん正しい。俺たちには覚悟が足りてなかったし、腕っぷしもそこまでではない。という自覚はある。

 おかげで成人してからすぐ出発するつもりだったのに、だらだら2年も経ってしまった。


「まあいい、路銀の足しにするには少ないが、これ持ってけ」

「え、いいの?……ありがとう」


 しおらしくも自省していると、横からにゅっと皮袋が寄越された。

 中を見ると、10回くらいうちの宿屋に泊まれそうな金額。正直ありがたい。


「どうせぎりぎりなんでしょ?あとはい、これ紹介状」

「なにこれ、どこに出したらいいやつ?」


 折り畳まれた紙は封蝋がしてある。裏から表からひとしきり眺めたが、中身は読めなかった。

 2枚渡されて、1枚は封蝋が付いていなかったので広げてみると、なるほど紹介状。うちの子をよろしくって書いてある。父と母の連名だ。


「念のためというか……一応私たちが冒険者だった時の知り合いがいたら出しなさい、冒険者ギルドとか」

「リリアとわりといろんなところを周ったからな。どこかで知り合いに会うかもしれん」


 あー、なるほど。冒険者ギルドに知り合いとかいるのか。


「でもわかるかなあ。話ができたらわかるかもしれないけど、そうじゃなきゃただの初心者の冒険者だよね、俺たち」


 行ったことない市領の冒険者ギルドに飛び込んで、いきなりこれ出したって見てもらえない気がするぞ。


「おまえは顔が若い時のリリアに似てるから結構わかりやすいと思うぞ」

「あの2人もそれなりに両親に似てるからね、見る人が見たらピンとくるんじゃないかな?」


 そうなの?

 あまり納得できてないまま、しかし使う時もあるかも知れないとありがたくいただいた。


 とにもかくにも、両親の説得的なものは無事終わった。ふう。



◇◇◇



 夕食後、オレンジをふたつ持って妹クララの部屋をノックした。

 弟の部屋をノックしたら応答がなかったのでスルーして妹のとこへ先に来たのだ。


「ちい兄は彼氏んとこ。相変わらずラブラブらしいよ〜。もー、早く結婚したらいいのに」


 もう寝る準備を終えたらしく、寝間着に着替えて髪の毛をゆるく編んだクララに、持ってきたオレンジをひとつ渡しながら、弟の部屋に誰もいなかったと話せば、そんな答えが返ってきた。


 やはりか。

 

 弟のラクリスは、現在付き合っている彼氏とラブラブ半同棲状態なのである。

 

 弟は兄弟の中でもわりと繊細な方なんだが、お相手はそれに輪をかけて繊細な芸術家だ。

 何回か会っているが、煮詰まっているときの彼はなかなか面白い動きをしていた。時々思い詰めた顔をして、ハッと気づいて身体がぐねるのだ。

 本人は真面目なんだが、外から見てる分には不思議な踊りを踊っているようにしか見えない。


 弟は父方の祖母譲りの焦茶の髪で、瞳は明るい水色。手先が器用なので、生活工芸品を作る工房に弟子入りしているのだが、そこでデザイン面を担当している彼氏と恋に落ちたらしい。


 ちなみにこの国では同性婚は珍しくない。国内の婚姻カップルの3割ほどが同性婚らしい。

 他所の国はこの制度あったりなかったりらしいが、この国では第3王子が同姓と結婚している。政権争いを避けるために同性を伴侶にしただの、いや大恋愛の末の結婚らしいぞなど、いろんな話が噂されて……どこの国でも庶民は娯楽に飢えている。


 話がそれた。


 この国の結婚制度は、同じ家に住んで生計を共にする2人を国が保障してくれる最小単位の家族契約だ。

 死線を超えることの多い冒険者たちにもそういう絆みたいなものが生まれやすいのか、余生を気心の知れたやつと暮らしたいとかそういうのもあるらしい。もちろん、同性が恋愛対象な人たちも多い。

 結婚したら一緒に住むのが基本だからな、生活を共にできる人じゃないとだな。うむ。


「あいつ夜番なのに帰ってくるのか……?ていうか本当結婚しないのかな?あー、いやでもなんか弟に先を越されるのもこう……」


 もだもだと俺も身体をぐねらせていると、妹が水色の目を細め、やや冷たい目で見てくる。

 弟は18歳で今年成人した。成人と同時に結婚のパターンも多いこの国だ。遅かれ早かれするのだろう。

 ちなみに妹は今15歳である。俺と同じようなゆるくうねる黒髪を長く伸ばしているが、まだまだ成長途中といった感じだ。


「なら大兄だいにいも彼女なり彼氏なり作ったら?」

「いや……俺は……その、モテなくて……」


 呆れたような声音で正論をぶつけられると泣いちゃうから!そして俺は……彼女も彼氏も出来たことがない……。


大兄だいにいはモテないわけじゃないと思うけど……なんていうか、にぶちんなんだよね……」

「いい感じになってもさあ……そっから先にお付き合いとかに進めないんだよ……なんでだと思う……?」


 しおしおと自己申告する……何回か友達以上かな?みたいな雰囲気まで行ったのに、一度もお付き合いまで発展したことがない。

 告白するかどうか迷っていると、自然に距離をあけられるのだ……。


大兄だいにいがあんまりその人に興味がなかったからでしょ」


 ズバンと正面から切り下ろされる。

 わーぉ、いもうと辛辣ぅ……


「……俺……俺が…………。そうだな、俺、あんまり興味なかったな……」


 しかし言われて気づくこともある。

 確かに、会った時はそれなりに気になるんだが、会わないと途端に忘れてしまって、わーいと野を駆け山を超えているうちに、相手と疎遠になっていた。そうだったのか……。


「まあだからさ、そっち方面は一旦あきらめてさ、1人でも楽しく生きる方向性を考えたほうがいいんじゃない?」


 妹からのコンボが綺麗に決まる。俺は物理的に倒れそうになるのをこらえるので精一杯だ!!


 お、お付き合いとか俺には無理なのか……っ!!

 お、俺だってちょっとくらいそっちに興味あったんですが!!


「あきらめないで!!見捨てないで!!」

「ええーめんどくさ」

「いもうとおおおおおおお」


 半泣きで妹に追い縋るが、めんどくさそうにしっしっと払われる。


「もう一目惚れでも待ちなよ。それまで考えなくていいじゃん、それこそご縁なんだからさあ。それまで自分磨きでもしたら?」

「いもうと、なんという現実を見据えた……」


 めんどくさそうにする割にはまともなご意見をくれた。こういうところは妹優しいと思う。さすがそこそこおモテになる人は違う。

 そう、妹は何気に面倒見がよく、学校でもモテているらしい。わかる。うちの妹かわいいし。



 しかし、なんとなく、弟も妹もやりたいことがあっていいなあという思いがあった。

 俺はなんか…そういうのがなくて…。と、ぼんやりしてしまう。


 周囲は結婚どころか子供がいたりする年齢だ。大体この辺では18歳の成人を迎えると同時に結婚する人が多い。

 ただ、長男だから後を継がないといけないとかそういうのは、うちに限ってはなかった。



 俺がそろそろ成人するという頃に、両親から3人全員に聞かれたことがある。


───お前たち、成人したら何して生きてくつもりだ?


 と。

 そんで、ひとしきり希望を言おうとして、俺はその時はまだ旅に出る踏ん切りがつかなくて、でもそれ以外に何かしたいことがあるわけでもなかった。

 結果、いろんなものを保留として宿屋の仕事をしている。



「あーまあ、その本題なんだが」

「なに、本題とかあったの?」

「ちょっと旅に出てきます」

「あ、やっと踏ん切りついたの。大兄だいにいにしてはぐずぐずしてるからちょっと心配してたんだよ」


 ひとしきり騒いで、本題を思い出したので言ってみたら妹にもバレてた。

 しかもご心配をおかけして……。


「はい……クレッグとイームルも道連れにしたから、なんか勢いで出発決めてきた」

「やっぱりね。あの2人も修行に出たいって、前から聞いてたよ」

「マジ情報通じゃない?妹よ」

「それくらい、買い物とか行けば聞こえるの。狭い街なんだから」


 あっ、ここでも顔見知り情報網が。


「そ、そうでしたか……。まあ準備はほぼできてるから、食い物とか買い出ししたら行くよ」

「そっか。どのくらいで戻ってくるの?」

「1年から2年くらいかなあ。路銀が尽きそうになったら強制的に戻る」

「はいはい。こっちは気にしなくていいから。なんか面白いお土産とかあったら買ってきてね」


 あっさりしてんなあー。そういうところが好感持てるのかしらね。


「お〜、宿屋で役立ちそうなノウハウがあったらメモっとくな」

「そうね、メモ無くさないようにね?」

「はあい……あー、もし旅で万が一があったらだな、すまんがよろしく頼みたい」


 宿屋の一応後継候補としてやってきたが、旅の途中で事故に遭うことも考えられるし、帰って来れなかったらどうしよう……とそこも気になっていたポイントだったのだ。


「わかってるよ?そのために宿屋の仕事の勉強もしてるし」

「そ、そうだったのか」

大兄だいにいが帰ってこなかったら継ぐの私じゃん、そりゃ真面目にやるでしょ。ちい兄は継ぐ気まったくなさそうだし」

「そ、そうだな…苦労かけます」

「まあ無事戻ってもなんかあれば私が継ぐから。気にせずゆっくり見てきなよ、世の中をさ」


 ふ、と笑ったその笑みは我が妹ながら貫禄があった。

 なんというか、安心感がすごい。


「いい妹をもったなあ…」

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