百五十九話 金儲けのカラクリ
朝起きて支度をしたら王城に行くのだけど、その前に馬車の所で倒れている所を保護した女性の所に行って、昨日あった事を軽く説明した。
「そうですか。そんなに色々とあったんですね」
「まだ治安維持や魔物の討伐に物流の改善を行っている最中ですが、徐々に良くなっていくと思います。王城から役人が派遣されれば、村にお帰りできると思いますよ」
「とても有り難いです。やはり住み慣れた所が一番ですから」
女性は事態がかなり良くなってきた事にとても喜んでいた。
そして話は保護した違法奴隷の人の事になった。
「だいぶ動ける様になりましたし、時間ができましたら保護された女性と話をしてみたいと思います」
「娘さんもいて大丈夫ですか?」
「ええ、侍従の方も娘の事を面倒みて頂いてますし大丈夫かと。故郷の事ですので、私も何かお役に立ちたいです」
「それでは無理のない範囲でお願いします」
「分かりました。私としては子どもなのに頑張りすぎるアレク殿下も心配です」
「僕の場合は公務なので。でも無理のない様に頑張ります」
僕は忠告されながらも女性と別れて、リズとスラちゃんとプリンと共に王城に向かった。
直ぐに会議室に通されると、陛下と宰相と軍務卿の他にも何故かルーカスお兄様がいた。
陛下と宰相と軍務卿は分かるけど、何でルーカスお兄様も会議室にいるんだろうか?
僕があれって顔をしていると、陛下が理由を話してくれた。
「アレク、不思議そうな顔をしているな。ルーカスは軍務卿に同行させ、バザール伯爵の家宅捜索の見学に行かせる。宰相が言っていた通りに、現場を知らないといけないからな」
「確かにそれは大事ですね。屋敷内の怪しい人も捕らえているので、安全面は問題ないと思います」
「この後来るが、今日は商務卿と農務卿にも現場に行ってもらう。御用商人の家宅捜索でも何か出るかもしれない」
「難しい事になると、閣僚の判断が必要ですね。非常に助かります」
「儂は駐留部隊の選定を引き続き行なっている。夕方には決まるだろう」
という事で、陛下と宰相は王城で対応する事になり、ルーカスお兄様と軍務卿に加えて遅れてやってきた商務卿と農務卿と共にバザール伯爵領へ向かった。
ルーカスお兄様がついてくるので、勿論近衛騎士が護衛につきます。
バザール伯爵の屋敷に到着すると、既に本日の家宅捜索が始まっていた。
指揮を取っていたジェイド様が、僕の到着に気がついた様だ。
「アレク君にリズちゃん、思ったよりも早かったね」
「ジェイド様、捜索の様子はどうですか?」
「何だか、昨日から色々出てきたよ。先ずは皆さんも応接室へ」
ジェイド様の案内で、屋敷の応接室へ。
テーブルの上には、様々な資料が並べられていた。
また、部屋の一角には押収した金品や宝石がずらりと並んでいた。
並べられている金品宝石の数々に、商務卿や農務卿はびっくりしている。
全員が座ると、侍従がお茶を入れてくれた。
すると、ジェイド様が侍従について話し始めた。
「軍務卿閣下、商務卿閣下、農務卿閣下。この屋敷の侍従についてご相談があります。実はだいぶ前より、適正な給料が支払われていない事が判明しました。また、侍従も虐待の被害を受けており、怪我をしているものもおります」
「これだけの金品がありながら、侍従に給料を払っていないとは。延滞分も計算して支払わないとならないな」
「怪我した侍従の治療は直ぐに行おう。リズちゃん、行ける?」
「直ぐにやるよ。怪我した人を治すよ」
ジェイド様の報告に閣僚一同びっくり。
直ぐに商務卿が給料について了承し、軍務卿の指示で近衛騎士と共にリズとスラちゃんが怪我した侍従の治療に向かった。
紅茶を一口飲んでから、資料の確認を行なっていた。
「酷いですね。これじゃあ市中に品物がまわりません」
「領民の事を無視して、金を稼ぐ為に飢餓輸出をやりやがったんだ」
「罰金を納めるあたりから始めていた訳か」
「本当に自分の事しか考えていなかった様だな」
農作物の管理資料を見て、一同唖然としている。
考えられない政策をしていたんだ。
僕も数字を見てびっくりしていた。
「すみません。飢餓輸出って何ですか?」
そんな中、ルーカスお兄様から質問があった。
そっか、飢餓輸出なんて言葉は勉強していなかった。
「ルーカス殿下。簡単にいうと、領内で育った作物を安く買い叩きそれを他の領地で適正価格で売るのです」
「え、それでは領民の食べる分の作物はどうなるんですか?」
「勿論ありません。なので、自分の領地を飢餓にさせてまで輸出するので飢餓輸出というのです」
「本当に酷い、そんな事が実際に起きていたのですね」
ジェイド様がルーカスお兄様に飢餓輸出の事を教えると、その内容の酷さに言葉を失っていた。
どうもこの飢餓輸出を主導したのは、御用商人らしいな。
「闇ギルドは、罰金を納めたあたりから手を引いているな」
「きっとバザール伯爵領が危ういと感じ取ったのだろう」
「このバザール伯爵領が、違法奴隷の取引の中心だったらしいな。一気に収入が無くなったので、飢餓輸出や色々な事に手を出したのだろう」
「取引のあった貴族の名前があるが、全部ベストール侯爵一派だな」
次に出てきた資料は、闇ギルドとの取引記録だ。
新たな違法奴隷の取引先がなければ、この資料に書いている人数だけで済むはずだ。
しかし、ベストール侯爵家に二十人って、一体何をする気か?
資料に違法奴隷の簡単な出身地が載っているが、王国内ではなく共和国内の様だ。
「共和国に確認する必要があるが、あの副代表が絡んでいる可能性が高いぞ」
「陛下に報告した上で、外務卿経由で共和国と交渉も必要ですね」
「やれやれ、これは国際問題に発展するな」
資料を眺めていた閣僚が、思わず天を仰いだ。
よりによって、今微妙な関係にある共和国との問題だ。
とはいえ、外交交渉しないわけにはいかない。
そんな中、ルーカスお兄様がポツリと話し始めた。
「こんな酷い貴族がいるなんて、ちょっとショックです。贅沢をするために、他人の犠牲も何とも思わないなんて」
「殿下、確かに民を何とも思わない貴族はおります。貴族は特別な存在なんだと。しかし、我々も同じ人である事を忘れてはいけません」
「はい、物凄く良い経験になりました」
今まで王城にずっといて、外の事を見る機会が少なかったので余計にショックが大きいのだろう。
でも、今回の件はきっとルーカスお兄様の為になったはずだ。
このタイミングで、トトトトと元気な足音が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、怪我した人全員治療したよ」
「ありがとうね。うん? その手に持っているのは何?」
「侍従のお姉さんが日記書いていたんだって。屋敷で起きたことが書いてあるって」
リズが手にしていたのは、侍従が書いていた日記だった。
一緒にきた侍従のものらしい。
受け取ってパラパラと捲ると、色々な事が細かく書いてあった。
「どうやらうちで保護した女性の夫は、違法奴隷の存在を知って殺害されたみたいだ」
「その他にも、色々な事が詳しく書かれているな」
「とても大切な物だ。大事に預かろう」
閣僚も貴重なものとして扱うという。
あれ?
日記の裏表紙に書いている名前が気になるぞ。
えーっと、ハンナ・バザールってもしかして。
「お姉さん、失礼ですが日記の裏表紙にバザールの名前が書いてありましたが」
「はい、私は先代当主様と側室の間に生まれました。母は既になくなっておりますが」
「えっ、でも貴族の令嬢ですよね。何で侍従をしているのですか?」
「母は男爵家の出ということもあり、その、先代の奥様に蔑まれておりました。母がなくなってからは、十年前より侍従として働いております」
十年前って、この人は何歳から侍従として働いていたんだろうか。
鑑定した結果も、この人が言っている事は間違いなさそうだ。
「えっと、鑑定の結果はこの方が言っている事は間違いありません。どうも、八歳から侍従として働かされていたようです」
「はあ、何というか愚かな事だ。そんなに小さいうちから働かされていたとは」
商務卿は、この女性の事を不憫に思ったのだろう。
思わず目尻をハンカチで拭いていた。
この事を報告するために、皆で王城に向かった。
勿論、ハンナさんも一緒だ。
「なんとも酷いことだ。実の娘を侍従にするとは」
「父は私の事はいないものだと扱っていました。貴族名も名乗ることを許されませんでした」
会議室には陛下と閣僚が集まっていた。
集めた証拠と、何よりもハンナさんの日記がバザール伯爵の罪の決定打となった。
そして、話題は自然とハンナさんの事に。
陛下も先代バザール伯爵の行った事に憤慨している様だ。
そして、ふうとため息をついてから色々な事を確認し始めた。
「先程王城の者で再度鑑定をしても、アレクと同じ結果になった。つまりは成人したバザール伯爵家の令嬢で確定だ。内務卿、確か他のバザール伯爵家の者は親類含めて捕まっているな」
「はっ、全て捕縛しております。現在、市中にいるバザール伯爵家の継承権を持っているのは、こちらにいますハンナ嬢のみとなります」
「そうか。この日記も、事件の事を詳細に報告した功績として加味しよう。ハンナ・フォン・バザールをバザール伯爵家の代理当主とする。バザール伯爵家の処分は別に言い渡すが、当面の間はそなたを当主として扱う。国から派遣する専門家達と共に、民のための統治を行うように」
「はい。父や兄の罪償いとなりますが、民のための統治を行います」
王城に来た時点で、ハンナさんはこうなることも覚悟していたみたいだ。
バザール伯爵家の犯した罪が大きいから今後どうなるかはわからないけど、ハンナさんなら悪い事はしないと思う。
王城での話し合いはこれで終了し、午後も同じ面子で調査を行う事が決まった。
既に帯同する専門家も決まっていたので、三人の官僚を連れてバザール伯爵領に戻った。
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