その騎士は、月に恋した。
一色まなる
第1話 花と湖の聖なる国
聖王都グリザース。この国には二つの種族が存在し、時に反発、時に協力しながら共存してきた。その種族とは体術に優れたサピエント、そして魔法を操るルーディト。
この二つの種族は外見こそ差異はないがそれぞれの文化を守り、独自の生活を営んでいた。グリザースは周囲を深い森で覆われており、いくつかの湖も点在している。
――― 花と湖の聖なる国、そう吟遊詩人たちに謳われていた。
「良いか、ステラ。お前はこれから聖王都を守護する聖騎士団に向かうのだ」
まだ冬の気配が残る朝の光の中、ルーディトの長バースは目の前の孫娘に語りかける。ステラと呼ばれた娘はまだ顔に幼さが残る13の少女だった。
魔法使いの町、というだけあり二人の周囲には様々な書物や研究に使う草花、そして丁寧に磨き上げられた研究器具が並べられている。鼻を動かせばかすかに香油の匂いも漂ってくる。
星という名前をつけられたというのにその表情は暗く、その長く黒い髪はそれに輪をかけている。紅玉の瞳は幼さとはかけ離れ、沈んでしまっている。
「はい、おじい様」
そう告げる声はあきらめが混じっていた。それもそうだ。ステラはこれから生まれて初めてルーディトの領内から出て、一人でサピエント達の住まう領地へ向かうのだ。
(向こうに行くのはいいけれど。聖騎士団、かぁ)
聖騎士団、とはその名の通り国を守る騎士団で、その出自はほとんどサピエントで占められている。
「一人で行くのは不安だろうが、このわしの魔力を受け継いだルーディトの子、お前ならば問題はあるまい。陛下のため、国のため、その力を使うのだ」
「分かりました」
他にきょうだいはいないから、ステラが選ばれた。父も母もこの日のためと存分に用意をしてくれた。まずはふくろうの長尾羽が飾られた帽子、丈夫で軽い布で織られたマント、そして皮の靴。
「最後にこれを授けよう」
そう言ってバースが背後の壁に掛けられていた杖を取り出した。杖、と言ってもその長さはステラとほぼ変わらないくらい長かった。杖の全体に彫り込まれたのはルーディト伝統の守りの呪文だ。そして何より目を引いたのは拳ほどの大きさの赤い宝玉だった。
魔力を練り上げ、結晶とする技術をルーディトが持っているとはいえ、これほど大きな宝玉は滅多に見られない。これはかつてステラの祖母が愛用していた杖だ。
「お前の魔力を制御するには、この大きさの宝玉こそがふさわしい」
「……はい」
ルーディトの住む区画は特に森林が深く、魔法の練習にもってこいだ。グリザースの魔法は魔法陣を描き、それに魔力を込めて行使する。魔力は人だけでなく、建物や動物にも宿っているため、魔力を込める際に雑念が入る事も少なくない。
「町を離れるの、初めてだな……」
ルーディトの町とサピエントの町を繋ぐ丘の上に立ち、ステラは大きく息を吸い込んだ。ここから先はサピエントの住む町、プトレマイオス。そして、背後にあるのがルーディトの町ケプラー。プトレマイオスの中央部には、聖王が住まう王城があり、その周りを円形に取り囲む町がある。
「全然違うんだな。ケプラーはあんなに人が密集しないし」
一人の足で出かけるには遠いけれど、旅にするにはとても短い距離だ。箒やじゅうたんなどを使えば一瞬だけれど、プトレマイオスの中心部には魔力を減退する結界が張られているから、足で向かう。
「ちょっと一休み」
この景色は滅多にみられるものじゃないから、もうちょっと見ておきたい。丘の上にはステラしかいない。目を閉じると、そよそよと風が髪をゆらしていく。
「気持ちいいなぁ……」
このまま旅に出てしまおうか、なんて思う心もある。子どもの頃は冒険ごっこと言って森を探検していた。でも、本格的に魔法の勉強をし始めてからはそんなことは無くなった。魔力は一朝一夕では身につかない。魔法陣に向き合い、自分に向き合い、自分の色を確かめ魔力を高めていく。
おじい様は威厳ある紫、お父様は勇敢な赤、お母様は慈しみの緑。そして、ステラの色は黄色。蛍の様にか細く頼りない黄色だ。同じ黄色なら旅人を導く星であってほしかったとステラは思った。
(でも、魂の色は変えられない。みんなは意味があるって言っていたけれど)
それは慰めの言葉でしかないことは、もうとっくの昔に分かっていた。だからこそ、ステラはこの町を出て行くことになった。
「行ってきます、みんな」
プトレマイオスまでの道は一本道で、迷う事なんてない。そろそろ向かわないと陽が落ちてしまう。いかにこの国が美しくあっても、夜には魔物や盗賊がうろつくことになる。野宿をする装備ではないから、急がなくては。
(私の力が本当に国を救うことになるのかな……)
グリザース王家に代々伝わる偉大なる魔導書グリモワールに記された予言によれば”蛍火の子が国を守る“、と。そして、占いによってその蛍火の子がステラだという事が分かった。
国を守るとあっても、具体的にどのような危機が訪れるかは分からなかった。だからこそ、プトレマイオスに住まう王や貴族たちはステラを騎士団で監視することを選んだのだ、と父は言っていた。
(騎士団長殿は一体どんな人なんだろう)
噂によれば王都を守護する騎士団長を歴任するほどに武芸に秀で、近隣諸国からも称賛されるほどだと聞く。時折ケプラーに来る吟遊詩人たちも彼を”神々に愛された勇敢なる御方”、”輝ける太陽の御方”と大絶賛だ。
(噂は噂、だよね)
ふと太陽を見上げる。まだ太陽は高い所にあって、マント越しにその熱を感じる。
「どんな場所なんだろう……魔法がない世界っていうのは」
呟いていて、ステラは心が沸き立つのを抑えられなかった。この先どんなことが待ち受けているのか不安になる気持ちは確かにある。
でも。
この目の前に広がる大地、そしてまだ知らないものに出会いたいという気持ちがステラの足を軽くしていく。
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