八百五話 サギー伯爵家での会談

 僕とジンさんは、分かれて行動し始めたみんなを見届けてから領主の屋敷に向かいました。

 その先々代夫人が、話が通じる人間であって欲しいです。


「最悪、儂があのババアを引き取ろう。領主がどんな考えをしているのか、ババア抜きで確認する必要があるぞ」


 まだ成人したての領主で、エマさんとオリビアさんの一つ上らしい。

 できる人らしいけど、その先々代夫人の言いなりになってなければ良いのですが。

 ニース侯爵も、その点をかなり気にしていました。


「どうしても、先代ってのは力を持ちがちだ。儂の場合は、既にアレク君が力を持っていたからスムーズに新宰相に権限委譲できたがのう」

「あの、僕はそこまで権力を持っていないですけど……」

「いまや、アレク君は実質的な宰相とまで言われているからのう。アレク君が学園を卒業したら、時を置かずに宰相になるじゃろう」


 ニース侯爵は、僕の話を無視して色々な事を話していた。

 ジンさんは、諦めろと僕の肩をぽんぽんと叩いていました。

 そんなこんなで、サギー伯爵の屋敷に到着しました。

 既に玄関には、僕たちを案内するための執事が待っていました。


「皆さま、お待ちしておりました。応接室にご案内いたします」


 執事の後をついていきながら、僕たちは屋敷の庭や屋敷の中を見まわしました。

 うーん、特に派手な調度品は置いてないし、使用人の服装や表情も問題はなさそうです。

 となると、お金はどこに消えていったのかが問題です。


 コンコン。


「失礼いたします。皆さまお見えになりました」

「通せ」


 執事が部屋のドアをノックすると、中から年配の女性の声が聞こえてきた。

 普通こういうのって領主が対応するんじゃないかなと思いつつ、僕たちは部屋の中に入りました。


「良くぞサギー伯爵家に参られた。おお、どっかで見た事のあるジジイの顔があるではないか」

「いきなりのご挨拶じゃな。このババアが」


 応接室の中には、品の良い服を着た女性とまだ若い領主が待っていました。

 一番懸念していた先々代夫人の服装や装飾品がまともだったので、ニース侯爵への軽口以外は何も問題なさそうです。


「それにしても、鬼才で有名なアレクサンダー副宰相閣下に武功で名高いクロスロード副宰相閣下を連れてくるとは。ジジイも随分と偉くなったのう」

「逆だ逆。この二人に儂がこき使われておるぞ。でなければ、こんなところに来るはずがないぞ」


 うーん、何だか老獪な二人の笑顔での腹の探りあいを見ると、僕もまだまだだと思うよ。

 若い領主が苦笑しているということは、いつも先々代夫人はこんな感じなんだ。

 執事も応接室の外に出ていったので、単刀直入に話をする事にしました。


「要件というのは、サギー伯爵領の大規模な農地開発に関する補助金申請の件です」

「「農地開発?」」


 僕が申請用紙の写しをテーブルの上に出すと、先々代夫人とサギー伯爵はお互いに顔を見合わせてきょとんとしちゃいました。


「我が領の開発に伴う補助金申請なんて、ここ数年出してないぞ。そもそも、補助金を得ずに我が領は開発可能よ」

「日付からすると昨年中に申請した事になっていますが、僕も処理した覚えがないです」


 あれ?

 何だかおかしな空気になってきちゃった。

 どうも二人はこの書類を見た事がないらしく、更にここ数年は開発申請すら出していない。

 となると、この書類は一体何なんだろう。

 と、ここでサギー伯爵が書類のある部分に気が付きました。


「あっ、僕の名前で書類が作られているけど、サインが亡くなったお父様のものです」

「ふむ、確かに息子のサインだのう。しかし、息子は亡くなって二年経つ。明らかにおかしいのう」


 どうやら、この書類自体が偽造されているものっぽいですね。

 王城の職員は、このサインが本物なのか分からないだろうし。


「この書類を作った職員は国からの出向機関の者でして、先日サギー伯爵からの贈収賄の罪で逮捕されました」

「えっと、この職員は見たことありますけど、サギー伯爵領の担当ではなかったはずです。別の領地の担当でしたよ」

「うむ、私もこの職員に会った事はあるが我が領の担当ではない。それは間違いないと断言できよう」


 となると、もしかしてもしかするとなのかな?

 僕と同じ考えを、ジンさんも持っていました。


「つまりは、二重の偽装申請だな。既に開発の終わっている農地をあたかも開発すると申請して、その補助金をまるまる職員とその領主が奪い取るって公算か」

「うむ、その様じゃな。ババアはねちねちとしつこいが、下手な嘘はつかん」

「理屈っぽいジジイも、相変わらずじゃのう」


 となると、ジンさんが言っていた意外なところにいる黒幕の存在が鍵になってきそうだ。

 いがみ合っている二人の老人を見ながら、僕は通信用魔導具で各所に連絡を入れました。

 すると、ティナおばあさまから衝撃的な内容の通信が入ってきました。


「なになに。えっ、偽の鑑定情報を発信する魔導具を所長が使っていた?」

「うむ、どう考えても闇ギルドが絡んでいるな。普通そんな魔導具は、市中には出回らないぞ」


 どうやらこの偽の開発申請から、かなり大きな問題に繋がりそうですね。

 ニース侯爵の一言が、この後の状況を物語っていました。

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