百六十二話 突然の来客
バザール伯爵領の事件があってから一週間。
というか、ジェイド様とソフィアさんの結婚式まであと三日。
街は結婚式に向けて、至るところに飾り付けがされている。
早くも来賓がチラホラと辺境伯様の屋敷に到着し始めている。
僕の屋敷にも、馬車の通る音がよく聞こえてくる。
「すごい綺麗だね」
「街中で、ジェイド様とソフィアさんのお祝いをしているみたいだね」
今日は何も予定がなかったのだが、イザベラ様に頼まれてリズと二人手を繋いで商店街をお買い物中。
スラちゃんと珍しく起きているプリンも、街の様子に興味津々です。
「あらアレク君にリズちゃん。二人で仲良くお買い物?」
「はい、イザベラ様から頼まれ事です」
「あらあら、直ぐに準備するわね」
「お願いします」
やってきたのは手作りアクセサリー教室をたまに開いている商店で、とある布を購入する事に。
その理由が、ちょっと残念だった。
「あなた、結婚式の衣装が入らないとはどういう事ですか?」
「いやあ、最近食が進んでしまって」
「結婚式までダイエット食です。あと二日間で体を絞ってください!」
「そんな……」
そう、辺境伯様が食べすぎて太ってしまい、試着をしたらお腹周りが入らなくて、無理矢理ズボンを履いたらビリっとなってしまったのだ。
イザベラ様の叫び声が、僕の屋敷まで聞こえてきたよ。
思わず何かあったかと思ったら、何でもないとにこやかに笑っていたイザベラ様と、かなり落ち込んでいた辺境伯様がいた。
そして、服の補修で使う布を買ってきてと、にこやかに言われてしまった。
そう、にこやかに。
勿論、僕とリズは頷く事しかできなかった。
「また来てね」
「ばいばーい」
無事に布を買えたので、再びリズと手を繋いで辺境伯様の屋敷まで戻ります。
スラちゃんはリズのフードの中で、プリンは僕のフードの中で寝ています。
「あ、また馬車が来たね。何だか豪華な馬車だね」
「陛下や閣僚におじいさまは当日朝に迎えに行くし、レイクランド辺境伯も迎えに行く予定だよね。一体誰なんだろう?」
辺境伯様の屋敷の前に、豪華な馬車が一台止まった。
あんなに豪華な馬車に乗る貴族って限られるけど、その殆どを僕が直接連れてくる。
もう一人の辺境伯様も明日やってくる予定らしいし、一体誰だろう?
と思ったら、馬車から豪華な服を来た人が降りてきて、イザベラ様と何だかもめ始めたぞ。
「お兄ちゃん、急いでいこう」
「そうだね」
僕とリズは、直ぐに変だと感じて走り出した。
二人とも身体強化したから、一瞬で着いたぞ。
僕の隣の屋敷から、レイナさんとカミラさんも何事かと出てきた。
二人とジンさんは、僕の隣の屋敷に最近引っ越してきた。
因みに、今日はジンさんはお出かけ中です。
イザベラ様と揉めていた貴族っぽい人が、僕達とレイナさんとカミラさんにいきなり噛みついてきた。
「ああ、ガキとアマが何見ているんだコラ!」
しーん。
いきなりとんでもない事を言われたので僕もリズ、それにレイナさんとカミラさんも固まってしまった。
一体誰なんだこの人。
鑑定をしてみてびっくりした結果が出てきた。
「べストール侯爵」
「ああ、なめているのかガキ。様だろ、様」
僕がぽつりと漏らした言葉に、急に噛みついてきたべストール侯爵。
えーっと、あの太った人の後釜ってこんなヤンキーだったの?
と思ったら、急に僕の胸倉を掴んできた。
「聞こえないのかよ。様だよ、様」
「......べストール侯爵様」
「ふん」
「いてて」
「お兄ちゃん!」
「「アレク君!」」
一応丁寧に言ったら、べストール侯爵はつまらなそうに僕の事を突き飛ばした。
尻もちをついた僕の所に、リズとレイナさんとカミラさんが駆け寄ってきた。
「何で僕が結婚式に参加出来ないんだ!」
「それは、べストール侯爵家が結婚式の参加を辞退されているからです」
「同じ事を何回も繰り返すな! 責任者を出しやがれ、この侍従風情が!」
そして僕を突き飛ばした事がなかったかの様に、再びべストール侯爵がイザベラ様に詰め寄っている。
というか、イザベラ様の事を侍従と勘違いしている様だぞ。
目の前のべストール侯爵の発言に僕が突き飛ばされた事に加えて自身が侍従扱いされた事に対し、イザベラ様は完全にお冠の様だ。
青筋をたてていて、こめかみがぴくぴくとしているぞ。
これだけ大騒ぎをしていたのだから、大勢の人の注目を浴びる事になる。
先ずは通りで騒いでいたのだから、街の人の目に止まった。
僕が突き飛ばされていて、自分の領地の領主夫人を侍従扱いしたのだから、殺気をぐんぐん放ちながら群衆が近づいてくる。
辺境伯様の屋敷にも怒号が響き渡り、来賓の貴族もなんだなんだとやってきた。
尻もちをついている僕とイザベラ様に詰め寄るヤンキー貴族をみて、誰だこいつって視線で見ていた。
止めに、何故か僕の屋敷から辺境伯様とたまたま僕の屋敷に来ていたティナおばあさまとルーカスお兄様にルーシーお姉様にエレノアが顔を出し、最後に軍務卿が登場した。
そしてべストール侯爵が爆弾を投下する。
「ばばあとガキは引っ込んでいろ!」
もうね、場の空気が凍り付くってこういう事だと思ったよ。
ティナおばあさまとルーカスお兄様にルーシーお姉様、それにエレノアは馬鹿を見たという表情になった。
特にルーカスお兄様は先日のバザール伯爵の一件もあったので、僕が尻もちをついているのも見たからか段々と怒りの表情に変わってきた。
ここで、辺境伯と軍務卿が咄嗟に芝居をうった。
「ティナ殿下。何か言っている者がおります。私の息子の結婚式に呼んだ覚えのない貴族の紋章で御座います」
「如何対応しますか?」
「ほう、中々威勢の良い小僧だな。しかし、あれはべストール侯爵家の紋章。確か、当主は違法奴隷の件で沙汰が出るまで謹慎だったはず」
「左様に御座います、ティナ殿下」
「うむ、ホーエンハイム辺境伯にスケール軍務卿よ。直ぐに確認するのだ」
「「御意」」
辺境伯様と軍務卿が跪いて、ティナおばあさまに畏まった口調で確認をしている。
僕も、べストール侯爵家一派が沙汰があるまで謹慎処分になっているのは聞いている。
よく見ると、ティナおばあさまも相当怒っているのかべストール侯爵を睨みつけている。
そしてべストール侯爵は、突然ロボットの様に言葉を話し始めた。
「え? 殿下、辺境伯に軍務卿?」
べストール侯爵は何が何だか分かっていない様だ。
そこを一気に畳みかける辺境伯と軍務卿。
「門番、報告を」
「はっ、報告致します。豪華な馬車が屋敷の前に到着し確認をした所、元々出席辞退となっているべストール侯爵家を名乗る者でした。責任者を出せと叫びましたので、領主夫人様をお呼びしました所、領主夫人様を侍従と罵った上で更に責任者を出せと言っております」
「何と、そんな事が。イザベラ、大丈夫か?」
「あなた、私は怪我はありません」
「そうか、それは何よりだ」
「え、辺境伯夫人?」
門番の報告は何も間違っていない。
辺境伯様はイザベラ様を抱き寄せて、べストール侯爵を睨みつける。
べストール侯爵は情報を処理出来ないのか、ぶつぶつと何かをつぶやいている。
「門兵、報告の続きを」
「はっ、軍務卿閣下。イザベラ様より買い物を頼まれ帰ってきたアレク殿下がべストール侯爵の事を呼ぶと、アレク殿下の胸倉を掴み様呼びを強要致しました。アレク殿下が様付けで呼び返すと、急にアレク殿下の事をリズ殿下並びに内務卿閣下ご令嬢レイナ様と宰相閣下ご令孫カミラ様の前に突き飛ばしました」
「何と閣僚のご令嬢の前に殿下を突き飛ばしたのか」
門兵の報告を受けた軍務卿が、かなりオーバーにべストール侯爵の事を睨みつけている。
べストール侯爵は最初の勢いはどこに行ったのか、顔を真っ青にして震え始めている。
「更に、アレク殿下のお屋敷より出てきましたティナ殿下、ルーカス王子様、ルーシー王女様並びにエレノア王女様に暴言を吐きました」
「その事は私も聞いた。不敬も良い所だ」
軍務卿が更にべストール侯爵の事を睨むが、べストール侯爵は僕の方を見てぶつぶつと言っている。
僕は立ち上がり、王家の証である王家の紋章が刻まれた短剣を取り出した。
この短剣は、陛下が帝国から帰ってきても持っていて良いといわれたものだ。
「アレクサンダー・テラ・ブンデスランドです。べストール侯爵」
「あ、え? 殿下? 王家の紋章?」
べストール侯爵は完全にパニックになっている。
それを見た軍務卿が、僕に話しかけてきた。
「アレク殿下、済まぬが王城にゲートを繋いでくれ。事が事だけに、陛下に報告する」
「分かりました、軍務卿閣下」
僕は直ぐにゲートを王城に繋いだ。
そして軍務卿がゲートをくぐって王城に向かって行く。
その間、僕はゲートを繋ぎっぱなしだ。
べストール侯爵は、何だか挙動がおかしいぞ。
周りの人も、警戒しながらべストール侯爵を見ている。
直ぐに軍務卿が帰ってきたが、ゲートを陛下の所と繋いでくれと言ってくる。
「皆の者、この場を裁くために国王陛下並びに閣僚が来られる。控える様に」
え、陛下に閣僚がくるの?
僕はゲートを維持しないといけないのでそのまま立っているけれど、他の人は一般市民も含めて片膝をついている。
先に残りの閣僚が出てきたと思ったら、次に出てきたのはビクトリア様とアリア様だった。
最後にかなり怒っている陛下が近衛騎士をひきつれて出てきた。
あれ?
近衛騎士も十人以上いる様な気が。
全員出てきた所で、僕も片膝をつく。
おや、僕の近くで尻もちをついているべストール侯爵の挙動が更におかしくなったぞ。
しきりに僕の方をちらちらと見ている。
念の為に、僕の周りに魔法障壁を展開しておこう。
さて、ここからは陛下のターンだ。
「べストール侯爵。一週間前に余が謹慎を申し渡したはずなのに、何故ここにいる!」
「あ、う......」
「そして辺境伯領での違法行為の数々。断じて許せんぞ。内務卿!」
「はっ、謹慎の国家命令を破ったため、貴族特権の即時停止の上、沙汰が確定するまで勾留となります。更にアレク殿下への傷害事件、並びに複数王族や辺境伯夫人への脅迫や侮辱罪でも取り調べが必要です」
「うむ、その方向で対応する様に」
「はっ」
陛下は内務卿からの処分内容に頷いている。
そして依然として尻もちをついているべストール侯爵に視線を向けた。
「ふむ、べストール侯爵、申し開きはあるか? これだけの目撃者がいるのだぞ」
「く、くそ。ぐわあ」
「何と愚かなことを。近衛騎士、捕縛せよ」
「「「はっ」」」
陛下がべストール侯爵を問いただすと、べストール侯爵は僕の方に襲いかかって来た。
でも僕は事前に魔法障壁を展開していたので、べストール侯爵は魔法障壁にぶつかり再度尻もちをついた。
更に、プリンがショートスタンをべストール侯爵に向けて放ったのだ。
プリンも怒っていたのか、中々の威力だったぞ。
陛下は、本当に馬鹿を見る目でしびれて転がっているべストール侯爵を見ていた。
近衛騎士も、直ぐにしびれているべストール侯爵を捕縛する。
周りからは、僕を心配する声とべストール侯爵を非難する声で溢れかえっている。
「明確な殺意を持って王族を襲ったと判断する。厳しく取り調べよ」
「「「はっ」」」
陛下が近衛騎士に厳しい取り調べを命じた。
僕が王城にゲートを開くと、真っ先にべストール侯爵が連行され、その後を陛下や閣僚が帰っていった。
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