二百六十一話 濁流にのみ込まれた街

「うわあ、これは酷い……」

「街が泥だらけだよ!」


 王都での炊き出し時に発覚したナシュア子爵での災害対策の為に、僕とリズは軍務卿と共に軍用船に乗って現地の上空に辿り着きました。

 サンディは王城でティナおばあさまと共にいます。

 調査隊の報告でナシュア子爵領の郊外に軍用船が着陸可能な平地があるとの事なので、僕とリズは直ぐに出発。

 ナシュア子爵領は川の土手が決壊していて、街中に大量の水と土砂が流れ込んでいた。

 水は何とか引いた様だけど、土手を直さないと直ぐに水が街に押し寄せるぞ。

 

「軍務卿、思ったよりも被害が酷いですね……」

「人命救助と土手の修復を同時に行わないといけないな。何にせよ、王城にゲートを繋いでくれ」

「はい」


 何はともあれ動き出さないと。

 僕は軍用船が着陸したら直ぐに王城にゲートを繋いで、準備していた兵を呼び寄せた。

 そして、現地視察とナシュア子爵に会わないといけないので、内務卿と農務卿も同行する事になった。


「これは想像以上酷いぞ」

「逆を言うと、周辺の貴族はこの災害を見過ごしたのか」


 今更ながらの救助になるのだが、先ずは怒りを心に押し込めて二手に分かれた。

 土手の修復には土魔法使いが必要なので、スラちゃんと魔法兵が決壊現場に向かっていった。

 街中での救出には、準備した兵が向かっていく。

 僕とリズと同行した閣僚は、ナシュア子爵の屋敷に向かった。


「うわあ、屋敷もめちゃくちゃだなあ」

「かなり酷い事になっているな」


 屋敷も川の決壊の直撃を受けたのか、特に一階は水が入り込んできてめちゃくちゃだった。

 そんな中、庭で少年が家臣と共に奮闘しているのが見えた。

 その少年が僕達に気がついた様だ。


「あ、あなた方は?」

「私は軍務卿だ。此度のナシュア子爵領の災害を聞いて、内務卿と農務卿と馳せ参じた」

「ほ、本当に、本当ですか?」


 あ、思わず少年が泣き始めてしまった。

 かなり辛い事があったのだろう。

 先ずは状況を確認しないと。


「私は領主代行を務めています嫡男のフィルです。領主である父と母は、川の決壊に巻き込まれて行方不明になっています」

「そうか、それは辛い事を聞いた。先に報告しておくが、決壊した土手には魔法兵を向かわせている。街中にも兵を配置した」

「あ、有難う御座います。家臣も多く被害を受け正直手が足りず、何をどうすれば良いのか見当もつきませんでした」


 少年と思ったけど実は十六歳のフィル様が、行方不明になった両親の代わりに懸命に復旧にあたっていたのか。

 辛いのによく頑張っていると思うよ。


「周囲の領地にも救援を頼んだのですが協力を拒否されまして、このままでは全滅する可能性もありました」

「周囲の領地は全滅する事を見越してあえて動かなかった可能性が高い。併合できるチャンスだと思った様だ」


 この話は調査隊の報告で判明していた。

 今の時代は中々領地を拡大する事ができないので、貴族主義の連中はこの災害を逆にチャンスだと思った様だ。

 陛下はこの事にかなり激怒していて、周囲の領地の当主を王城に呼び寄せる為に召喚状を送ったそうだ。

 今更ながら復旧に協力すると言ってきた様だけど、勿論断っている。

 

「しかしこれでは手が足らんな。内政ができる官僚を呼び寄せよう」

「農地の被害も深刻だ。こちらも手を増やさないと」

「ぐす、有難う御座います」


 フィル様は涙ながらにお礼を言っていた。

 僕は王城に内務卿と農務卿を送った。

 準備が出来次第、軍務卿に連絡が入るという。

 あ、そういえば自己紹介するのを忘れていた。

 と思ったら、軍務卿が説明してくれた。


「フィル殿、こちらにおられるのがアレク殿下とリズ殿下だ。話は聞いた事があるだろう」

「あ、あの有名な双翼の天使様ですね。お話は伺っております」


 おっと、僕達の事を知っていたのは好都合だ。

 なら、僕もできる事をやろう。


「軍務卿、僕とリズで炊き出しと治療の準備をします」

「兵をつけよう。すまんが進めてくれ」

「リズも治療を頑張るよ」


 軍務卿に断ってから屋敷の門から少し外れた所で、テーブルと椅子を並べる。

 軍の衛生兵も簡易治療所の建設を始めた。

 その様子を見た住民が、ゾロゾロと並び始めてきた。

 でも焦ってはいけないので、はやる気持ちを押さえつつ準備を進めます。

 ある程度の食料は持ってきたのだが、どう考えても足りなさそうだ。

 とはいえ、今は少しでも食べられる様にしないと。


「はーい、次の人どうぞー」


 リズの治療所は早速患者を見始めている。

 衛生状態が悪くなっているので、体調を崩している人が多い。


「よし、スープができた」


 ご飯はまだ炊いているけど、スープができたので早速配膳を始めていく。

 パンとかも手元にある分は配っていく。

 うーん、手が足りないと思ったところで軍務卿から連絡が。


「アレク君、王城から追加派兵の準備ができたと連絡があった」

「分かりました。直ぐに王城にゲートを繋ぎます」


 助かったと思いながら、僕は王城にゲートを繋いだ。

 追加兵と共に内務卿と農務卿が官僚も連れてきた。


「うわあ、これは酷い……」

「先ずはできる事をやりましょう!」


 そして、ルーカスお兄様とアイビー様も一緒にやってきた。

 ティナおばあさまとサンディは、食糧の確保も含めて王城で色々と動いているそうなので、合流するのはまだ後になるという。

 ルーカスお兄様は内務卿と農務卿と共に屋敷に向かっていき、アイビー様はリズの治療所の手伝いに入った。

 僕は炊き出しを追加でやってきた兵に任せて、ルーカスお兄様と共に話し合いに参加します。

 

「最優先は決壊した土手の修復だ。仮復旧した後で、本格的な治水対策をしないとならないな」

「市街地も洪水の被害も酷いです。住宅に流れ込んだ土砂の撤去と洗浄が必要ですね」

「避難所を開設して、避難民の管理と食糧支援を行おう」

「後は火事場泥棒対策で、市内の巡回強化だな。治安の悪化は防がないとならない」


 屋敷の庭に椅子と机を並べて臨時の会議を行う。

 矢継ぎ早に優先課題が決まって、担当する官僚も決まった。

 そんな中、兵からある報告がもたらされた。


「報告します。ナシュア子爵並びに夫人のご遺体を収容しました」

「そんな、父上、母上……」

「フィル殿……」


 報告を聞いて張り詰めていた糸が切れたのか、フィル様の嗚咽が止まらない。

 ルーカスお兄様がフィル様の背中を撫でるけど、中々涙が止まらないでいた。

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