第2話 ソル・ハイペリオンという騎士

「大きい壁だなぁ。てっぺんが見えないや」

 王都を囲む城壁の前でステラは時間を持て余していた。城壁の中に入るには身分証明証とその照合が必要で、それが恐ろしく時間がかかる。グリザースの美しい森や徹底的に管理されている庭園に魅了され周辺各国からの旅行者が後を絶たない。

 どうやら、ステラが来る予定時刻はもっと後だったようで、身分証を渡したっきり何も起きない。

 祖父たちは城壁で渡せばすぐに使いが来る、と言っていたと思うけれど。

「いつになったら入れるんだろう、ねぇ」

 やることがないのでグリグリと地面に杖で紋様を描く。魔法陣は正式な工程を経ることで効力を発揮するので、適当に地面をひっかいた程度では魔法は発動しない。

(これが物の記憶を呼び覚ます魔法陣、そしてこの紋様は邪気を払う聖なる紋様)

 ガリガリガリ。

 自分の身長ほどもある大きな杖で地面に描いていく。茶色の地面に少し湿った黒い色が混ざっていく。

 あぁ、そうだった。

(私、本当は……)

「やぁ! 遅れて申し訳ない! 君がステラ殿で間違いないね!」

 せっかく描いた紋様が砂ぼこりでもみくちゃにされる。はっと顔を上げると栗毛の馬にまたがった少年がこちらを見ている。年の頃はステラよりも少し上、15か16か。身につけている白と青の鎧は騎士団の物だった。けれど、その鎧は少年のより大きいせいで、どこか”着させられている”様な印象を受けた。

 人懐っこい表情に少し長めの金髪が光る。兜をかぶるのにじゃまにならないようにうなじのあたりで切りそろえ、こめかみの髪は長い。そして何よりステラが驚いたのは青灰色の瞳だった。

(この色……まさか、ルーディトの血をひいている?)

「は、はい。私はルーディトの長バースの孫娘、ステラです」

「うんうん! 事前に受け取った書簡にある通り黒い髪に紅玉の瞳。そして、かの聖女が使っていたという杖。間違いはないようだね」

 馬から下りずに少年は語り続ける。馬の制御もあまり得意ではないようで、ふらふらと歩いている。その度にステラの描いた紋様はかき消えていく。

 まぁ、ただの落書きだもの。

「本来ならば騎士団でケプラーからお送りしたかったが、大臣たちの中にはグリモワールに懐疑的な一派もいて……あ、身分証をお返ししよう」

 今更気づいたのか、とステラは思わなくもなかったけれど、身分証が戻ってこないとあとあと困るので少年から受け取った。

「ステラ殿は馬に乗れるか?」

「いいえ……」

「なら、一緒に乗って行こう。手をどうぞ」

 笑いながら手を差し伸べる。騎士団とはいえ、団長自ら来ることは無いのだろう。見た目からすればまだ駆け出しの見習い騎士、といったところ。

「名乗るのが遅れたね、私はソル。騎士団長をやっている、とはいえまだまだ名乗ってまだ数か月の駆け出しなのだけれど」

「え!?」

「去年父上が亡くなって、僕が拝命することになったんだ」

「そう、なのですか?」

「ああ、僕には見守ってくれる人がいるからね」

 馬に二人乗りになり、町へと入っていく。プトレマイオスの内部は石造りの家が階段状に並ぶ街だった。こんな場所で馬に乗るのは不便だと思うのだけれど、町の人々の表情を伺っていくうちにそれは杞憂だと分かった。

 誰もが憧れや期待の眼差しをソルに向けている。ふと顔を上げるとあちこちに花が飾られ、まるで色の海を泳いでいるようだった。

 赤、黄色、青、ピンク、オレンジ、緑、紫。一色だけじゃない、それぞれが微妙に混ざり合い、溶け合い、広がっていく。

(あぁ……。こんな場所があったなんて)

「ステラ!」

「あ、ごめんなさい!」

 ぼんやりとしていてソルの話を聞いていなかった。

「みんな君を歓迎しているよ」

「え?」

 降り注いできた色とりどりの花に目を奪われた。ベランダから町の人々がステラに花を振りかけている。グリザースでは祭りの日にこんなふうに花を降らせる。

「君はこの国を救ってくれる希望なんだ。みんなはそう思っているんだ」

 少しふりかえってソルが笑った。本当に笑う人なんだな、とステラは少し羨ましくなった。


 城に通されたステラは聖王には会えなかったが、大臣たちからこれからソルの屋敷でグリノワールの解析と、怪しい魔力を感じないか調べよと命じられた。

 古ぼけた紙面にはステラでは解読しきれないほど複雑で精密な文様が刻まれている。そこから立ち上る魔力にステラは身震いした。

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