散歩の五百六十九話 赤ちゃんの母親

 赤ちゃんも少し落ち着き、バスケットにタオルを敷いた中ですやすやと眠っています。

 そして、お昼も過ぎて炊き出しと治療も落ち着いてきた時でした。


「あの、神に祈りを捧げさせて下さい……」


 急に僕たちの前に、若い犬獣人の女性が現れました。

 何だか血色がとても悪く、着ている服もボロボロでかなりフラフラとしていました。

 しかも、炊き出しや治療を受けるのではなく、神に祈らせてと言っています。

 女性のただならぬ雰囲気に、アナ様を筆頭に女性陣が一斉に駆けつけました。


「あなた、大丈夫かしら? とても辛いことがあったの?」

「うっ、うう……。わ、私は人として失格なのです。我が子を見殺しに……」


 アナ様に抱きかかえられるまま、女性の嗚咽が止まりません。

 どうも自分の子どもの事で何かあったみたいです。

 しかし、ふと気になるワードが出てきました。

 アナ様も、そのワードに気がついたみたいです。


「あなた、もしかしてスラム街の廃屋に男の赤ちゃんを置いたかしら?」

「えっ、な、何でその事を知って……」

「さきほど、他の子どもと共に赤ちゃんを保護したのよ。とっても元気なのよ」


 アナ様の話を聞いた女性は、涙を溢しながらも信じられないという表情に変わりました。

 そして赤ちゃんの寝ているバスケットをスーが女性の前に差し出すと、女性から再び嗚咽が漏れました。

 流石に女性をこのままにしておけないので、赤ちゃんと共に教会の中に入って話を聞くことになりました。


「リアーナさん、すみませんが宜しくお願いします」

「はい、大丈夫ですよ。こちらこそ、宜しくお願いします」


 リアーナさんを始めとする貴族令嬢に後を頼んで、僕とスーも教会の中に入りました。

 シロ達には、炊き出しと治療の続きをお願いしました。

 そして、教会の女神像の前にある長椅子に座って、女性から事情を聞くことに。


「私は、メイドとしてブローカー侯爵様のお屋敷で働いていていました。そして、ブローカー侯爵様に襲われて子を宿しました。私が妊娠していのが分かると、侍従長に着の身着のままで屋敷を追い出されました」


 ここで、まさかのブローカー侯爵の話が出てきたとは。

 侍従長を含む使用人の殆どが虐待を行っていた事実があったし、赤ちゃんを鑑定したから父親がブローカー侯爵と出てきた。

 恐らく、女性の話は本当なのだろう。


「妊娠している身でもあったので、まともな仕事につくこともできませんでした。そして一人で出産した時に、何で私はこんな目にあっているのだろうと全ての気力が無くなってしまいました」

「そう、それは辛かったわね。でも、もう大丈夫よ。ブローカー侯爵は処刑される事になったし、あなたを縛るものももうないわ」

「えっ……」


 アナ様がブローカー侯爵の件を説明すると、女性はまたもや信じられないという表情に変わりました。

 恐らく、ブローカー侯爵は屋敷内でかなり横暴な態度を取っていたのだろう。

 そんな存在が処刑されると聞いて、理解が追いついていないのかもしれないですね。

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