散歩の三百十話 厨房での料理その二

 ポテトに加えて野菜の素揚げも出来たので、後はタレに漬け込んだ肉を焼くだけです。

 フライパンで焼いて切り分けるだけだし、料理人だけでも大丈夫です。

 切り分けた肉をパンで挟んで、ハンバーガーにするのも良いな。

 しかし、この辺りから僕と料理人を見つめる視線に気が付きました。


 じー。


「辺境伯様、何をしているのですか?」

「良い匂いがしたのでな。ちょうど休憩時間だから厨房にやってきた」


 香ばしい匂いに誘われたのか、執務室にいるはずの辺境伯様が厨房の入口から顔を覗かせていました。

 よく見ると、仕方ないという表情を見せているスー達の姿も辺境伯様の後ろにありました。

 休憩時間って言っても、まだ仕事を始めてから一時間くらいしか経っていない気もするけどなあ。

 カレーも出来上がったし、早速肉を焼いていきましょう。


 ジュー、ジュー。


「おお、良い匂いがするな。こりゃ食べるのだ楽しみだ」

「辺境伯様、試食は意見を聞くために皆でしますよ」

「ははは、分かっているさ」

「「「……」」」


 辺境伯様が肉を焼いているすぐ側までやってきています。

 食べるものって事は、試食する気満々だな。

 スー達も、呆れた表情で辺境伯様の事を見ていました。

 そんな中一枚目の肉が焼き上がり、肉を皿に乗せた瞬間でした。


 ひょい、ぱく。

 もぐもぐ。


「おお、こりゃうめーな。肉にタレを漬けて焼いただけなのに、ちょっとピリッとして食欲が進むな」


 辺境伯様が、お皿に乗せた肉の塊をつまんで一口で食べちゃいました。

 更には、塩を振っておいたポテトや素揚げ野菜も食べていきます。


 ひょい、ぱく、ひょい、ぱく。


 その後も、タレに漬け込んだ肉は焼いたそばから全て辺境伯様に食べられてしまい、ハンバーガー用の肉すら無くなってしまいました。

 ポテトとかも全て辺境伯様が食べてしまい、試食用が全て無くなってしまいました。


「ふう、食った食った。こんな美味い肉なら、祭りに集まった連中も大満足だろうな」

「そ、そうですか……」

「「「それは良かったですね……」」」


 お腹いっぱいで大満足の辺境伯様を他所に、僕は何とも言えない表情になってしまいました。

 一方で、スー達はズゴゴゴと怒りの炎が燃え盛っていました。

 試食は皆でと言ったのに、全て辺境伯様に食べられてしまったからです。

 食の事で、女性を怒らせると怖いからなあ。


 がし。


「辺境伯様、それだけお召し上がりになれば夕方まで頑張れますわ」

「ええ、今すぐ書類処理に戻りましょう」

「ふふ、休憩時間も終わりですわ」

「えっ、あの、ちょっと、あー!」


 スー達は、辺境伯様の足を持って引きずりながら執務室に戻って行きました。

 さながら、スー達が出来の悪い我が子を躾けるかの如くです。

 辺境伯様は、結婚して子持ちなんですけどね。


「さて、エミリア様用の試食分を作りましょうか」

「ええ、昼食にはお戻りになられる予定です」


 僕と辺境伯家料理人達は、溜息をついてから再び試食を作り始めました。

 因みに、辺境伯様の試食独り占めの件が昼食時に帰ってきたエミリア様にもバレて、辺境伯様は本当に夕食まで食事やおやつ抜きになりました。

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