二百四十五話 ムノー子爵だったものとのバトル
「ジェリルとランカー。直ぐに確認を。ムノー子爵、ここまでクズだったとは!」
「「はっ」」
ティナおばあさまの怒号が飛び、直ぐにジェリルさんとランカーさんが従業員の女性の確認を行った。
ティナおばあさまの額に浮かび上がっている血管がブチ切れそうだけど、気持ちは良く分かる。
「ティナ様、乱暴された形跡はありません」
「ただ、どの強いアルコールを飲まされた上に、何か睡眠薬を飲まされた様です」
「なら、私が治療するわ。一体これから、無抵抗の女性に何をしようとしたのかしらね」
ジェリルさんとランカーさんの報告を聞いて、カミラさんは直ぐに女性に駆け寄って治療を始めた。
勿論、カミラさんの刺す様な視線と厳しい言葉は、未だに裸のままの三人に向けられている。
この宿の主人もこの惨状を見て、怒りの表情に変わっていっている。
大事な従業員が、あわやとんでもない仕打ちを受ける所だったのだからだ。
宿の主人も、ムノー子爵に厳しい言葉を浴びせる。
「ムノー子爵様、当店は娼館では御座いませんが」
「ふん、たかが平民ごときが。貴族が相手にしてやるんだから、喜んで股を開くものだ。それなのに無駄な抵抗をしやがって」
「ムノー子爵!」
ああ、こいつは本当に人間のクズなんだ。
ムノー子爵の吐き捨てた言葉を聞いて、この場にいる全員の怒りに更に火がついた様だ。
ティナおばあさまが剣を抜いて、怒りの表情のままムノー子爵に剣先を向けた。
「それでムノー子爵、何か言い残す事は?」
「はあ? 何を粋がっているんだ。このばばあ!」
「控えよ、ムノー子爵。こちらは王族のティナ様本人ですぞ」
「うるせえ! 王族だろうが何だろうが、俺に逆らうと痛い目にあうと後悔させてやる!」
ムノー子爵は酒に寄っている勢いもあるのか、マロード男爵が諫めても全く語気を弱めない。
対して若い二人は、今更ながら飛んでもない事になったと理解したようでしたようで青い顔をしてお互いに抱き合ってガクガクと震えていた。
「お前らはここで死ぬのだ!」
「くそ、何をする!」
と、ここでムノー子爵が突然横にあったテーブルの上の物をこちらに投げつけ、こちらが僅かにひるんだ隙に何かの薬をワイン瓶の一気飲みで飲み干した。
「ぐおおおお!」
「何だよあれは!」
ムノー子爵は、ジンさんも驚愕の変化を起こしていた。
脂肪でダルダルになっていた体は筋肉が盛り上がり、目つきもおかしくなっていく。
その変化に一番驚いていたのが、近くにいたムノー子爵の息子とその嫁だった。
「ち、父上?」
「お、お父様?」
「ぐわあ!」
「「ぎゃあ!」」
「あ、まずい!」
父親の余りの変化に驚いた息子が父親であるムノー子爵に一歩近づいた所で、ムノー子爵は突然息子の顔面を思いっきり殴りつけた。
そのままムノー子爵は、息子の嫁も思いっきり蹴り飛ばしたのだ。
二人は部屋の壁に思いっきり激突して崩れ落ちた。
痛いと言っている息子の嫁はともかくとして、息子の方は全く反応がないぞ。
宿の従業員の治療を終えたカミラさんが、僕の発した声を聞いて直ぐに二人に駆け寄って治療を始めた。
「グルルルル!」
「なんだよ、手が四本も生えてきやがったぞ」
「もう完全に化け物ね」
共和国で対戦したテイマーの様に、ムノー子爵は更に異様な姿に変わっていく。
ジンさんとレイナさんは、ムノー子爵の異様な姿に流石に気味悪がっていた。
「ティナおばあさま、テイマーと一緒です!」
「闇ギルドから薬を貰っていたのか。皆、遠慮は無用よ」
「「「はい」」」
「プリン、僕達は魔力を溜めるよ。スラちゃんは皆と一緒に攻撃をして!」
魔物となり下がったムノー子爵に対して、もう遠慮はいらないとティナおばあさまは僕達に指示を出した。
テイマーを倒した様に、僕とプリンは魔力を溜め始める。
「「どっせーい!」」
「グアオー!」
「ちい、硬いね」
「でも攻撃は通りそうだよ」
宿のおかみと冒険者のおばさんが同時にでっかいハンマーをムノー子爵に振り下ろした。
テイマーの様に皮膚はかなり硬いのだが、今回は攻撃が通じるのかムノー子爵はかなり痛がっていた。
「てやー!」
「せい!」
「グギャー!」
「よし、腕を一本切り落としたぞ!」
ムノー子爵はたくさん生えた腕をぶんぶんと振り回すが、その嵐をかいくぐったジンさんとレイナさんが同時攻撃を仕掛けて腕を一本切り落とす。
ムノー子爵はかなり痛がり、動きが一瞬完全に止まってしまった。
「うおおおおお!」
「これでも食らいなさい」
「「とう!」」
「ギャアアー!」
ムノー子爵の足が止まった所を見逃す僕らではない。
気合一閃のマロード男爵の剣がムノー子爵の胸を大きく切り裂き、ティナおばあさまの高速の突きがムノー子爵の顔をとらえた。
更にはジェリルさんと室内なので魔法ではなくメイスを使っているランカーさんが、同時攻撃で強烈な一撃をムノー子爵にお見舞いする。
その後も、皆の絶え間ない攻撃がムノー子爵へと続いていく。
この攻撃の嵐に、魔物と化したムノー子爵も思わず膝をついた。
ブオン。
「ブフォ」
膝をついたムノー子爵の頭をめがけて、スラちゃんが飛び上がってテイマー戦でも見せていた巨大ハンマーを触手で持って思いっきり振りかぶった。
ムノー子爵は空気の抜ける様な声を出して、床に大の字にうつ伏せで倒れた。
「プリン、いくよ」
「グオオオオオオオオオ!」
そして僕とプリンの合体魔法による強力な雷撃を、うつ伏せで倒れているムノー子爵向けて放った。
ムノー子爵が焦げ臭い臭いを放ちながら、断末魔をあげた。
そして、黒焦げになり完全に動かなくなったムノー子爵の成れの果てにジェリルさんが近づいていく。
「完全に息の根は止まっています」
「ふう、終わったか」
ジェリルさんの報告を受けて、ティナおばあさまはようやく一息ついた。
「うーん、何でテイマーよりも弱かったのでしょう?」
「元がテイマーよりも弱かったのと、大量の飲酒の影響もあったのかもしれないわね」
僕の発した疑問に、ティナおばあさまが冷静に答えてくれた。
確かに飲酒した上での投薬って、効果が薄くなって良くないって言うもんね。
こうして、魔物化したムノー子爵は殆ど魔獣化で得た力を発揮する事もなく討伐されたのであった。
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