散歩の三十九話 事故の裏側
「先ずは皆に領主としてお礼を言わないとならない。迅速な怪我人の救出と治療に感謝する」
「私からもお礼を言うわ。本当にありがとう」
「顔をあげて下さい。僕達も運よく直ぐ近くの教会にいたので、直ぐに駆け付ける事が出来たのです」
「それでも直ぐに治療を開始するというのは中々出来ない。しかも、指示も的確だったというではないか」
「恐れ入ります」
最初に怪我人救出と治療の件でお礼を言われたが、まさか辺境伯様とギルドマスターから頭を下げられるとは思わなかった。
僕の横にいたスーもビックリしていたので、余程の事だったのだろう。
しかも現場の状況を既に聞いていたのか、僕の指示の件も褒めてくれた。
「さて。では改めて話をするが、これから話す事は他言無用だ」
「「「はい」」」
「分かりました」
改めて話を始める前に、辺境伯様が真剣な顔で僕達と守備隊長に忠告した。
これから話す事は、かなり秘密の事なのだろう。
シロだけでなく、アオも元気よく触手を上げていた。
「皆も良く知っていると思うが、あのバクアク伯爵家の二人が大暴れし検挙した件に絡む。強姦に傷害に高額な器物破損、更には強盗傷害に脅迫と、平民では長期の強制労働になってもおかしくない罪状だ」
「改めて罪状を確認すると、とんでもない事ですね」
「そして、ここからが本題だ。バクアク伯爵家に直ぐに処分内容を伝えると、罪状をなかった事にしろと返信があった」
「「は?」」
僕とスーは、辺境伯様から聞いた返信内容にビックリしてしまった。
シロもアオも固まってしまっている。
ギルドマスターも頭を抱えているし、守備隊長も天を仰いでいる。
「この辺りは貴族としての交渉もあるが、どうも正妻の子に罪状が付く事が恥だと考えている様だ。その代わりに罰金を納めると言ってきている」
「どの位の罰金ですか? これだけの罪状をなしとするとなると、かなり高額になるかと思われますが」
「一億ゴールドを払うと言ってきた。正直言うと、伯爵家の人間が事件をなしにするには金額が少ない」
市場などを回っていて分かったのは、この世界の通貨単位であるゴールドは日本と比較して少し高い位だ。
約一億円払っても少ないとは、貴族が罪をもみ消すって大変なんだと思ったよ。
「別にこの位の事は大した事ではない。うちの家臣でも知っている位だ。問題なのは、その返信にはこれを受け入れない場合は、貴殿の領地で不幸が起こるとそう書かれてあった」
「それってまさか」
「ああ、今回の事だろう。脅し文句を書くのは良くあるが、実際に被害を出させるのはあまりない」
皆も今回の事故の背景が分かったのだが、分かったからこそ怒りの気持ちが沸いてきている様だ。
「奴らは貴族主義で、平民の事なんて何にも思っていない。我々は辺境という事もあり、平民も力を合わせて領地を守るという考えがある。奴らは、我々の考え方を突いてきたのだろう」
「伯爵にとっては痛くも痒くもないけど、こちらには大ダメージを与えるやり方ですね」
「卑怯なやり方だがある意味貴族らしいやり方だ。そして実際に事件が起こってしまったが、幸いにも君達の活躍によって最小限の被害で済んだ。後は、暴行事件を起こした人物の背景を探れば反撃も出来るさ」
何とも生臭いというか、貴族というのは大変だと思ってしまった。
僕にはこんな腹の探り合いは出来そうにないな。
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